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29.揃える

「こんにちはー。美海いる?」


 ほぼ一日かけて、なんとか宿題を提出できる形まで持っていった次の日。僕は美海の家に遊びに行った。なにをするわけでもないけど、疲れたから美海の顔が見たかった。

 けど、出てきた美海は思ってたのとちょっと違った。


「美海、髪が」

「うん切ったの。詩音とお揃いだよ」


 肩の辺りで揺れていた美海の髪がばっさりとなくなっていた。後ろを見せてもらうと僕よりちょっと長いくらい。詩音とほとんど同じ髪型。


「なにかあった?」

「なんにもないよ。暑かったから、短くしただけ」

「ほんとに?」


 そう追求すると、美海はちょっと口ごもってから


「夜には敵わないなあ。まあ上がってよ」


 そう苦笑いして、家に上げてくれた。




「匠海さんは?」

「お兄ちゃんは学校。文化祭の打ち合わせだって」


 お父さんお母さんは仕事でいないと言う。つまり美海と二人きりだ。なんだかドキドキしてきた。


「お兄ちゃんがいないから、大したもの出せないけど」


 そう言って、美海は麦茶を持ってきてくれた。二人で並んでソファに座って、改めて美海の髪を見た。

 最初に見たときほどの違和感はない。さっきはちょっとびっくりしただけだ。だけ、なんだけど。いつもは見えない耳の後ろ側とか、首筋とかが見えて緊張する。顎のラインが綺麗だなとか、鼻が小さくてかわいいなとか、まつげが長いなとか。とにかく緊張しないために美海のことを見つめている。


「夜、見過ぎ。恥ずかしいよ」

「ごめん。いつもと違うから、緊張しちゃって」


 そわそわと二人でそっぽを向いた。美海と二人きりなんてよくあることなのに、僕はどうしてこんなに緊張してるんだ……。


「あ、そうでもないか」

「ん?」


 いきなり声を上げた僕に、美海が首をかしげた。


「いや、美海と二人きりって久しぶりだよね」

「そうだっけ。あー……そうかも。夏休み中は詩音やお兄ちゃんがいたしね」

「夏の前も、美海の家に来るのってだいたい休みの日だったから、匠海さんも美海のお父さんお母さんもいたし」


 だから、二人きりになるのはいつ以来なのかわからないくらい久しぶりだ。うちに美海がくるときも、母さんがいるし。

 やばい。緊張してきた。


「あ、そ、そうだ。髪、切ったのはなんかきっかけあった?」


 変なことを口走る前に、さっきの続きを話すことにする。

 美海はちょっと悩んでから、「たいしたことじゃないけど」と口を開いた。


「夜と詩音がそれぞれ頑張ってるから……私もって思って。まずは外見から変えてみたかったの」


 ゆっくりと美海は話した。


「私、そんなに取り柄があるわけじゃなくて、すごいところも、胸を張れるところもない。頑張ってることも、褒められるようなこともなくてさ。でも来年からは中学生でしょ。中学に行ったらクラスがたくさんあって、きっと夜の周りにはいろんな人がいるんだよ」


 いきなり出てきた自分の名前に、僕はなんの反応もできない。美海の髪型に僕が、関係している?


「そうなったら、きっと夜は私のことなんて忘れちゃうよ。それは寂しいから、ちょっとでも、ちゃんとした自分になりたいっていうか」

「僕が大事なのは美海だけだよ」

「今はそうかもしれないけど」


 たくさんの人に出会ったら、そうじゃなくなるかもしれないと美海は言った。


「だからね、そのたくさんの中に埋もれないように、私も頑張りますっていう……決意表明。みたいなもの」


 美海は笑って、力こぶを作ってみせた。


「そっかあ」


 僕に言えるのはそれだけだ。


「でも、僕はどれだけの人がいても美海を見つけたいな」

「ありがと。見つけやすくなるように頑張る」


 やっぱり僕はこの子が好きだ。大好きだ。手を伸ばしたら触れる距離にいる女の子。


「そろそろお昼だね。夜はどうする?」

「帰るよ。美海は?」

「お兄ちゃんがもうちょっとしたら帰ってくるから、お昼ごはん作って待ってる」

「そっか」


 立ち上がって玄関に向かった。上がりかまちで見送ってくれる美海に触れたくて、手を伸ばそうとして、我慢した。

 ぎゅっと握った手のひらが痛い。


「またね」

「あ、夜」


 美海の手が伸びる。首元に少しだけ触れて、すぐ離れる。


「襟、内側に入ってたよ」

「……あり、がと。じゃあ」


 僕は逃げるように美海の家を後にした。

 たったあれだのけのことでそわそわしてしまう僕は、いつか美海に触れるんだろうか。不安を抱えて家に戻った。

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