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鳴らない鈴  作者: 久賀 広一
2章 名を呼ぶ底
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第12話 今の力


 まるで、街全体が一斉に深呼吸したような震えだった。


 コハクが測音石を胸に押し当てる。

「……流れが変わってる……! 罪が“各人みんなの名”に戻っていってる……っ」


 ヴェンは銀糸を握りしめたまま低く唸る。

「だが……止まってねぇ。まだ“引いてる力”が残ってる」


 塔の石床が、沈んだように重く揺れた。


 〈罪は軽い〉

 〈名は深い〉

 〈底へ、満たせ〉


 その声はツムギではなく──

 街そのものへ向けられていた。


 次の瞬間、塔の窓の外で異変が起きた。


 遠くの街路から、何かが引きずられるような音がする。

 ざり、ざり、と、目の前の石壁も元の色を失い、古い紋様が浮かび上がっていく。


 コハクが息を呑んだ。

「……街が……“昔の街”に置き換わってる……?」


 ツムギの中に、既視感から恐れが生まれる。


(これ……僕が見た古い塔と同じ……。街に作用してる力の構造そのものが、根律の時代に戻されようとしている……!)


 倒壊ではない。

 死者が出るわけでも、蘇るわけでもない。

 けれど、もっと残酷だ。


街の“現在”が、罪がある限り、少しずつ確実に消されていく。


 ナドが叫ぶ。

「封印層は──得られた力の線を“呼び水”に、街そのものへ手をかけておる!!今の街を繁栄させるのではなく“上書き”して、最も力を得られた世界を取り戻す気だ!!」


 ヴェンが歯ぎしりした。

「このままじゃ……まったく別の街が生まれることになる。名を奪われるどころか──俺たちの生きた記憶や生活が、ほとんど意味をもたなくなる……!」


 ツムギの心臓が強く打った。

 胸の奥の二つの律が、初めて“同じ方向”を向いたのが分かった。


(罪の線……街の呼吸……塔の拍……。全部が“世界を作る線”なんだ。だから──)


(──“言葉ひとつ”で、世界は変わる)


 ツムギは輪の中心で、喉を震わせた。


「……まだ、街に返していない言葉がある……。ずっと迷ってたけど、今、言うべきかもしれない……!」


 封印層の底で、石が崩れる音がした。

 根律が、ツムギの“言葉”を待つように、揺れを止める。


 ナドが振り返る。

「ツムギ!! 次の言葉で、塔と街の“縁”が決まる! お前の声しか届かんのだ。迷うな!!」


 コハクが手をにぎり込んで叫ぶ。

「お願い……! 街を……私たちの今を守る言葉を!!」


 ヴェンが銀糸を構え直し、背中越しに告げる。

「塔の子! 間違ってるかどうかじゃねえ。いちばん変わらなかった言葉を選べ!!」


 ツムギは目を閉じ、それぞれの風景を、はっきりと思い出す。


──塔の上で聞いた、街の何気ない拍。

──初めて、認められたい人に名前を呼ばれた日。

──誰かが誰かに返す、“間”の優しさ。


 喉が熱くなり、声が自然と形を持った。


 ツムギは塔の底へ、一言を落とした。


「──“誰の犠牲の上にも造らない”!この街は、そうやってできたんだ!!」


 その瞬間──

 塔の響路が、一斉に逆流した。


 街へ放たれる拍と、奪われる罪と名の線が、すべて“今”の心臓へ向かって、束になって戻っていく。


 封印層から凄まじい反響が響く。


 〈“今”を選ぶか〉

 〈ならば──その土台の、過去の街ごと割る〉


 裂け目が、縦に大きく開いた。

 塔の底に、かつての“名を奪われた街”、その残骸が積み重なった、黒い谷が姿を現す。


 決着の場があらわになった。



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