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11、浅い眠り

宏の続きです。そしてこの話で過去シリーズ最終です。


 冬休みが終わってしまった。学校に、行かなければ。



 俺の思考はいつもそこで途切れる。そこから先へ進めない。先が、見えない。


 アラームのセットがされていない目覚まし時計は、ただの時計だった。九時三十分。ああ一時間目が始まる時間だ。この時間には、たいてい起きていた。寝返りと共に、体の下敷きになったシーツにシワが寄るのが分かる。

 今日で一週間。冬休みを加えたら三週間、学校に行っていなかった。所謂登校拒否、なのかもしれない。あまり認めたくはないんだけど。

 登校拒否なんていう逃げ道は、基本的に被害者に与えられるもので、流石に被疑者に当たる奴なんかのために贈られるものじゃないとは思うのだが、というか今まではそう思っていたのだが、いざその立場に立ってみると分からないもので、もしこれで好実が普通に登校していたら俺ってすげえ情けない。

 親は何も言わなかった。というより、夫婦共働きで朝から夜遅くまで仕事漬けな俺の両親は、きっと気付いてすらない。

 幼い時から手のかからない子供だと言われて育った。自分のことは自分でできるし文句は言わないし、おまけに勉強も人付合いも上々だ。研究者の息子としては十分出来た子供だったと思う。



 電話が鳴った。物思いに耽っていた俺は、はっとして画面に表示されている名前を見て、のろのろと通話ボタンを押した。

「どした、陽」

「いや、どうしたじゃないだろお前」

 ははっ、と電話の奥の陽は軽く笑った。


「休み明けそうそうに一週間も休みやがって」

「……ああ」

「今俺等のクラス結構ごたごたしてんだぞ」

「……え」


 もしや好実がなんか言い触らしてんのか?

 ぱっと頭に浮かんだ疑問に、ますます自分は嫌な男だと思う。好実はそんな奴じゃないって解ってるはずだろ。俺。しっかりしてくれ。

 しかし続けて発された陽の言葉は、予想を裏切るものだった。


「佑月ちゃんがハメられてんだよ」

「……は」

「とりあえず明日来いよ、説明してやる」


 俺の返事が喉を通り抜ける前に通話は途切れた。

 佑月。ええと、誰だっけ。ああそうだ、高梨佑月(たかなしゆつき)、たまに喋ることはあるけれど、特に気にする程の奴ではなかった。何人かで構成されたグループに依存してるような、まあ言ってしまえば「女子高生A」みたいな奴だ。


 俺が次の日学校へ行ったのは、陽のその話に特に心を動かされたわけじゃない、断じて違う。ただ単に陽の声が久しぶりだったから。理由なんてそういうものだ。



 ガラリと久しぶりに教室のドアを開ける。

 ハッとした。

 好実が自分の席に座って、いつものように文庫本を読んでいるのが見えた。好実の周りに佇むスッとした落ち着いた空気は、休み前とひとつも変わってないようだ。


「……来てたのかよ……」


 脱力感は相当なものだった。結局俺はあいつより弱かったのだ。はぁ、と大きなため息が転げ落ちた。


「おう、宏、来た来た」

「ああ、おはよ」

「登校拒否かと思ったぜ」


 教室に足を踏み入れると、健康的な笑顔が俺を迎えた。部活続きだったんだろう、正月太りとは縁がなさそうな陽はサッカー部だ。確かキーパーだと言っていた。陽は自分の意志がはっきりしていて客観的になれる性分だから、きっと当て嵌まっていると思う。よく知らないけど。

 陽の明るい声に、教室の何人かが振り返る。「あ、宏だ」なんていう軽い歓声が、ちらほらあがった。好実は相変わらず変わらぬ姿勢で、静かに本のページをめくった。


「つーか佑月来てんじゃん」


 ハメられたとか言っていたから登校拒否なのかと思っていたが、どうやらこのクラスでの根性無しは俺だけのようだ。佑月は好実の二つ後ろの席で、けだるげに携帯をいじっている。


