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10-2、彼女と見たユメ


 清々しく晴れた日の昼休み、久しぶりに屋上に出ようと思い付いた俺が重い鉄の扉を開けると、そこにはさっき教室からいなくなったはずの彼女が、既に灰色のコンクリートにぺたんと座り、膝の上に弁当を広げて訝し気にこちらを見ていた。

 短い黒髪が、吹き付ける透明の風でさらさらと靡く。


「……何しに来たの」

「……え?」


 きゅっと不機嫌そうに口を結んで俺を見つめる彼女は、精一杯自分を強気に見せようとしていたのだろうけれど、どこかはかなげな気品さえも帯びて、降り注ぐ日の光の下で、それは美しかった。

 そんな彼女に見とれ、我に返ると共にしばしの間戸惑った俺は、手にした購買のパンとジュースを素早く掲げて、「天気いいから」と、まるで言いにくい言い訳のようにぼそりと呟いた。


「あ、そっか」


 緊張が溶けたように彼女が笑うから。久しぶりに目にする屈託のない笑顔が眩しくて、思わず目を細めた。


「あ、俺あっちで食うから」

 気にすんなよ、と少しだけ頬を緩めて、好実に背を向けた。本当は近くに居ると彼女のことが気になって飯どころじゃないなんて、ダサ過ぎて言えない。


「わたしさ、別に一人が好きなわけじゃないよ」


 後ろから飛んできたよく通るその声は、透明でどこか甘くて、俺の胸をぐっと握った。


「え」

「だから、一人が特別好きなわけじゃないの。別に嫌いでもないけど」

「好き……じゃ、ないの? ああそっか、こないだまでみんなと居たもんな」

「群れることがめんどくさくて嫌になっただけ。あいつらわたしの陰口ばっか言う癖に、わたしの前では気になる男に声掛けて欲しいからって、甘えた声で頼むのよ。ムカつくけど、さすがにみんなの前で爆発するのも体裁が悪いじゃない? だから我慢してたんだけどさ、」

 そういうのはもう止めた、と好実は言葉の端を簡単に結んだ。

 心の内を淡々と話す好実は、とてもすっきりした表情をしていた。


 いきなりの本音トークに呆気に取られた俺が、とりあえずふうん、と返すと、好実はなによう、と膨れて見せた後、穏やかに笑った。

「いや、お前ってそんなキャラだったんだな」

「いつもこんなキャラよ」

「そうだっけ」

 なんつーかもっと可愛い系の活発少女だったんだと思ってたけど、と小さく呟くと、うるさい、の一言で見事に締められた。

 このギャップにやられただなんて、そんな馬鹿なこと言わない。その素顔を独り占めしたいだなんて、死んでも言わない。


「あとさ、」

「ん」

「あんた名前なんだっけ」

「……」



 好実は人と関わること自体は嫌いではないらしく、最初は俺だけだったけれど、俺と仲がいい陽や、席替えで近くの席になった矢田や佑月とも打ち解け、持ち前の毒舌を余すことなく晒した。特に俺にはズカズカと遠慮なくぶつけられた。


 ちょうどその時期、好実は陸上部へと入部したんだ。

 元々スポーツが得意な好実だったから、すぐに慣れたようだった。部活仲間とは仲良くやっていたみたいで、たまに違うクラスの部活仲間であるシホやカナエ(苗字は知らないが好実がそう呼んでいた)が来て、同じく陸上部だった矢田も加わり、楽しそうに談笑しているのを見かけるようになった。昼休みも部室で食べるようになったらしい。

 たまに話し掛けられる程度に成り下がってしまった俺はもう、好実の中では薄い薄い空気のようなものなんだろう。俺の中の好実は、どんどん膨れているというのに。



 二年になってもクラスは一緒だった。好実は相変わらず群れることはなく、その代わり、俺と喋る機会は多かった。

「あーわたし、このクラス知ってる人少ない」

「いっぱいいるだろ」

「関わりない人は知らないのと同じよ」

「関われば」

「群れそうな人ばっかりだもん」

 矢田いないし、ていうか部活の子すらいないし、と、ぶつぶつと呟く好実を横目で眺める。


 最近好実から矢田の話題が増えた。好実が今一番心を開いているだろう矢田には、関わりの薄い俺なんかでは敵わないのなんて分かっているけど。矢田と同じクラスにならなくて心底ほっとした。このクラスの中では、俺が一番好実に近い。



「嶋ー」

 澄んだ声色が賑やかな教室に響いてその先を見ると、よく耳にするそいつの穏やかな笑顔がドアから覗いている。


「あ、矢田!」


 俺との話を放り投げて駆け寄る好実。

 心の奥のざわざわと苛々と、心臓がぐっと縮まる息苦しさ。それは嫉妬というものだとその時知った。




**




 油断していたその気持ちは、いつの間にか自分でもコントロール出来ないくらいに大きく成長していたんだ。



――そして俺は、俺の中の野獣に喰われた。



続、



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