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8-1、あの日の夢

好実リターン。

過去を遡る。



 佑月が出て行った後、渇いたため息が零れ落ちてなんだかぼーっとした。呆れたようにみえたわたしの身体だったが、急にぶるるっと小さく震えた。

 それはきっと、思い出してしまったから。わたしが悪いのか彼が悪いのか、未だにぐらぐらしていて気持ちが悪くなる。きっと自業自得なんだろうけど。

 佑月と同じ位置に付いたあの日の痣は、とうの昔に跡形も無く消えてしまったけれど、時々、本当に時々夢に出て来るあの記憶だけは、いつまで経っても消えてくれない。

 夢を見た翌日は、決まって何か理由を付けては矢田を家に呼んだ。付き合ってもいなかったし気の許す仲間程度だったから、特に何をするわけでもなかったけれど、彼が隣に居るだけで安心した。ただ、ざらざらと残る罪悪感だけは、矢田の近くに居れば居るほど強くなって、弱い自分に、泣きたくなった。

 そんなわたしに気付くと、矢田はいつも黙って抱きしめてくれた。矢田の胸の中に収まる小さなわたしは、めそめそと遠慮無く泣くのだった。



 そして矢田は殺人犯になってしまった。本当はまだ信じたくないのだけれど、徐々に頭がそれを認めていっているようで怖い。優しくて大きくて心が広くて、大切な仲間だった矢田との間に、わたしは薄くて高い壁を作りつつあった。

 もう矢田は頼れる存在では無くなっていた。矢田との思い出はとても素敵に蘇るけれど、きっと今はもう、彼とは澄んだ心で向き合えない。だって思い出と現実はこんなに違う。確かにそう思うのに、矢田という存在は思った以上に大きくて、今まで矢田にもたれ掛かっていた分の体重をどこに振り分ければいいのか分からなくなる。その事実はなんだかやっぱり寂しくて、恐ろしい。




**




「ねえ宏、何点だった? 負けたらジュースだからね」


 二学期の期末テストの答案が返って来る数学の時間はまるで休み時間のようだった。

 わいわいとそれぞれが点数を見せたり見せなかったり、ざわざわに乗っかってテストには関係のないお喋りをする子もいた。

 きゃあきゃあと騒ぐ佑月達のグループを目の端で眺めながら、一番後ろの一番端っこ、宏の席へと向かう。

「行くぞ」

――せーのっ。私たちの声は綺麗に重なって響いた。

「……うそ」

「ホント」

 にっと笑った宏の手が、ひらひらと答案用紙を靡かせた。点数が三桁の答案。

「……ズルいよそれ。あんた数学が苦手なんじゃなかったの」

 あんたの苦手科目じゃないと勝負になんないじゃんか、と膨れるわたしに向かって宏はまた答案をひらひらした。

「え、違うよ大得意」

「うそだ、こないだ言ってたじゃん」

「言ってないよ」

 宏は一瞬だけキョトンとして、誰と間違えてるんだよ、と呆れたように笑った。


 じゃあきっとそれは矢田だ。嫌いなものはないのかと聞いた時、数学が苦手だと照れたように笑った彼を思い出す。

 わたしはクラスに対する愛情が薄すぎると思う。全くゼロではないとは思うが、二学期も終わりかけの今でも、クラスメートに対して興味が持てないでいた。

 その中で宏は唯一仲良く喋れた。仲良くといっても気が向いた時に喋るくらいで、気が向かないと一週間でも二週間でも喋らないのだけれど。後はたまに陽とか佑月とかが話し掛けてきたりするくらいで、他の女の子達のように群れることはなかった。だって色々面倒臭い。



「はいジュース。オレンジでいいよね」

「お、サンキュー」

 昼休みに約束通り、冷えたオレンジジュースの缶を手渡す。宏はすぐにカコン、と気持ちのいい音を立てて缶を開け、口を付けた。ゴクゴクとおいしそうに喉仏が動くのを、少し眺めた。


「あ、そうだ、お前今日部活休みだろ」

 ぷは、と一息付いた宏は、机に俯せるわたしの上から声をばらまく。

「そうだよ」

 姿勢を微塵も変えないまま、わたしは答える。久々の部活オフだった。

「俺ん家来いよ、DVD観ようぜ」

「えー、やだ」

 なんで、と宏の笑い声が降る。

「矢田ん家でゲームするから」

「なんだよ、また矢田かよ」

――お前等デキてんのか、その言葉にピクリと反応する。またか、と思う。

「そんなんじゃない」

 顔を上げて目の前の男を睨み付けた。どうして異性と仲がいいだけでそんな風に言われないといけないのかがわからない。寧ろほっといて欲しい。

 ここ最近女にばかり言われていたから、女ってなんて面倒臭いんだろうと思っていたけど、ああ男も同じか。

 どうだか、という見下したような言い方に腹が立って、するりと出て来た言葉に、

 わたしは押し潰されることになる。




続、



やっと一週したので過去シリーズへ。

なかなか進まない…いや、でもね、無駄な話ではないの。



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