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21、回る


「あ、好実? あたし、佑月だけど。ありがとね、あたしから離れないでくれて。……好実だけだったからさ、そういう変わらなかったのって」


 矢田の腕に必死で抵抗して手に取った携帯電話から聞こえたのは、数時間前に聞いたばかりの声だった。少しの間、時間が止まった。ふわふわした感覚を取っ払いたいのに。

 真っ白になっていたわたしの身体を弾くように動かした、携帯の震える音に、確かに嫌な気はしていたんだ。スカスカの頭は、一気に流れてくる液体状のそれを目一杯吸って、キーンと冷えた。


「……え?」


 わたしの戸惑いの声を聞いて、佑月はふふ、と笑った。――この子は何を、


「何、どうしたの、急に?」

「ううん、言いたかっただけよ。あたしもうすぐ、空になるの」

「え、何? そら?」


 顔をしかめたわたしの目が、無意識のうちにベッドに腰掛ける矢田に向く。首を傾げた矢田がわたしに寄って、ちょっとだけ膝を曲げてわたしの携帯に耳を近付けた。


「空って一人じゃないと思うの。今までに地上にいられなくなった人がみーんなで作ってて、一人でも欠けたら穴が開くの。だから空を見上げてたら安心するんだよ、一人じゃないって教えてくれるから。だけど本当に一人の人にとっては孤独を突き付けられるだけなの。空にいる大勢の仲間をただ羨むことしかできない。地上にいる間は空の仲間になれないんだもん」


 何を、……何を、言っているの?何をしようとしてるの?――何が、あったの?



「……佑月も一人じゃないじゃん」

「あたしは一人なの」


 どうにかして佑月の目を地上に向けようとするけれど、今までずっと地上のことしか見てこなかったわたしは何て言っていいか分からず、弱々しい言葉を紡ぐことしかできなかった。そもそも状況が理解出来ないのだけれど、踊り狂う脳みそを必死に働かせてどうにか直接触れない程度に。そんなわたしに突っ掛かるようにしてきっぱりと言い放つ佑月に、第三者のわたしが上手く口出しできる自信がない。


「……高校のとき以外の、友達、とか」

「あたしが働いてるの知ってるでしょ。先輩ばっかりだもん、あたしがいなくても一緒よ。高校以前の友達は友達じゃない。連絡もないのに今更どうやって仲良くやるっていうのよ」


 淡々と答える彼女に、わたしがいるじゃない、とは何故か言えなかった。確かにわたしは佑月から離れてはいないけれど、そこまで近くもない。今一番佑月に近いのは、――


 そうだ、彼のアパートに行ったじゃない。すごく嬉しそうにしてたじゃない。高校の時からずっと、支えてくれていたんでしょう?あなたはわたしの代わりに、彼の隣に居たじゃないの。その彼は一体何してるのよ。


 しかしその名前が口に出るのを断固として嫌がったから、わたしの口は金魚のようにパクパクと力無く動いただけだった。だってわたしの耳にくっついた携帯のすぐ隣にあるピアスの刺さった耳が。仕返しをした本人が。ごくりと空気を飲み込んでその名前を閉じ込めた。


「……今、どこ」


 名前の代わりに搾り出した声は耳に付いた機械に吸い込まれる。しばらく沈黙が続いて、電話口に風が吹き付けるビュウビュウという音が、わたしの心のざわざわを大きなものにした。


「今向かってるの」

「どこに」

「空に決まってるじゃない」

「空って……」


 その時、わたしの隣で矢田がクシャミをした。ちょうどわたしの言葉が途切れたところだったから、拡散される音が妙にはっきりと部屋に響く。矢田は瞬時に口をつぐんだが、間に合うはずがなかった。


「誰かいるの?」


 早口で詰め寄るような佑月の声に、わたしはただ戸惑い、たじろいだ。緊張感が最高潮に達する。本来なら突然かかってきた電話なんだから、気にする必要もないはずだった。だけど今は、――危ない、気がする。


「違うよ、誰も……」

「うそつき」

「……え」

 一気に冷めたような声だった。同時に佑月が泣きそうな気もした。何がなんだかわからない。時間がぐるぐると早く回りすぎて、追い付けてない。


「好実もあたしから離れていってたんだね。好実も宏と同じ。もういい、バイバイ」

「ゆつ……」

 ブツリ、と通話は切れて、続いてツーツー、と心の篭っていない機械音が耳を刺す。宏と同じ?佑月から離れた?――瞬く間に佑月を、わたしが佑月を、突き放してしまった?

 立ったままの足がガクガクと震え出す。空気が痛い。いやだ、どうしよう。


――わたしの、せい?



「矢田っ……どうっ、しよ……佑月が死んじゃう、死んじゃう!」


 ぎゅうっと胸が掴まれるような苦しさに襲われた。顔が歪んでいくのが分かる。涙腺が暴れている。

「違うよ、僕だよ。好実のせいじゃない。だから落ち着いて」

 取り乱すわたしを包み込むこの男は、どこかに心をまるごと置いてきてしまったのだろう。畑上くんの魂に根こそぎ取られてしまったのかもしれない。矢田は今なお穏やかにわたしをなだめる。平気な顔をして僕のせいだと言う。彼の考えていることが、わたしはいつも読めない。


「……佑月を探しに行かなきゃ」


 矢田が落ち着けてくれたおかげか、自然と言葉が零れた。そんなわたしを見て安心したように、矢田は力強く頷く。その顔はわたしに希望をくれた。矢田ってやっぱりわからない。ここまで来てもまだ矢田に振り回されてる自分が一番わからないのだけれど。


 冷たい空気が固まってしまう前に、部屋を後にした。




続、



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