正七角錐原器 その発見と喪失についての概説
SF短編です。よろしくお願いします。
正七角錐とは、物理的には絶対に存在し得ない形状である。
正七角錐は存在しない。
……はずだった。
それは、誰もが“あり得ない”と断じた形のまま、闇と褥を共にしていた。
360度は7では割り切れない。
つまり、すべての内角の角度が等しくならない。
故に七角錐は、“正”足り得ないのだ。
サイズは同じ大きさの円錐に換算すると、直径はおよそ10cm、高さもほぼ同じ。
色は鈍色。金属的な光沢がある。
世界にある遺跡、特に墓所は「発見」された時点では既に盗掘されていることが多い。
この墓所も例外ではなかったが、盗掘者にはお宝に見えなかったのか、持ち去られずに残っていた。
現在まで、最も誤差が少ないと言われるいくつかの測定方法を用い、
正七角錐を示す項目、例えば全内角の角度、例えば全ての辺の長さの
計測と比較が行われたが、各測定方法で生じる誤差以上の違いを見出すことは
できなかった。
つまり、どの測定方法でも“正七角錐ではない”と断言できなかった。
これは本来、あり得ない。
……だが、目の前にあるのだから仕方がない。
発見された“正七角錐”には、大きな特徴があった。
角錐の頂点に、ある種の“エネルギー”を常に生じさせているのだ。
そしてその“エネルギー”は、“正七角錐”から完全コピーしたものでも生じ、
サイズを拡大すれば、生じる“エネルギー”も大きくなることが確認されている。
また、発生する“エネルギー”の大きさは、形状の精度にも左右される。
原器に比して精度が高ければ生じる“エネルギー”も大きく、
精度が低くなるほど発生する“エネルギー”量は減少していく。
そして歪みが一定量を超えれば、“エネルギー”は一切生じなくなる。
“エネルギー”がまったく生じなくなる歪みの大きさは、原器に比して0.03%。
さらに完全コピーには賞味期限、つまり時間的な寿命がある。
賞味期限は大きさや素材に依存しない。
“正七角錐”の形状を得てからおよそ1か月間で、原器に比して0.03%のランダムな歪みが生じる。
発見された“正七角錐”のオリジナルには、この様な劣化現象は確認されていない。
故に原器。“正七角錐”原器と呼ばれる。
何よりも最も重要なのは、“エネルギー”が発生する原理と出所の解明が為されていない、ということである。
物理と認知の誤差の狭間、即ち負の存在確率が“エネルギー”を生み出している、
内角に次元を超えた重なりがあって、“エネルギー”はその重なりの隙間から生じている、
などと、何の裏付けも論地も哲理も無い、意味不明なオカルトが囁かれていたりする。
案外、真実に近いのかも知れないと思ってしまうのは、思考を浸食されてしまったということだろうか。
何に?
何から?
何のために?
