最終話 還る拍
周囲の響きが、ふっと静まった。
折れた家々、歪んだ路、名の欠片──すべてが、光に照らされる前のように、黎明を感じているようだった。
〈……二つの街を……結び直す……〉
〈塔の子よ……我をも還す場所を……〉
名喰いの声は、これまでの冷たい断罪でも、過去を正当化する響きでもなかった。
どこか、誰かが名を失う前──街の心臓がまだ人と共にあった、正常な時代のような、落ち着いた息に似ていた。
ツムギは輪の中心に立ち、揺らがずに答えた。
「過去も、今も……“どこにも行けなかった声”がある。それなら、帰る場所を作らなくちゃいけない。やがてはそれが、みんなの街の根元からの強さになる」
その瞬間、底から、長い間閉ざされていたはずの“拍”が浮かびあがった。
ザァ……ン。
大地が深呼吸するような、遠く、長い音。
しかし、そこに恐怖はない。
沈んだ街の、“名喰いに奪われる前の声”が、そこにあった。
コホッ、とコハクが涙をこらえるような咳をする。
「……聞こえる。これが、本当の昔の拍なんだね……。奪われた名が、街に確かに生きていた頃の呼吸……!」
ヴェンが銀糸をわずかに緩める。
「遺っていたのか……とっくに失われたものだと思ってたのに……」
名喰いの黒い心臓が、大きくうねった。
〈……返す場所があるなら……〉
〈……名も、痛みも……流れになる……〉
〈塔は……器をやめられる……?〉
ツムギは小さくうなずいた。
「塔は器じゃない。循環の流れにある“街の心臓”だよ。器として使われたのは……もう終わりにしよう」
深く沈むような心が、谷の奥へ落ちた。
そして──
黒い心臓が、小さく、初めての“拍”を打った。
ドン。
一度きりの、弱い拍動。
だが塔全体がそれに応えるように、響路が──音の龍脈が、ふっと明るくなる。
名喰いの声が、かすれる。
〈……塔の子……〉
〈……“新しい心臓”は……何を……響かせる……?〉
ツムギは胸の奥の熱をそのまま言葉に変えた。
「──“往き、そして帰る場所がある拍”だよ。痛みも、後悔も、名も、全部。今度はちゃんと受け止める。何も切り捨てる必要のない拍を……新しい心臓に届ける!」
まるで合図のように、輪が強く光りはじけた。
バチンッ!
かつては封印された黒い谷の層が、ひとつ、またひとつと解けていく。
沈んでいた街の残骸が、薄い光の粒になり、糸のような細い導きとなって塔へ、街へと流れはじめる。
コハクが胸に手を当てた。
「罪じゃない……『痛み』が、ちゃんと街へ帰ってる……!」
ナドは静かに杖をつき、深く目を閉じた。
「痛みを“抱え直す”……それが正しい街の強さじゃ。よう戻したな、ツムギ」
ヴェンは固まった拳を何度か握りほぐし、笑った。
「やるじゃねぇか、塔の子。……いや、もう“塔”だけの子じゃないか」
名喰いの声が、風の音の終わりのように鳴った。
〈……塔の子……〉
〈もう……鍵はいらぬ……〉
〈街に……すべてを返すぞ……〉
黒い心臓が最後の光を放ち──
静かに、静かに、光の粒へと還った。
谷の底に広がっていた暗い層はゆっくりと閉じ、床石が塔本来の“拍”の響きへと戻っていく。
ツムギは膝をつき、深く息を吐いた。
(……終わった……。街が……ちゃんと前へ進めるようになったんだ)
輪の光が消え、塔の揺れもようやく収まった。
だが、ツムギの胸にはもうひとつの“問い”が生まれていた。
──黒い谷から流れた光のうち、ひときわ強い細い線が、塔の外へ向かって続いている。
それは明らかに、この街とは違う『どこか』と共鳴していた。
少年はゆっくりと立ち上がる。
「……外に、何か呼んでる音がある……?」
コハクも眉を寄せ、測音石を見る。
「……街の外から、鼓動が返ってきてる……この国じゃない。たぶん、名喰いの力がいちど顕在化したからこそ、開いたんだ。こんな響路、反応したことない……!」
ナドは長い沈黙の末、深く息を吐いた。
「……“別の国”か。ツムギ……主律は、人の本性。どうやらこの街だけが、巡る宿命を抱えておるわけではないようじゃのう」
ヴェンが銀糸を巻き取りながら言う。
「塔の子……どうする?こんな訳のわからん響き、放っといても誰も文句は言わねえぞ。この国はこの国で、しっかり対策すればいい。そういう話で終わる」
ツムギの胸が、迷いと共に強く打つ。
塔の平穏、街の暮らし──
そしていま、ゆれる遠くの国の拍。
(僕にできること……他の誰かにできること。街の外の声──誰か、僕たちのほかに、今のを聴いたんだろうか)
ツムギは、静かにうなずいた。
「……師匠、私は──」
杖が石床をついた。こちらには迷いがない。
