最終話 深律の裂け目
朝の光が塔を包み、街の屋根を淡く照らしていた。
すべてが落ち着きを取り戻したように見えた。
──はずだった。
心座の仮心臓は、穏やかなリズムを刻み続けている。
ツムギは手を置き、静かに目を閉じた。
「……ようやく、整った」
塔も街も、もう苦しげな音を立てていない。
人々の生活が戻り、子どもたちの笑い声が風に溶けてゆく。
だが、その風の底には、だからこそほとんど誰も予期できない、“うねり”が混じっていた。
ツムギは気づかない。まだ、誰も気づかない。
外壁を伝って、淡い震動が走った。
ほんのわずかだが、塔内部の導管──響路の奥で、ひとつの“遠大な音”が重なっていた。
拍の乱れはない。
──何かが、“極めて拍に近い、だが、より巨大な旋律”を奏でている。
「…師匠」
風景を見下ろせる窓際まで上がってきたコハクが、手に測音石を持っていた。
「これ、見てください。心座の奥から新しい波形が出てる」
ナドは眉をひそめ、受け取った。
石面には、見たことのない律動の痕が刻まれていた。
「塔の深層から……? そんな層は、記録にはない」
「まるで、“塔の下”にもうひとつの響路があるみたいで」
コハクの声は震えていた。
ツムギが不安そうに問う。
「塔の下って、地脈の層ですか?」
「いや、もっと深い。導脈の始まり──“根”に近い場所だ」
そのときだった。
塔の最下層で、低い爆鳴が響いた。
地鳴り。
床石がこまかく震え、誰にも見えなかったが、心座の核が一瞬だけ黒く濁った。
響衛たちの声が、広場から怒号のように上がる。
「深導脈から、流れが生まれている! …塔の仮核に、異常が出るほどのエネルギーが!」
ナドの顔色が変わる。
「ありえん……“根律”が生きているはずがない!」
光が走る。
塔の下層から、心座を貫通し、深紅の導糸が天井を貫いた。
ツムギは心座の前で、咄嗟に身をかがめる。
「師匠、これは──!」
「そこから離れろ、ツムギ!」
ナドが叫ぶ。
だが遅かった。
仮心臓に刻まれたはずの拍が、別の律に侵食されていく。
重なる音は、まるで塔自身が“拒絶”と“渇望”を同時に叫ぶようだった。
「塔が…喰われてる…!」
コハクが叫んだ。
「“塔の下の律”が、上に出てきている…!」
ナドは拳を握る。「深律…封印層が破られたか!」
ふたたび轟音が鳴った。
塔全体に、黒い波紋のような響きが拡がる。
仮核が鈍く明滅し、まるで誰かの鼓動を写しているようだった。
…だがそのリズムは、これまでの、どんな塔の拍より遠く、足下からくずれるような恐怖があった。
それは“捨てられた心臓”の律――塔の地下に眠る、かつての塔。
ナドは歯を食いしばった。
「……時の流れで抑えられた廃墟が、新たな街の聴覚によって、目を覚ましたのかもしれん」
ツムギは顔を上げた。
「もう一つの塔……?」
「この塔の下に、かつての記憶──根を喰いつづけた“反響の塔”がある。その存在が蘇れば、拍は二重になり…世界は裂ける」
外の空が暗くなった。
昼なのに、太陽の光が濁っている。
街の屋根の上で、見慣れない影が揺れた。
…ツムギは立ち上がる。
「師匠、行きます。私が──塔の根まで」
「無茶だ!」
コハクが叫ぶ。
だがツムギは、すでに心座の階段を駆け下りていた。
「大きな鼓動が呼んでる。違う、これは“声”だ。
塔の下に、誰かの声がある──!」
ナドは目を閉じ、低く呟いた。
「…やはり、都合の良い穏やかな世界など、人の手では作れんか。拍と共にある塔の時代は終わり、“声を食う塔”が動き出すのかもしれん」
心座の奥で、黒い光が蠢いた。
その拍は、まだ名前を持たない。
だが確かに、世界を変える動きだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
ここまでまとめるのに一ヶ月──
第2章はまた一ヶ月後──とうまくいく保証はありませんw
AIはほんとに、どうしようもない反応を返してくれる時がある。
ネットに上げるレベルに仕上がらなかった時は(僕個人の基準ですが)、この第1章、9話が最終回となります(爆)
うまくいけばいいなあと思いつつ、またポリポリと煮干しを食べながら、推敲をくり返していきます。──そしてAIとケンカを(笑)
ありがとうございました!!




