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10-1、彼女と見たユメ


「あ、もしもしー、ん、宏? どしたの」

 李伊の第一声はそんな風だった。電話越しに伝わる李伊の、佑月とはまた違うカラッと渇いた雰囲気に、元カレからのいきなりの電話に驚く様子は微塵も感じられなかった。


「ん、いや、あの」

「んーなに、淋しいの? その甘えん坊直した方がいいって言ったじゃん」


 俺の様子を素早く汲み取り、柔らかい笑い声を上げる李伊は簡単に俺を見破る。優しい懐かしさが広がった。

 俺のことをよく知る李伊だからこその技だと思う。本当に久しぶりに連絡をしたにも関わらず、するりと受け入れてくれることに驚いて、もっと早く李伊に連絡をしたらよかったと思った。これじゃあ俺ばっかりが気まずい空気を背負ってたみたいじゃないか。


「……来て」


 淋しさに加えて何だか急に恥ずかしさが込み上げてきたから、携帯に囁くように息を吹き込む。


「あーいいよ、暇だし。今から行くね」


 なんの躊躇いも感じられなかった。直とも矢田とも関わりが無かった彼女だからこその対応が、素直に嬉しかった。直の死因すら、彼女は知らないのだけれど。




**




 俺の刻印を受けた好実は、何も言わずふらふらと部屋を出て行った。まるで魂が抜けたように、その瞳は鈍く光っていた。


 バタンと玄関のドアが閉まる音を遠くで聞いた途端、急にクリアになる頭に残ったのは、欲望を抑え切れなかった愚かな自分と泣き叫ぶ好実の姿。サーッと頭から血が下りてくるのが分かった。それと同時にがくがくと震える乱れた体。好実を「襲った」という事実が俺を支配する。

 好実の涙。悲鳴。白く華奢な身体。体温。全てが俺のモノになったひと時に酔いしれる一匹の野獣は、すっかり影をひそめていた。


「……おれ、……」


 愛しい好実の幻影が現れて、まるで鬼でも見るような酷く、酷く恐怖した目で俺を射る。


「……このみぃ……」


 顔を両手で覆う。手と手の隙間から漏れるのは、ちっぽけなニンゲンならではの弱々しく潤んだ声。掌にはまだ、好実の白くか細い手首の感触が残っていた。


 愛していた。狂おしいほどに。

 本当に、心の底から、好いていたんだ。



*



 初めてその存在に気付いたのは、高校一年の時だ。俺と好実と佑月、それから矢田も、同じクラスだった。

 嶋好実は明るくサバサバした持ち前の社交性で、いとも簡単にクラスの中心になった。好実の周りにはいつも人がいて、いつも誰かが笑っている。そんな魅力溢れる彼女に、彼女と関わりのある男子の殆どが好意を抱いていた、そして俺も、例外ではなかった。

 しかし人気者には影が落ちるもので、裏で何か嫌味を言われているのもまた、当たり前と化していた。


「大丈夫だよ好実、そんな悪口、気にしちゃだめ。それより次の日曜空いてる? あたし等と遊ぼうよ」「あーごめん、ユウコ達と約束しちゃった」

「えー、じゃあその次の週末予約ー! ねえねえ好実お願い、遊ぶ時さ、陽くんと良介連れて来てー」


 キイキイとはしゃぐ女子達は、好実を囲んでこれでもかと声を張り上げる。ちょうど好実の隣の席だった俺は、机に肘を付いてぼんやりとその光景を眺めた。

 目の周りを真っ黒に塗り、ぎりぎりパンツが見えないぐらいの短すぎるスカートをひらひらさせて好実に迫る彼女達自身が、この間好実の陰口を叩いていたのを、俺はたまたま耳にしたことがあった。女ってなんて恐ろしいんだろう、と寒気がしたのを覚えている。

 好実が人懐っこい笑みを浮かべ、「いいよ、声掛けとく」と言えば、すぐさま悲鳴にも似た歓声が上がった。


 だんだん疲れが溜まってきていたんだと思う。ある時好実は一週間程学校を休んだ。



 やっと登校してきた好実は、一瞬にしてクラスのみんなに取り囲まれた。


「どうしたの? 心配したんだよ」

「会いたかったよ好実ぃ」

「大丈夫なの!?」


 口々に述べられる歓迎の言葉を、好実は笑顔で受け流し、抱き着こうとする竹下(たけした)さんの腕をするりと交わして俺の隣の席まで歩いた。

 いつものように「ありがと!ちょっと風邪ひいちゃってさ!」などと、明るく人気者らしい返事を期待していたクラスの大半は、颯爽と歩く好実の背中を呆然と見つめていた。



 その日から好実は、休み時間や昼休みになると決まって教室からいなくなるようになった。そしてチャイムが鳴ると同時に教室へと戻ってくるのだ。何度となく誰かが「どこに行くの?」「何しに行くの?」「あたしも行く」と、そんな言葉を好実にぶつけたが、変わらない人懐っこい笑顔で、「秘密。一人になりたいの」と、ぴしゃりと言いくるめられて終わった。

 そんな日々が続いて、好実の周りからは人がいなくなった。




続、



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