第11話 入り口の罪
塔の奥でうねる“根”の気配は、さっきまでの空洞よりもずっと重かった。
空気を押しつぶして伝わってくるような力が、そのまま恐怖に置き変わる。
〈罪の線から喰う〉
〈名よりも軽い。だが、道はひらける〉
その声は、誰に向けた言葉でもなく、ただ“街全体”へと宣告しているようだった。
ツムギは拳を握った。
封印層が狙っているのは“個”ではない。
最初から──街すべてが見据えられていたのに、自分は自惚れて“狙われているんだ”と──
「師匠……罪の線って……どういう……」
ツムギの問いに、ナドは慎重に答えた。
「名には重さがある。家族、生まれた系譜、街で果たした役割……積み重ねの分だけ強固になり、『主律』でも、喰うには、極刑扱いのような本人の諦めが必要になる。だが“罪”は逆だ。どのような人間にも簡単に滞まる、影のような線だ。名喰いにとっては……喉にすっと入る“軽さ”の、悪くない食い物よ」
ヴェンが銀糸を構えたまま、低く舌打ちした。
「街の“罪”だと……数、どれだけあると思ってんだ。もし全部まとめて引っ張られたら──塔より先に街が沈むぞ」
まさにその時だった。
塔の天井から、一斉に“ざらり”と細かい砂のような音が降った。
──街のどこかで、拍がふっと変わるような感覚がした。
コハクが測音石を覗き込み、息を呑む。
「……“揺れ”が響路──導管そのものにもう出てる!街に変化が……! ナド、響衛を!!」
「名が──失われていく?」
ツムギがつぶやく。
「違う……名に付着してる“罪の意識”が、塔に寄せられてるんだ……! まだ断罪されていない、後ろめたい嘘とか、隠したい素性とか、死に際の後悔とか……。その“軽い線の力”だけを、名喰いがこっちへ引き出してる!」
街全体の息も、一瞬だけ止まったように感じた。
塔の窓から、かすかなざわめきが聞こえてくる。
「ねえ……いま、広場で……」
コハクは震える声でつぶやく。
「名が……それ、罪の線を引っ張られてるんだよ……」
ツムギの背筋が凍る。
街全体の記憶が、少しずつ“奪われた人間”へ置き換わっていくのかもしれない。
名喰いが「罪の線から喰う」とは──
選ばれた相手ではなく、“街の人間の罪から名……そして構造そのもの”に手をかけていく、ということだった。
ヴェンが怒鳴る。
「塔の子!このままだと街の名が全部“縒れ”ちまうぞ! おまえが中心に立ってる輪は、間違ってねえ。崩れるな!!封印層が街の“呼び名”にまで手を伸ばすぞ!」
(街全員の罪が、封印層の食い口になる……? そんな……そんなの……)
ツムギは喉を押さえた。
胸の奥で、二つの律がぶつかり合いながら、ひとつの像を作ろうとしている。
──塔が、少しずつ“古い塔”に戻っていく未来だ。
(止める方法は……!)
ツムギが必死に考えていると、ナドは封印層の闇を睨みつけながら言った。
「“罪の線”は名より軽い。ふだん自覚されていないものもあって、おまえの声でも届かん。……街が“自分の罪を受け入れている”必要がある」
「受け入れる……?」
「罪を隠したままでは、名が軽くなる。本人の尊厳が揺らぐからな。軽くなった名は、根律にとっては“抜きやすい獲物”だ。だから──街の人々が、自分の罪を“告白”すれば、名が重くなる。その瞬間に、入口を閉じられる」
ヴェンが舌打ちした。
「そんな……間に合うかよ!!」
「全員ではない。まず“うそを抱えたまま生きてきた者”ならば、重さが戻るのが早い。
個人の罪が軽くなれば、封印層が先に奪ってきた“軽い線の力”が弱まる。その瞬間に、今の塔の力を利用してツムギの輪で“切る”んじゃ。街の『拍』で、街を守る」
塔の床が震えた。
封印層が、“罪の線の束”を掴みつつあったのだ。
コハクが叫ぶ。
「ツムギ!!
街に──“呼びかけて”!! 名を、みんなを守るために……罪を街に返すための告白に、必要な言葉を届けて!!」
ツムギは息を吸った。
輪の中心で、胸に手を置く。
(呼ぶ……。街へ……僕が?)
封印層の底が蠢く。
〈軽い名は、開けられる〉
〈街の半分は喰う〉
ツムギは喉を震わせた。
「……僕が呼ぶんじゃない。街が、自分で“罪を返す場”を持てるように──僕が“間”を開く!」
その瞬間、周囲の三人が寄り、輪がひときわ強く光った。
塔全体の拍が一度止まり──
ツムギの声が、街の呼吸へ放たれた。
「──聞こえる人だけでいい。隠してきた罪を、いま……返してほしい。それが、名を守る道になる……!」
塔の外で、何かが“はじける”音がした。
街の何人かが、思わず胸に手を当てた。
罪の線が──はじめて逆流した。