「ほら、佑月ちゃんってさ、ずっと李伊ちゃん達にくっついてただろ、それがさ」

「ん」


 ドア側の一番後ろ、俺の席に陽が座る。

「おい、俺の席」

「お前そっち座れよ」

 悪びれる様子もなく陽は俺の席の前の席を指射す。多分今頃は図書室にいるだろう直の席だ。


「で」

「ああ、仲良さそうだったじゃん、だけどなんかさ、佑月ちゃんが、李伊ちゃんの体操服と財布盗んだとかで」

「はあ?」

「で、即バレて、反撃というか、今やクラス全員から仲間ハズレってわけだよ」

「いや、それって元々佑月が悪いんじゃん」

「まあな」


 陽は首をすくめておどけて見せた。


「まあ言ってもさ、李伊ちゃん側の言い分しか知らない訳だけど。誰も佑月ちゃんと話そうともしないし。李伊ちゃんのグループって強いじゃん。イジメだよイジメ」


 イジメ、か。佑月の方に視線を投げた。そう言われてみると、必死に携帯を見つめているようにも見える。


「へえ、で、お前は?」

「俺はそういう安っぽいごたごたには関わらない主義だから」

 イジメってめんどくせえし。俺はどっちの肩も持たないよ。情報だけはしっかり掴んでるくせに、なんの躊躇いもなくカラッと答える陽を、俺はいつもカッコイイと思う。

 もう一度佑月の方を見ると、本を開けたまま眠っている好実の姿が視界に入った。



 事件は昼休みに起こった。

 陽と二人で弁当を広げていると、急にガツン、と勢いよく机が倒れる音が教室中に鳴り響いた。賑やかだった教室が一瞬シン、と静まり返る。

 音のした方に顔を向けると、どうやら李伊のグループの一人であるミナが、主人のいない佑月の机を蹴り倒したようだった。教科書やノートや、筆箱から零れ落ちたペンなんかが、派手に飛び散った。

 佑月の私物がばらまかれるのを見届けると、またすぐにそれぞれの話へと戻るクラスメート達。教室にはまるで何もなかったかのように、さっきのざわざわが戻った。


「ミナ、もうすぐ佑月来るよ」

「え、マジ? 早く学食行こーよ」

「行こう行こう、あの子の反応つまんないし。無視無視」

「きゃはは、やりっ放しで無視とか罪だねー」


 クラスメートのざわざわより一回り大きな声ではしゃぐ彼女等は、颯爽と教室を出て行った。

 そして入れ替わるように佑月が教室へ入ってきて、黙々と机を持ち上げたりノートを拾ったりしている。クラスメートは誰も、彼女の存在に気付いてないかのようだ。


「……なにあれ」

「いや、だから言っただろ、イジメ」

「いつもなのか?」

「ああ、ちっちゃい事をジワジワと、て感じかな」


 陽は涼しい顔で弁当を突く。俺はなんだか無性にやり切れなくなって、一口お茶を飲んで箸を置いた。


「ん、食わねえの?」

「なんか、やり切れねえ」

「ん? ちょ、え?」


 ガタンと席を立って、佑月の席へと歩く。しゃがみ込み、転がったペンを探す彼女の横で、ピンクのペンを見つけて机に置いた。


「……え?」


 不意を付かれたようにビクッと肩が揺れて、佑月は振り向く。まっすぐに俺を見つめるその瞳は、酷く疲れて見えた。

「もう全部拾った?」

「え……あ、ああ、うん」

「そう」


 立ち上がり踵を返す俺に、小さく「ありがとう」と言うその声が、泣きそうだったのを覚えている。


 放っておけなかったんだ。


 好実を傷つけ、泣かせた自分が、佑月を無視することでまた、佑月をも傷つけることになるだろうことは明らかだ。

 もう誰も、傷つくのは見たくない。大人しく見ていられる自信もない。傷つくのは俺だけで十分だ。



「お前が佑月ちゃんに構うとはな」

「普通だよ」

「まあいいんじゃない? お前には被害いかないと思うし」

「え?」

「お前何気にモテるからなあ、得だよ」


 クックッと可笑しそうに笑う陽の後ろを、スッと通った好実は、俺の方を見向きもしなかった。


 俺は何も、出来なかったから。好実にしてしまったことの償いを何も。

 だから佑月に優しくするのも、本当は自己満足のためなんじゃないかって思う。

 だけど分からないんだ。どうしていいか、分からない。渇いたため息が溢れた。



続、



これでいったん過去シリーズが終わりました。次回から過去を踏まえての現代へと戻ります。突っ走っていきたいと思います。楽しみ。

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