そして遂に、エネルギー資源枯渇への懸念、持たざる者たちの焦燥と渇望は、
その出所不明の“エネルギー”を利用可能とする“デバイス”を造り上げた。
時は流れた。
幾度かの争いの果て、地球環境は悪化の一途をたどり、人口は減少。
人々が自ら撒いたデブリ、いわゆる宇宙機雷により、地球の外への脱出は現在のところ完全に阻まれている。
人々は地球環境の危機的状況を回復させる名目、現実的には居住の難しくなりつつあった地上を放棄し、
ビオトープ方式の巨大な正七角錐ドームを建築して、移り住んでいった。
正七角錐ドームはその角錐の形状、そして可視七色のスペクトル分光にちなみ、
「プリズム」の正式名称が与えられた。
しかしその名で呼ぶ者は極々わずかだ。
正式名称で呼ぶのは言葉を職業にする者達、例えば為政者、例えば学者、そしていわゆる上流にいる者たちのみ。
通称「プリズン」。
かつては、自らへの諦念と侮蔑を込めてそう呼んでいた。
今となっては単なる識別子に過ぎなくなったそれは、理念の風化と呼ばれるモノのひとつに過ぎないのかもしれない。
ちなみに「プリズム」は、正式名称で呼ぶ者達を指す言葉としても使われている。
そして自らを「プリズナー」、そう呼んでいる。
このことは知っておいた方がいい。
「プリズン」は巨大建築物とはいえ原器のコピーであるので、生じる歪みによる賞味期限の例外足り得ない。
正七角錐の形状に0.03%の歪みが生じてしまえば、“エネルギー”が発生しなくなり都市機能は停止してしまう。
また、正七角錐は物理的には絶対に存在し得ない形状でもある。
そのため“正七角錐”原器をマスタとして据え常に計測、「プリズン」の歪みを規定内に保つべく、
常時、ドーム形状の測定、検査、修復、修正を行っていた。
仕組みを簡単に言えば、外壁の素材には不透明な水あめ状(マントル状の方が近いのかもしれない)の流体金属を用いて歪みを補修、
文字通り流動的に正七角錐の形状を保っているということらしい。
当然ながら歪みに直結する窓や突起物などは一切ない。
そうして、すべての人間が「プリズン」に籠って幾星霜、外の世界を知る世代も居なくなったある日、
“正七角錐”原器が忽然と姿を消した。
消えた“正七角錐”原器をめぐって、巷間には人間模様の無限の装飾が、
その色彩も鮮やかに描き出されていった。
…とある、「プリズナー」の手記より…
あらゆる手段は尽された。
尽され切ったが結局、“正七角錐”原器は失われたまま戻ることはなかった。
1か月後には「プリズン」への“エネルギー”供給は完全に断たれ、遠からずその全機能は失われるだろう。
元々あった「プリズム」と「プリズナー」の対立は、それぞれの内にいる原理主義者的な連中を拘束……もとい軟禁し、
また人に対する「プリズム」と「プリズナー」の呼称を禁止することでようやく、協力体制を見れる様になった。
区別は必ずしも差別を生むわけではない。
しかし差別の親は必ず区別の顔をしているから。
そんなヒトの営みを他所に、地球環境は健康的な自然を回復していた。
精確な観測が必要であるが、かつて掘り起こし浪費した資源が戻っているのではないかとの、
デマめいたオカルト話も聞こえてくる。
ヒトにとっては、石器時代もかくやの、便利を知った身にはそれ以上に過酷で厳しい環境となろう。
何に?
何から?
何のために?
植物の中には、虫などに食べられると苦味や毒性を持つ化学物質を分泌するものがいる。
アカシアやタバコ等はそういった防御戦略を持つ。
これは仮説、いや、単なる妄想である。
右手にはバーボンのグラスがあるからだ。
地球という生物は、かつて自らが生み出したバグ、ヒトによって環境的な危機を迎えていたのだ。
つまり、重篤な病の床にあったのだ。
そして考える。
1)病の進行を止めるには
→バグを環境から排除しよう。
2)健康(環境)を取り戻すには
→“エネルギー”が必要。
3)回復のための“エネルギー”をどう得るか
→環境から排除したバグに作らせればよい。“正七角錐”原器を創出しよう。
4)環境回復完了
→バグの建造した巨大な正七角錐の“エネルギー”により、環境は回復を見た。
“エネルギー”はもう不要、“正七角錐”原器を消失させよう。
5)バグの数を減らすには
→回復した環境に放りだしてしまおう。
ヒトには星霜を幾つも超えた涯。
だが地球にとっては「俺は今、猛烈に感冒している」程度の危機感と時間なのかもしれない。
しかし……「プリズン」を出所した後に本当の罰が待ってるとは、ずいぶんと世知辛い。
どこからか声が聞こえた気がした。
「そこまで無慈悲ではない、よ」と。
空耳を疑いつつバーボンを飲み干す。
取って置きの一本、その最後の一杯。
氷などもちろん無い。
明日からは「プリズン」外の調査隊に加わるのだ。
バッテリーを繋げたモニターの中、ピンチの準主人公が叫ぶ。
「まだ、終わらんよ」
読んでいただき、ありがとうございました。




