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鳴らない鈴  作者: 久賀 広一
2章 名を呼ぶ底
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第8話 過去からの手


 塔の底が揺れた。


 輪の中央に立つツムギの足下で、空気がきゅっと冷え、裂け目の奥から、息を吸うような戦慄わななきが返ってきた。


 〈──名を。鍵を〉


 ツムギが放った一言は、確かに届いた。

 だが返ってきたのは、呼び声ではなく──“構造そのものの変化”だった。


「……反応が変わった」

 ナドが息を詰めた声で言う。


 輪の外で構えていたヴェンの銀糸が、突然、床に張りつくように沈んだ。

 まるで、下から強い力で引っ張られているように。


「おい……糸が、勝手に沈んでいく……」

 ヴェンが糸を引き上げようとするが、びくともしない。


「封印層が、糸の導管への“結び方”に干渉してる……?」

 コハクは測音石を近づけた。


 針は動かない。

 だが石の奥から、かすかな“呼吸”が感じられる。


「音じゃない……塔の心臓とも違う……

 これ、人の……“息”?」


 ナドは札を取り出し、輪の外へ置いた。

 しかし、札は燃えなかった。

 代わりに、ゆっくりと“泡立ち”始めた。


「……燃えん。

 『預かって戻す』という札の仕組みを、封印層が否定しておる……」


 ツムギは自分の胸に手を当てた。


 喉の奥で、“主律の声”が望もうとしている何かが感じられる。


 自分の拍と。

 そしてもう一つ──どこかで聞いたことのあるような、曖昧なりつ


 〈……返せ〉

 〈失くした名を……〉


 視界の端が揺らぎ、ツムギはふっと息を呑んだ。


 輪の外側に、古い塔の影が立っていた。

 一瞬だが、はっきりと。


 今のものとはまるで違う、それは“おり”のように細い柱が連なり、その中心に、人影が座っている。


 ──呼吸、していない。

 拍もない。

 けれど、その胸元から、薄い光が上へ吸いあげられていく。


 おそらく、名だ。そして、それにまつわる力。まるでそれが供物のように、塔の心臓──名喰いの律──へ差し出されている。


「ツムギ!」

 コハクが肩を掴んだ。

「いま……何を見てた……!?」


「……昔の塔……かもしれない」

 ツムギは震える声で答えた。

「人を使って……塔が名を集めて……

 “器に満たしていた”……そんな感じ」


 ヴェンの銀糸が、はじかれたように鳴って、浮き上がった。

 だがそれは、ヴェンの制御ではなかった。


「……塔が、糸を結ぼうとしてる」

 ヴェンが唇を噛む。

「おまえを……“中心”にして、導管を結び直そうとしてる」


 ナドの札がひときわ大きく泡立ち、弾けた。


「これは駄目だ、輪が保たん!ツムギ、意識を散らすな!!封印層は、すでに“呼んで”おらん……“組み替え”にかかっとる!」


 ツムギは、喉の奥に集まる奇妙な響きを必死に抑えた。


 〈塔は名から成る〉

 〈名は塔へ戻れ〉

 〈鍵よ──戻せ〉


(……戻らない。僕は……器じゃない。塔でも、封印層でもない。僕個人として存在し、“返す側”だ)


 ツムギの胸で、二つの律がぶつかり合った瞬間、裂け目の奥から深い“底響き”が起こった。


 ──塔そのものの構造が、古い塔へ引き戻されようとする。


 ナドが杖を強く握りしめる。


「……来るぞ。次は声ではない。“形”が来る」


 裂け目の闇が、まるで息を吐く前のように膨らんだ。


 ツムギの身体に、見えない圧が迫る。


 言葉も、拍もない。

 ただ、“名を喰うものの手”が伸びてきた。


 




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