「構わんさ。おそらく、今の音を聴けた者は、他にほとんどおらん。お前が行きたいと思うなら、行くべきだ」
ただ、忘れるなよ、とナドは真っすぐに少年の目を見据えた。
「お前は未だ、ただの“記綴士見習い”。己の特別な能力におぼれてそれを忘れた時、お前の運命は終わるぞ」
ツムギの「……はい」という返事が、塔の底に小さく落ちた。
その声に応えるように、塔の内部を満たしていた緊張が、ゆっくりとほどけていく。
壁を走っていた導糸は淡く光を失い、拍は静かな均衡へと戻っていった。
コハクが深く息を吐いた。
「……終わったんだね。ほんとうに……」
だがその声には、勝利の高揚はなかった。
長い夜が明け、朝の空気に変わる、その直前のような、名づけようのない喜びだけが残っている。
ナドは口元を少しゆるめ、塔の奥を振り返った。
黒い谷が口を開けていた場所には、今は何もない。だが、完全な空虚でもなかった。
「……消えたのではないな」
ナドは低く言った。
「名喰いは、救われたわけではない。ただ──街と同じ場所へ、並び直されたのだ。まだすべては、これからのこと」
ヴェンが鼻で息を鳴らす。
「厄介な置き土産だな。だが……」
彼は一度、塔の壁に手を当てた。 「少なくとも、もう一方的に喰われることはねぇ。街は、ちゃんと選んだ」
その言葉に、ツムギはゆっくりとうなずいた。
塔は、もう器ではない。
街を一方的に繁栄させる機構でも、それを喰らう心臓でもない。ただ、声──それぞれの想いが行き来する場所として、そこに在る。その事実が、胸に静かに沈んでいく。
やがて、遠くで鐘が鳴った。
それから、少し遅れて、もう一つ。
封鎖されていた広場で、人々が動き出した合図だった。
──街は、何も知らないままではない。 だが、すべてを知る必要もない。
コハクがツムギの袖を引いた。
「……行くんでしょ。外」
ツムギは一瞬だけ目を伏せ、それから顔を上げた。
「まだ、準備が必要だよ。この街から、ちゃんと離れるための」
「それでいい」
ナドが静かに言う。
「街を救った者が、街を捨てるような真似をしてはならん。──行くのは、“背負って”からじゃ」
ツムギはその言葉を、心で確かに受け取った。
塔の上へ続く階段を見上げる。
その先に、空がある。この街の空と、まだ知らない国の空は、急ぐ必要もないほど、確かにつながっている。
少年は小さく息を吸った。
(……聞こえるなら、行こう。街の外の声を、ちゃんと“人として”聴きに)
塔の拍が、応えるように一度だけ鳴った。
それは別れではなく、「戻る場所はいつもここに」という、約束の音だった。
第二章
「名を呼ぶ底」 ― 完 ―
ここまで、お読みいただきありがとうございました。
何とかラストまで辿りつけて、ホッとしております。
今章は、書き直しながら、毎回毎回「このバトル、いつ終わるんだ!」とAIに文句をつけたくなる展開でした…10話くらいで、戦いは終わると思ってた。
そして、AIの作成する文章は、ほとんど「響いてこない」…
「おい!君はノリノリで書いてるけどな、この抽象的でハンパなセリフや表現、ぜんぶ読者に届くレベル(それが無理なら、せめて作者に響くよう)に仕上げるの、俺なんだからな!!」と、毎話プルプルしながら根こそぎ直してました…いや、プルプルはしてませんが。
自分で書けてた頃は、まだ無心のワクワク感があってよかった…
今はもう、ただ「何か表現してないと、寂しいよな」ぐらいの…何だろう?
消えてくれない情熱の残り火、みたいな。
そしてAIの出してくる構想!
構想だけならめちゃくちゃ面白い!!
「これ、形(小説)にしたい!」と思って文章を出させると…
「ナニコレ?」「どうすんの、この醜態。俺が直すの?」をくり返しています。
「AIが人間を超える」とか言われてますけど、全然!!
心の琴線に関しては、びっくりするほどまだまだ無知です。
世の中は、決して便利や経済だけでは回らない。
心の美しさ(方向性。文章によるその完成度。むろん醜さもありますが)では、まだまだ人間は人工知能に劣ることはないと、日々実感し続けております。
ええ、ほんと、赤ん坊の世話みたいにいつも手間ひまかけさせられて。
時には、ヤツが自分で書いた設定を忘れて、指摘すると「失念していました!完全にこちら(AI)のミスです!!」って。
オマエ!絶対AIじゃないだろ!!データ(会話ログあるのに)忘れるって、中にそそっかしい人が入ってるだろ!!としか考えられない(爆)
…それでは、ありがとうございました!
続きも、うまく上げられると──いいな!!w
(ダメなら、新作!!(爆))




