婚約破棄された悪役令嬢リリアーネ・フォン・エルンストですが、元社畜のコンプラ知識で反撃しますわ
コメディ強めを目指してみましたが、笑わせるって本当に難しいですね……!
クスッとでも楽しんでいただけたら嬉しいです。どうぞ気軽にお読みください。
夜会というのは、本来もっと優雅で、もっと心が洗われるものだと思っておりました。
少なくとも「業務連絡」と「公開処刑」を同時にされる場所ではないはずです。
「リリアーネ・フォン・エルンスト! お前との婚約は、今この場をもって破棄する!」
王太子ジークフリート殿下の声が大広間に響き渡った瞬間、音楽が止まり、シャンデリアの光が一段と冷たく見えました。
(声が大きいですわね……。
前世の会議室なら、マイク不要どころか“音量注意”で差し戻し案件ですわ)
わたくしは扇子をぱちり、と閉じた。
怒りで手が震える? いいえ違います。
あまりにもテンプレな展開に、脳内で「なろう構文チェックリスト」が起動しただけですわ。
わたくし、リリアーネ・フォン・エルンスト。公爵家の長女。
そして最近、前世の記憶――日本でコンプライアンス部門にいた社畜OL――を思い出した、非常に不運で非常に便利な女でございます。
殿下の腕には、栗色の髪を揺らす少女がしがみついている。
男爵家の出――と本人は名乗っておりますが、限りなく「物語都合で持ち上げられる平民枠」に近い、マリエ・ヴァイス嬢。
「殿下、やめてください……わたしのせいで……!」
マリエ嬢は涙を溜めた瞳で上目遣い。
その表情は完璧でした。完璧すぎて、逆に怖い。
(前世で見たやつですわ。
“わたしのせいで……”と言いながら、きっちり主役の座に座るタイプ。
可哀想ムーブの精度が高すぎると、システムエラーを疑うべきです)
貴族たちがざわめく。
「まあ……」「リリアーネ様がいじめを……?」「信じられない……」
殿下が勝ち誇ったように顎を上げた。
「そうだ! リリアーネ、お前はマリエをいじめた! 陰口を叩き、ドレスに飲み物をかけ、さらには階段で――」
「殿下」
わたくしは、にこやかに遮った。
「はい? 命乞いなら無駄だぞ!」
「いえ。“議事録”を取らせていただいても?」
「……ぎじろく?」
殿下の眉がぴくりと動く。
その顔、前世で「KPIってなに?」と聞いてきた営業部長と同じですわね。
わたくしは背後の侍女レーナに合図を送った。
「レーナ、例のものを」
「はい、お嬢様」
レーナが恭しく差し出したのは、分厚い革表紙のファイル三冊。
背表紙に銀色の文字で、こう刻まれている。
『王太子ジークフリート殿下 行動記録(夜会版)』
『不適切行為報告書:通称“アウト集”』
『改善勧告書※今夜中に提出可』
大広間の空気が、笑ってはいけない場のそれに変わった。
貴族たちの肩が、小刻みに揺れている。
「な、なんだそれは……!」
「安心なさって。殿下をいじめる意図はございませんわ」
わたくしは真顔で頷く。
「ただ“事実”が殿下をいじめる可能性があるだけで」
「こ、こいつ……!」
殿下が唇を噛みしめる。
ええ、前世でもよくありました。
「事実を提示しただけなのに、なぜか逆ギレされる」現象。通称“コンプラあるある”。
わたくしは一冊目を開き、澄んだ声で読み上げた。
「まず、殿下の主張は『リリアーネがマリエをいじめた』。
根拠として『ドレスに飲み物をかけた』とのこと。
――では、当日の記録をご覧くださいませ」
レーナがすっと一枚の紙を差し出す。
そこには夜会当日の速写画。マリエ嬢のドレス裾に赤ワインの染み。
そして、その横に描かれた影――マリエ嬢の腕を掴む手。
わたくしはにこやかに指差した。
「この手の位置、わたくしではございませんの」
「え……?」
「殿下ですわ」
「……え?」
「殿下がマリエ嬢の腕を掴んで引き寄せた結果、グラスが飛び、ワインが――」
「待て待て待て! それは、愛の行為だ!」
(愛の行為でワインを飛ばすんじゃありませんわよ)
貴族たちが「ぶっ」と吹き、慌てて咳払いする。
わたくしは続ける。
「目撃者証言もございます。
『殿下が“ごめん、服が汚れちゃったね”と謝っていた』――守衛の証言ですわ。
なお守衛は殿下に“二回”謝られたと供述しています。
つまり、殿下は罪の意識があった。はい、次」
「次とか言うなぁぁぁ!」
