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5、混ざる


「もしもし! ちょっと宏雪(ひろゆき)あのね!」

 ヒステリックな母親の甲高い声が電話越しで更に不気味で、静かな夜に虚しく響いた。

 ベッドに寝転び漫画を眺めていた俺はぼんやりと、そうぼんやりと何かを予感したんだ。


 それがこんなにぐちゃぐちゃに掻き交ぜてしまうことになるなんて、思わなかったけれど。


――直が死んだ。

 内容はそれだけだった。

 母親は既に気が狂いそうな程に興奮していたから、携帯にくっついた右耳が真っ先に事の重大さに気付いた。右耳から一番遠い左耳は、その事実から一刻も早く逃げたがった。


「――ああ分かった。……うん。はいはい、じゃあ」

 俺の知らないところで口は勝手に返事をして、母親の方から電話は切れた。

 気持ちが悪いくらい心臓は血液を入れたり出したりしていた。腹の底に自然に力が入って、そのうえ唇はきつく閉じられて息が苦しかった。


 直とは小学校からずっと一緒だった。親同士が仲が良かったのもあって、幼いときはよく遊んだものだった。中学校に入った時ぐらいからお互い忙しくなって遊ぶ回数はほとんど無くなったが、顔を合わせるとやっぱり安心した。


 妙にふわふわした気持ちでお通夜を迎えた。俺の喉はごつごつした重苦しいソレを、まだ飲み込めていないらしい。

 高校の時に仲の良かった(よう)と待ち合わせて、直の会場へと向かう。陽は泣き腫らした目をしていた。


 直は友達が少なかったのもあって、身内の他には数人しか来ていなかった。

 直の両親に挨拶しようと思ったその直前に、俺は聞いてしまった。



――私の考えだけど、直くんは殺されたのよ、絶対そうよ

――まあ本当に? 怖いわあ



 足が止まる。

 何度ももつれそうになるその足を必死に動かして、声の元へと向かった。


「……あの、直は、殺されたんですか」


 突然の質問に、小綺麗なおばさん達は少し驚いた様子で俺を見つめた。

冷房が効き過ぎている気がする。

 あの、ともう一度催促すると、見知らぬおばさんは声を潜めて教えてくれた。

 好奇の目だ、と思った。


「直くんは殺されたのよ。自殺とかって言われてるけど、あんな子が二十階もあるマンションから飛び降りなんて出来るはずがないわ」


 この人は直のことをよく知る人なんだろうか。まるで見たことがなかった。それよりも。



――自殺?しかも飛び降り?



 ありえないと思った。

 映画マニアの直がずっと前からものすごく楽しみにしている映画の公開日は今日だったし、いや、そんなことよりも直は極度の高所恐怖症だった。

 中学一年の時にマンションの七階にある友達の家に泊まりに行くことになった時も、廊下の段階で立ちすくんでしまって動かなくなったあげく、二回吐いてしまった程だ。

 そんな直がマンションの二十階になんて簡単にたどり着けるはずがないし、下界すれすれの場所になんて、立てるはずがない。

――……どういう、こと?

 理由の分からない震えが続いた。

 隣にいるおばさん達の話は、もう違う話に移っていた。所詮他人事なのだ。



 お通夜はするすると進んだ。直の顔は安らかで、まるで身体の型をとった透明のガラスに、真っ白い煙を沢山入れたみたい。酷く美しいと、思った。

 人はこうしてこの世からいなくなるのかと思うと、なんだかはかない。もう世界中どこを探しても、直はいないのだ。


 会場を出て、陽と静かに別れた。陽には言わなかった。




**



 矢田俊樹が家に来たのは、その日の二十一時だった。

「よ、」

 いきなりの再会に驚きはしたが、直がこの世界からいなくなってすぐだったし、気が滅入っていたのもあって、ああこいつはまだ生きてるんだなあなんて、少し嬉しかったりした。

「どうしたんだ急に?」

 俺の問いに、矢田は少し笑っただけだった。二年前より髪が伸びていたぐらいで、特に変わってはいなかった。

「畑上の通夜に行ったのか?」

「ん、ああ」

 入らないのか?と尋ねても、いやいいよ此処で、とやんわりと断るその遠慮がちな性格も、まるで変わっていなかった。


「お前等仲良かったもんな」

「まあな、小学校から一緒だったし」

「だよな」

 もしかしたら直と仲の良かった俺を心配してわざわざ来てくれたのかもしれない、一瞬でもそんなことを思った俺は間違ってなかったと思う。

 矢田は柔らかい笑顔を俺に向ける。


「畑上の死因をしってるか?」

 急にそんなことを言うから。俺は戸惑った。

「……自殺だろ」

 躊躇いがちに答える。さっき聞いたことは、見知らぬおばさんの推測でしかない。ざわめく胸を押さえ付けた。

「違うよ」

 知ってるだろ?とでも言いたそうな声だった。

 どうして矢田がそんなことを知ってるのかとか、わざわざそれを言うために此処まで来たのかとか、言いたいことはたくさんあったはずだったけれど、全てがぐちゃぐちゃに混ざったせいで、結局何も出てこなかった。


「畑上は殺されたんだ」


 笑顔でさらりとそんなことを言い放つ矢田が怖いと思ったのは、その時が初めてだった。湿った風がぬるりと頬を撫でる。

 言いたいのはそんなことじゃなくてさ、と矢田は続けた。既に声は出なくなっていた。


「その畑上は、僕が殺したんだ」


 まるで子守唄を歌うように優しく滑らかに。

サア、と夜風が吹いて矢田の髪を綺麗に揺らした。声は舞った。



続、



さて、宏です。宏描きたかったー笑

そして矢田の登場です。矢田がどう動くのか楽しみ。

上手く動いてくれたらいいな。


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