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鳴らない鈴  作者: 久賀 広一
2章 名を呼ぶ底
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第11話 入り口の罪


 塔の奥でうねる“根”の気配は、さっきまでの空洞よりもずっと重かった。

 空気を押しつぶして伝わってくるような力が、そのまま恐怖に置き変わる。


 〈罪の線から喰う〉

 〈名よりも軽い。だが、道はひらける〉


 その声は、誰に向けた言葉でもなく、ただ“街全体”へと宣告しているようだった。


 ツムギは拳を握った。

 封印層が狙っているのは“個”ではない。

 最初から──街すべてが見据えられていたのに、自分は自惚うぬぼれて“狙われているんだ”と──


「師匠……罪の線って……どういう……」


 ツムギの問いに、ナドは慎重に答えた。


「名には重さがある。家族、生まれた系譜、街で果たした役割……積み重ねの分だけ強固になり、『主律』でも、喰うには、極刑扱いのような本人の諦めが必要になる。だが“罪”は逆だ。どのような人間にも簡単にとどまる、影のような線だ。名喰いにとっては……喉にすっと入る“軽さ”の、悪くない食い物よ」


 ヴェンが銀糸を構えたまま、低く舌打ちした。


「街の“罪”だと……数、どれだけあると思ってんだ。もし全部まとめて引っ張られたら──塔より先に街が沈むぞ」


 まさにその時だった。


 塔の天井から、一斉に“ざらり”と細かい砂のような音が降った。


 ──街のどこかで、拍がふっと変わるような感覚がした。


 コハクが測音石を覗き込み、息を呑む。


「……“揺れ”が響路──導管そのものにもう出てる!街に変化が……! ナド、響衛を!!」


「名が──失われていく?」

 ツムギがつぶやく。


「違う……名に付着してる“罪の意識”が、塔に寄せられてるんだ……! まだ断罪されていない、後ろめたい嘘とか、隠したい素性とか、死に際の後悔とか……。その“軽い線の力”だけを、名喰いがこっちへ引き出してる!」


 街全体の息も、一瞬だけ止まったように感じた。

 塔の窓から、かすかなざわめきが聞こえてくる。

 


「ねえ……いま、広場で……」

 コハクは震える声でつぶやく。

「名が……それ、罪の線を引っ張られてるんだよ……」


 ツムギの背筋が凍る。

 街全体の記憶が、少しずつ“奪われた人間”へ置き換わっていくのかもしれない。


 名喰いが「罪の線から喰う」とは──

 選ばれた相手ではなく、“街の人間の罪から名……そして構造そのもの”に手をかけていく、ということだった。


 ヴェンが怒鳴る。


「塔の子!このままだと街の名が全部“れ”ちまうぞ! おまえが中心に立ってる輪は、間違ってねえ。崩れるな!!封印層が街の“呼び名”にまで手を伸ばすぞ!」


(街全員の罪が、封印層の食い口になる……? そんな……そんなの……)


 ツムギは喉を押さえた。

 胸の奥で、二つの律がぶつかり合いながら、ひとつの像を作ろうとしている。

 ──塔が、少しずつ“古い塔”に戻っていく未来だ。


(止める方法は……!)

 ツムギが必死に考えていると、ナドは封印層の闇を睨みつけながら言った。


「“罪の線”は名より軽い。ふだん自覚されていないものもあって、おまえの声でも届かん。……街が“自分の罪を受け入れている”必要がある」


「受け入れる……?」


「罪を隠したままでは、名が軽くなる。本人の尊厳が揺らぐからな。軽くなった名は、根律にとっては“抜きやすい獲物”だ。だから──街の人々が、自分の罪を“告白”すれば、名が重くなる。その瞬間に、入口を閉じられる」


 ヴェンが舌打ちした。

「そんな……間に合うかよ!!」


「全員ではない。まず“うそを抱えたまま生きてきた者”ならば、重さが戻るのが早い。

 個人の罪が軽くなれば、封印層が先に奪ってきた“軽い線の力”が弱まる。その瞬間に、今の塔の力を利用してツムギの輪で“切る”んじゃ。街の『拍』で、街を守る」


 塔の床が震えた。

 封印層が、“罪の線の束”を掴みつつあったのだ。


 コハクが叫ぶ。


「ツムギ!!

 街に──“呼びかけて”!! 名を、みんなを守るために……罪を街に返すための告白に、必要な言葉を届けて!!」


 ツムギは息を吸った。

 輪の中心で、胸に手を置く。


(呼ぶ……。街へ……僕が?)


 封印層の底が蠢く。


 〈軽い名は、開けられる〉

 〈街の半分は喰う〉


 ツムギは喉を震わせた。


「……僕が呼ぶんじゃない。街が、自分で“罪を返す場”を持てるように──僕が“間”を開く!」


 その瞬間、周囲の三人が寄り、輪がひときわ強く光った。


 塔全体の拍が一度止まり──

 ツムギの声が、街の呼吸へ放たれた。


「──聞こえる人だけでいい。隠してきた罪を、いま……返してほしい。それが、名を守る道になる……!」


 塔の外で、何かが“はじける”音がした。

 街の何人かが、思わず胸に手を当てた。


 罪の線が──はじめて逆流した。





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