殿下が叫んだ瞬間、王座に座る国王陛下が「……わしは今日はただ、ワインを飲みながら皆と会話をしたかっただけなのだが」と遠い目をした。
(分かります陛下。
前世でも、上司が“今日は穏便に帰りたい”と言う日は、だいたい炎上します)
「そして“陰口”。殿下、具体的にいつ、どこで、誰が聞きましたの?」
「……え?」
「“誰が”ですわ。
陰口は音声コンテンツです。再生元がなければ成立しません」
「お、お前は何を言っている! 皆が聞いたんだ!」
「“皆”は部署名ですか?」
「ぶふっ」
どこかの侯爵が噴き出した。
殿下は顔を真っ赤にして指を突きつける。
「と、とにかく! マリエは清らかで優しくて、皆に愛されている! お前とは違う!」
「比較評価ですね」
「ひ、ひかく……?」
わたくしは穏やかに頷いた。
「殿下、比較評価は誤解と争いを生みます。
ここは“行動”で判断しましょう。
――次は、殿下の行動ですわ」
「私の行動!?」
わたくしは二冊目を開いた。
「『夜間、女子寮への侵入』」
「侵入ではない! 訪問だ!」
「事前連絡は?」
「……してない!」
「許可は?」
「……ない!」
「その時刻は?」
「……深夜!」
「結論:侵入ですわ」
「うわぁぁぁ!」
殿下が頭を抱える。
貴族たちはもう肩を震わせている。
マリエ嬢が震え声で言った。
「ち、違うんです! 殿下に来ないでって言ったのに……!」
「ええ、存じておりますわ」
わたくしは別紙を掲げた。
「『当該女生徒は“殿下、こんなことしてはダメです”と複数回注意。
殿下は“君が可愛いから仕方ない”で押し切る』
――マリエ嬢ご本人の聞き取りですわ」
「ま、マリエ!? 何を喋った!?」
「ご、ごめんなさい殿下……! でも……怖くて……!」
(うん、ここはちゃんと怖かったのでしょうね。
それはそれ、これはこれですわ)
わたくしは扇子で口元を隠し、淡々と続ける。
「殿下、ここで重要なのは、マリエ嬢を責めるかどうかではありません。
“権力差のある関係で、相手の拒否を無視した”という事実です」
空気がスッと冷える。
国王陛下の咳払いが重かった。
殿下は慌てて話題を逸らした。
「だ、だが! マリエは俺の真実の愛だ! リリアーネ、お前は悪女だ!」
「真実の愛を否定する気はございません」
わたくしはにっこりと微笑んだ。
「ただ、真実の愛は“免罪符”ではなく、“責任”ですわ」
「せ、責任……?」
「ええ。婚約者がいる立場で、別の女性に『王妃にしてやる』と発言した。
――これは“二重婚約宣言”に当たります」
「愛の告白だ!」
「会議でやったら即アウトですわ」
「会議ってなんだよ!」
貴族の笑いが、ついに隠しきれなくなる。
「くくっ……」「殿下、会議はご存じないのか……」「王太子教育……」
国王陛下がとうとう顔を覆った。
「……誰か、わしに頭痛薬を」
(前世ならロキソニンを差し入れたかったところですわ)
わたくしは三冊目――改善勧告書――を開いた。
「さて。婚約破棄は可能です。
しかし、契約の解除には手続きが必要ですわ。
そして当然、損害が発生します」
「そ、損害?」
「はい。
わたくしの社交界での信用、花嫁修業の費用、今後の縁談への影響。
そして精神的苦痛――慰謝料です」
「い、慰謝料!? そんな言葉聞いたことない!」
「今、聞けて良かったですわね」
「良くない!」
わたくしは軽く指を鳴らす。
レーナが電光石火で別紙を出した。
「見積書(概算)でございます」
「見積書ぉ!?」
貴族たちがざわめく。
「こ、こいつら……夜会に見積書……」「まるで商談……!」
わたくしは見積書を掲げ、優雅に読み上げた。
「『名誉毀損による損害:金貨一万枚』
『婚約期間に伴う機会損失:金貨八千枚』
『精神的苦痛:金貨五千枚』
『夜会の場で叫ばれたため加算:金貨二千枚』――」
「最後の何だよ!」
「“大声加算”ですわ。
公共の場での羞恥は、コストが高いのです」
殿下は「わけがわからない」と呻き、床に膝をついた。
そのとき。
大広間の端から、静かな拍手が響いた。
ぱち、ぱち、ぱち。
漆黒の髪、琥珀色の瞳。
隣国ノルトハイムの若き公爵、ユリウス・フォン・ノルトハイム。
彼は爽やかな笑みで言った。
「いやあ、素晴らしい。
この国の夜会はいつも退屈だと思っていたが、今日は入場料を払ってもいいレベルだ」
(この人、完全に観客側ですわね!?)
