2、声が聞こえる
日曜日は休みだ。わたしが自由に動く日。
今日はというと、昼過ぎに起きて夕食の買い物に出た。夏の始まりらしく陽射しが強くて、帰宅してからなんとなく頭が痛かった。
わたしの頭はまだちゃんと働いていない。時間が経つにつれて現実味を帯びるかと思っていたが、そうでもなかった。というのも、現実味を帯びようにも頭で考えているだけだから結局想像や思考に過ぎないわけで、矢田との思い出はいやに綺麗に鮮明に浮かんできたし、佑月からの話は同じところをぐるぐる回った。行き着いた先は、昨日のままだった。
ビーフシチューは好き。作り置きができるから。
何となく沈黙が怖くて、テレビを眺めながら夕食を食べている時に携帯が鳴った。
「好実?」
「佑月、どうしたの」
「いや、大丈夫かなと思って……」
「ああ、昨日はごめんね、ちょっと混乱しちゃって」
昨日は電話の途中で、わたしの親指は勝手に通話終了のボタンを押していた。空っぽの頭も、渇いた喉も、既に限界を越えていることさえも分からなかったから、その分親指が気を遣ったのだった。
「ちょっとは落ち着いた?」
「……うん、まあ、」
本当は止まっているだけだった。時間は無常にも早く過ぎることを、久しぶりに感じた。時間においてきぼりにされていると思うと、少しばかり焦った。
「……ねえ、今から好実の家行ってもいい?」
「うん、いいよ」
「じゃあすぐにいくね」
三十分後には、佑月はリビングのテーブルに着いていた。
「正直あたし、今もまだ混乱してる」
佑月がそう切り出したから、少しだけホッとした。
佑月のために新しく注いだビーフシチューをテーブルに置きながら、うん、とだけ返事をした。
「それでね、……あ、ありがと、いただきまーす、」
「はいどうぞ」
「うん、美味しい。……あ、それでね、あたし宏と家近いじゃん、だから今日宏ん家でずっと話してたのね、そしたらね」
「うん、」
そこで佑月はお茶を飲んで一息着いた。スプーンをカチャカチャと鳴らした。
「畑上くんが殺された、って言う情報は、親族の人が話してるのを宏がたまたま聞いたんだけどね、矢田に殺されたっていうのはそこでは一言も聞かなかったみたいなの」
「ふうん、まあ」
同級生も来てる場で慎むのは当たり前といえば当たり前かもしれない。
「でも結果的に」
――宏はソレを知ったでしょう?
佑月はスプーンを握っている方の人差し指を立てて、あたしの虚ろな目を見つめた。
「誰から聞いたと思う?」
「……え」
心臓がどくんと唸った。
一瞬頭を過ぎった右頬を潰すように、ぎゅっと強く目をつむった。
「教えてくれないのよ」
目の前から吹き掛けられる期待外れの言葉を、わたしはどこに閉まったらいいのか判らず、その言葉たちは少しばかり戸惑った。
椅子の背もたれにもたれた佑月は残念そうに口を尖らせる。その落胆した声色と澄んだの瞳の中に混じって少しだけワクワクが見えたのには、気付かない振りをした。
矢田と畑上くんはどこで関わりがあったのか、わたしは知らない。多分三年間クラスは被ってなかったと思うし、二人が言葉を交わしているのも、一度だって見たことがなかった。
「でもこれって、怪しいとおもうじゃない?」
またすぐにテーブルに乗り出して喋り始める。なんとなく、何かが潜んでる気はするのだけれど、ソレが何なのか分からない。
「まあね」
「問いただしてみたの」
「宏に?」
そう、と言って佑月は何故かちょっと笑って下を向いた。
「何?」
「ううん、そしたらね」
顔を上げた。大きな瞳に捕まる。この瞳を何度も羨ましいと思った。
「うん」
「明日も来いって言うのよ」
へえ、そう言ってわたしはペットボトルの麦茶をコップに注ぐ。トクトクというぼんやりした音が部屋に舞う。
幾分落ち着いていた。二年の三学期始めに一気にクラス全員を敵に回した佑月が矢田と畑上くんの関係を知るためには、もう宏しかいないのだ。
「あ、そうだ宏の家に時計忘れたんだった」
取りに行かなきゃ、夕飯ごちそうさま、と言いながらカタンと軽やかに立ち上がった佑月の表情は、混乱している、というにはあまりにも軽すぎた。
「また来るね」
「分かった、またね」
「うん、ばいばい」
バタンと玄関のドアが閉まる直前に、わたしの目は佑月の首に付いた赤いしるしを捕らえた。
↓
続、