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25.キラキラ

 三人で遊園地に行ってから数日後。日が沈むちょっと前くらいに、詩音が一人で僕の家にきた。


「夜、ちょっと散歩しようよ」

「いいよ」


 僕は母さんに声をかけて家を出た。

 二人であれこれ話しながら、夏の終わりの涼しい風が吹く中を歩いて行った。風はやがて潮の匂いを含み、しっとりと僕らを包む。


「気持ちいいね」

「うん。海面がキラキラだ」


 いつか見た美海の瞳や、夜空とはまた違ったキラキラ。

 詩音と歩いてきた砂浜は誰もいなくて、ただ夕日を映した海面が光ながら揺れていた。


「あのね、私もうすぐ帰るんだ」

「そっか」

「そんでね、受験があるからあんまり手紙書けないかもしれない」

「うん」

「でも夜が手紙くれたらちゃんと読むよ。遅くなっちゃうけど返事も書く。書きたい」


 短い髪を潮風に揺らして、詩音は少し前を歩いていた。


「わかった。手紙書くよ」

「ありがと、楽しみにしてる」

「ねえ詩音」


 僕は言おうか言うまいか、悩んでいたことを、詩音に言うことにする。


「僕はまだもうちょっとここにいる。少なくとも高校くらいまでは小崎町にいると思う。だからね、いつでもきていいんだよ」


 返事はない。振り向きもしない。それでも僕は続けた。


「詩音は頑張ってるけど、そればっかじゃ疲れちゃう。別に詩音のおばあちゃんの家じゃなくたってさ、僕や美海の家に泊まりにきたっていいんだよ」


 強い風が吹く。空が少しずつ、濃い色になっていった。


「詩音が嫌だと思うところに、いつまでもいることないからね。僕は詩音のこと大好きだから、嫌な思いをしていてほしくない」

「うん」


 小さい声が聞こえた。


「ありがと、夜」


 詩音は振り向かない。僕も無理に顔を見たりしない。そういうときだってある。

 言いたいことは言ったから、あとは二人で黙って歩く。砂浜をひたすら歩いて岩場になったところで堤防へ上がった。

 堤防の上から見る海はもうほとんどキラキラじゃなくて、濃い青を映して深く深く揺れていた。

 それを見ながら詩音がぽつりと言った。


「夜はこの町が嫌だって言ってたでしょ。もういいの」

「うん。ここにはここの良いところがあるから」

「そっか」


 やっとこちらを向いた詩音は、ちょっとだけ笑ってくれた。


「帰りたくないな」

「うん」

「でも、いつまでもここにはいられない」

「うん」

「夜の言うとおり、嫌なところにいつまでもいたくない。だから、詩音は詩音にできることをするんだ」

「うん」


 唇を噛んで、眉間にしわを寄せて、それでも詩音は前を向いた。

 僕の横にいてくれる女の子はみんな強い。でも、だから僕は二人にすがりたくないし、なんかあったら帰っておいでと言いたくなる。


「お父さんみたいだ」


 思わず言ってしまったつぶやきに、詩音が不思議そうな顔をした。


「なにが?」

「なんでもない」


 僕は詩音のお父さんにも彼氏にもなれない。ただの友達だ。友達としてできることをしたい。


「詩音、いってらっしゃい。また会えるのを楽しみにしてる」

「ありがとう、夜。行ってくる。絶対に帰ってくるよ」


 そう言って手をつないだ。詩音の手は美海の手に近くて、それよりちょっと細い。折らないように、痛くしないように、けど離れないように。僕らは手をつないで詩音のおばあちゃんの家まで歩いて行った。


 そして手を振って別れた。

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