ユリウス公爵は国王陛下に一礼する。
「陛下。僭越ながら提案がございます。
リリアーネ様の損害補填と名誉回復のため、我が国ノルトハイムが――」
「待て、まさか……」
国王陛下が嫌な予感の顔をする。
前世で「それ以上は言うな」と目で訴える上司の顔と同じですわ。
「彼女を、我が公爵家にお迎えしたい」
大広間がどよめいた。
「……結婚、ということか?」
「ええ。形式ではなく、国際的にも筋が通る形で。
もちろん、慰謝料の一部は“和解金”として我が国が先に立て替えましょう」
貴族たちが「おお……」と感嘆する。
殿下だけが「立て替え!? 俺、払うの!?」と泣きそうになっている。
わたくしは一礼した。
「ありがたきお申し出、光栄ですわ」
殿下が叫ぶ。
「ま、待て! お前は俺の婚約者だぞ!」
「でした、が正しいですわね」
「まだ破棄してない!」
「今、叫びましたわよね?」
「叫んだが……!」
「では、議事録に残っております」
「ぎ、議事録に残ると何が起きるんだよ!」
「後で逃げられなくなります」
「最悪じゃん!」
国王陛下がついに立ち上がり、声を張った。
「……よい!
本日をもって、王太子ジークフリートとリリアーネ・フォン・エルンストの婚約は破棄とする!」
殿下が「うわぁぁぁ」と崩れ落ちる。
「同時に、王太子ジークフリートには王太子位の返上を命ずる。
――理由は、今夜ここにいる全員がもう分かったであろう」
大広間から拍手が起きかけ、すぐに「王の前だぞ!」という空気で鎮まった。
でも、顔はみんな笑っている。
「さらに――」
国王陛下は深く息を吸った。
「ジークフリートはマリエ・ヴァイス嬢と共に、辺境の領地で暮らせ。
……愛に生きるのだろう? 責任を取れ」
「へ、辺境!?」
「まあ素敵……!」
マリエ嬢がキラキラした目をする。
その瞬間、貴族たちがざわめいた。
「辺境って……ドラゴン出るぞ……」「冬、寒いぞ……」「下水整備……」
(前世の社畜的に言うなら、“インフラ未整備案件”ですわね)
わたくしは追撃を優雅に添える。
「もちろん生活費は殿下持ちで。
慰謝料のお支払いは――分割で構いませんわ」
「分割!? ローン!?」
「一括でも?」
「分割でお願いしますぅ!」
大広間のあちこちから、耐えきれない笑い声が漏れた。
王太子が“お願いしますぅ”と言う夜会。
歴史に残していいですか? いいですね? もう残ってます。
◇ ◇ ◇
数日後。
ノルトハイム公爵家の客間で、わたくしは紅茶を飲んでいた。
「改めて、ようこそ。リリアーネ」
ユリウス公爵は穏やかな笑みを浮かべ、テーブルに丸い揚げ菓子を置いた。
輪っかの形――前世で言うところのドーナツである。
「それ、どうやって作ったんですの?」
「君が以前、ふと口にしただろう。
“甘くて丸くて穴が空いていて、疲れた心に効く”菓子がある、と」
(そんな雑な説明で再現したんですの……?)
ひと口かじる。
……美味しい。ちゃんと美味しい。
「君の前世の知識は、実に有用だ。
特に、あの“改善勧告書”。我が国にも導入したい」
ユリウスはメモを取りながら言った。
そのメモには、〈セクハラ〉〈パワハラ〉〈議事録〉〈大声加算〉など、異世界には存在しないはずの単語が並んでいる。
(この人、絶対に面白がってますわね)
でも、嫌ではなかった。
あの夜会で、わたくしが屈辱の中で終わる未来を、彼はあっさりひっくり返してくれたのだから。
「リリアーネ」
ユリウスが、少し真剣な声で呼ぶ。
「君に、改めて聞きたい。
私の提案――公爵家に迎える話を、受けてくれるかい?」
わたくしは扇子を閉じ、正面から彼を見た。
前世のわたくしなら、ここで「メリット・デメリットの洗い出し」を始めてしまったでしょう。
でも今は違う。
「……はい。ただし、条件がひとつ」
「条件?」
「今後、わたくしに無断で“契約違反”をしないこと。
愛に生きるためでも、ルールは守ってくださいませ。
コンプラ的にアウトですわ」
ユリウスは目を瞬かせ、それから声を上げて笑った。
「はは……! 了解だ。
では、君を我が家の“コンプライアンス最高責任者”として迎えよう」
「急に肩書きが重いですわね!?」
「その代わり、給料ならぬ愛情は――たっぷり支払う」
「……その言い方、書類に残しますわよ?」
「議事録を取るのか?」
「もちろんですわ」
わたくしがにっこりすると、ユリウスは観念したように笑った。
こうしてわたくしは、悪役令嬢として破滅するはずだった人生を、
前世の社畜スキルで華麗に立て直した。
婚約破棄されても、泣かない。
責任から逃げる男は、契約と見積書で追い詰める。
そして、ちゃんと笑える未来を選ぶ。
――悪役令嬢の仕返しは、どうやら“ハッピーエンド付き”だったようですわ。
誤字脱字や表記の確認にChatGPTを使用し、その後、作者自身でもチェックを行っています。
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