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20.入道雲

 母ちゃんにお使いを頼まれて、俺はえっちらおっちら、くそ暑いなかにスーパーに行き、くそ暑いのに天ぷらだのなんだのを買って、再び家へと戻っていた。


「だって孝寿、そうめんには天ぷらが必要でしょ」

「孝寿買い物行くの? ついでに朝ごはんの食パンも買ってきて。四枚切りね。バターも」

「めんつゆがあとちょっとだから、それもお願い」


 そんな感じで母ちゃんと姉貴はアホほど俺に買い物を言いつけた。そのせいで荷物がめちゃくちゃ重い。ムカつくのでパンはペラペラの八枚切りにしておいた。悔しがるといい。




 空には入道雲がモクモクわさわさ沸いていて、もしかしたら夕立になるかもしれない。ならないかもしれない。

 そういう話は夜が詳しい。俺は知らん。俺が得意なのは社会と国語で、理科と算数が得意な夜とは正反対なのだ。


「あー暑い」


 家の前の坂に立ち向かう。坂の先には入道雲と人影が見えた。


「ほのか」


 真っ黒にしか見えなかった人影はほのかで、無表情でこちらを睨んでいる。こえーよ。


「どしたよ」

「佐々木くんに告白する」


 ほのかが静かに言った。


「それ、俺に言う必要ある?」


 聞きたくねえし。けど夜がほのかに付き合うだのなんだの言うわけないから、むしろチャンスなのでは。フラれたほのかを俺がいい感じに慰めることで、ほのかも俺を見直したり……しないか。

 川瀬に、


『いいように使われてるから、ほのかの恋愛対象にならないんだよ』


 なんて言われたのは最近だった気もするし、ずっと前だった気もする。

 俺が、ほのかにとって都合のいい幼なじみじゃなくなる日なんてくるんだろうか。

 そんなつまんないことを考えつつ、とりあえず家に向かう。なにしろ荷物が重くてしょうがないのだ。


「孝寿に言う必要はないかもしんないけども」


 ほのかは俺の後をついてきた。それ、まだ聞かなきゃダメか。


「わたしが孝寿に聞いてほしかった。それじゃダメかな」

「聞かされる俺の身にもなってくれ」


 俺がそう言ったところで、ほのかは気にもしないだろうけど。そんなやけくそみたいな気持ちだったのに、ほのかは黙ってしまった。


「ほのか?」

「……ごめん」


 ほのかが、俺に謝っただと? 熱でもあるんじゃないか? よく見れば顔が赤かったり息が乱れている気がする。


「ほのか、とりあえず来い」


 慌ててほのかの手を引いて家に入る。


「母ちゃーん、冷やすヤツくれ!」

「冷やすヤツ?」


 バタバタと家に上がり、買い物袋を台所に置いた。居間にいた母ちゃんは変な顔でやってきて、ほのかを見て目を丸くした。


「ほのかちゃん、どうかしたの。具合悪い?」

「熱があるっぽい」

「大変。タオル冷やすからソファで待っててね。辛かったら横になってていいから」

「え、いえ」

「無理すんなほのか。具合悪いなら休まねえと」


 ほのかは困った顔で俺と母ちゃんの手を引っ張った。


「具合、悪くないです! 大丈夫ですので!」

「そう? 本当に?」

「ていうか、なんで孝寿はわたしの具合が悪いとか言い出したの!」


 すごい勢いでほのかに迫られる。こわい。確かに具合なんてひとつも悪くなさそうだ。


「お前が、俺に謝るから、どっかおかしくしたのかと」

「なにそれ!」

「何があっても、ほのかは俺に謝ったり頭下げたりしねえだろ」

「そんなこと! ……あるかもだけどさ」


 ほらみろ、と言うと母ちゃんは


「人騒がせだね」


 と俺を小突いて台所へ言ってしまった。

 ほのかも怒ったまま玄関へ向かった。


「それじゃあ、またね」

「はいよ。……どした」


 靴をはいてドアに手をかけたところで、ほのかが振り向いた。けど、何も言わないで目をキョロキョロさせている。


「えっと……その……具合は、悪くないけど」


 それからまた少し黙って、ゆっくりとドアを開けた。


「し、心配してくれたのは、ありがと」

「え」

「じゃあ!」


 今度こそほのかは俺の家を出て行った。いったいなんだったんだ。




 その後、姉貴から八枚切りの食パンを買ってきたことを怒られはしなかった。しなかったけど、その食パンで作ったというサンドイッチを俺には食わせてくれなかった。ケチな姉だ。

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