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18.群青

 夏休みも中盤……そろそろ終わりに近づいた、ある晩。僕は庭で天体望遠鏡を覗いていた。今日こそへびつかい座の星を全部見つけたい。

 ずっと田舎のこの町が嫌いだったけど、星を見るようになってちょっとだけ、田舎でも悪くないなと思えるようになった。家の灯りなんてほとんどないから、たくさんの星が見える。都会だとそうはいかないと、僕に星の見方を教えてくれた人が言っていた。

 濃い青の空にたくさんの光が散っている。その中から、ひときわ明るい星を探す。


「あれだ、アルタイル。アンタレスがもうちょっと下かな」


 その間に……なんて僕は一人でぶつぶつ言いながら星を探していたから、横にやってきた人にちっとも気づかなかった。


「あれかなあ」


 星座盤と望遠鏡、それから星座の本を見比べる。ふと本に影が差して顔を上げた。


「……美海」

「こんばんは。いそがしそうだね」

「そうでもないよ。どうしたの?」


 暗くて美海の顔はよく見えない。見えないけど、僕が首から下げてる懐中電灯(星を見るのに邪魔にならないように赤いフィルムを貼ってある)の赤い光で、美海の目がキラキラしているのだけ見えた。


「眠れなくて夜の顔見にきた」

「僕の顔見たら寝られる?」

「どうだろう」


 美海はそっと顔を上げて夜空を見た。この子の目にはどういうふうに映っているんだろう。きっと僕とは違う。それを知りたい。知ることができたら、僕はそれをたぶん死ぬまで大事に抱えていると思う。


「星を見るの、楽しい?」

「うん。楽しいよ。毎日違っておもしろい」

「そっか」


 美海は静かに星を見ている。


「美海にはどう見えるの?」

「キラキラしたものがいっぱいに見えるよ」

「キラキラがいっぱい」


 つい繰り返してしまう。いっぱいのキラキラ。それが美海に見えるモノ。覚えておこう。


「ねえ夜はさ」

「うん」


 へびつかい座探しを諦めて、僕は本の間に星座盤を挟む。懐中電灯も消して本と一緒に縁側に置いた。


「夜は最近ほのかと勉強してる?」

「してない。ワークも読書感想文も終わったし、工作も終わってあとは自由研究を仕上げるだけだから。誰かとやることはない」

「一緒にできることがあったら、ほのかとやる?」

「やらない。面倒くさい」


 そう言うと、美海は夜はひどいなと笑った。


「田崎さんと一緒にいてほしいの?」

「まさか」


 美海がすぐにそう言ってことに、安心した。


「僕は一緒になにかするなら美海がいいよ」

「夜、それはさ。えっと夜は、私のこと」


 こちらを見る美海の顔は、やっぱり暗くてよく見えない。でも、懐中電灯を消してしまったのに、濃い青の空の下でまだ目はキラキラと光っている。僕は、それを見るのが好きで、好きで。


「好きだよ。きみは僕の大事な女の子だ。けどね」


 目の前の女の子はなにも言わない。それでもちゃんと聞いてくれている。それを知っているから、僕はきみが大好きだ。

 今それを言うつもりなんてなかったけど、言い出したら止まらなかった。


「僕はまだ美海に甘えてばかりだ。詩音の言うとおり、僕は美海にすがってばかりいる」

「そんなことは。それなら私も」

「だからね」


 言いかけた美海を無視して僕は続けた。


「だから僕は夏休みの自由研究を『自分のことは自分でやる』にした。大好きなきみに、甘えて負ぶさりたくはないんだ。自分のことは自分でやって、ちゃんとできることを見つけて。美海に胸を張れるようになりたいんだよ。僕は美海が好きだから、あんまりかっこ悪いとこ見せたくないんだ」

「……うん」

「好きだよ美海。大好きだ。でも今の僕じゃダメだ。付き合うとか、恋人とか、そういうの、もうちょっと待っててもらえる? もちろん、待ってもらえるなら」


 言いたいことは全部言った。たぶん全部言えた。美海の返事を待つ。美海はなにも言わなかった。黙っている時間がすごく長く感じる。本当はほんのちょっとだったのかもしれないけど、僕の意識は拡大されていて、うーんと大きく引き延ばされているようで、ちょっとのものが大きく長く感じる。


「夜」

「うん」

「待ってるよ」

「ありがとう」


 それしか言えなかった。小さく息を吐く。思っていたより、僕は緊張していたみたいだ。


「けど」

「うん」


 安心しかけた心臓が跳ね上がる。


「あんまり、待たせすぎないでね」


 そう言って美海は家に帰っていった。

 送っていかなきゃとか、急ぐからとか、そういうことはなんにも言えなくて、情けない僕は立ち尽くすばっかりで。

 美海が見えなくなった今更になって、心臓がドコドコドカドカ騒ぎ出した。僕はやっぱり、あの子が大好きだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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