白薔薇の魔術師と禁忌の魔法
完全に敗北いたしました……!!!!
九九回目の魔術師討伐に失敗。そして、十八歳の私の体は、まもなく初期化のため、この世界から消滅する。
ーーああ。体は消えても、なぜか記憶だけは残る。三十八回目のリセットのとき、『聖女』の私が過ちを犯さなければ討伐は成功していたこと。六十二回目の直前での失敗が今も悔やまれること。
仲間を増やしても、敵はそれに応じるように強化され、指先で触れることさえできない。あと一歩、あと一回と願い続けて九九回。ようやく悟った。ーーこの魔術師を倒すことは、最初から不可能だったのだと。
この世界そのものが、根本から理不尽に歪んでいるのだから。
「ーー聖女さま! 後ろに……敵が……!」
私は振り返る。
紳士的な白の衣装に身を包み、すらりと長く整った御見足、細く引き締まった腕には幾つもの高価な魔法具。片耳で煌めく魔法石のピアス。さらさらと流れる金髪は太陽の光を受け、神々しいほどに輝いている。その姿は“ボス”という名に似つかわしくなく、むしろ一輪の白薔薇のように凛と立っていた。
「ーー待っていたよ、聖女さま」
今日、九九回目にして。私はこの美貌の魔術師に、ここで命を奪われるのだ。
神様は、私にいくつもの機会を与えてくれた。
九十八回目の私は小柄で頼りなかったが、九九回目の私は平均より背が高く、手足も長く、運動神経にも恵まれていた。
白のフリルシャツにパンツスーツ。重い剣を軽々と振るう腕力、激しい戦いに耐えうる身体能力。腰まで伸ばしたミルクティーベージュの髪は、高い位置で黒いリボンに結い上げられ、細い指には婚約者から贈られた指輪が輝く。
幼いころから特別な訓練を受け、この世界を脅かす魔術師を討伐する使命を背負ってきた。魔術師さえ倒せば永遠の平和が訪れると信じて。みんなを守るために強くあろうとし、それこそが聖女の役割だと疑わなかった。
ーーけれど、その夢物語も今日で終わる。
髪を結んでいた黒のリボンが地面に落ちる。
私は地に倒れ、身動きひとつできなかった。先ほどの失敗で足を痛めたらしい。
白薔薇の中から伸びてきた、美しい指先。茨をかき分け、その棘に触れた肌がすっと裂け、赤い滴が真っ白なシャツに滲む。金のカフスに鮮やかに映えるそれを、蜂蜜色の瞳がじっと私をとらえて離さない。
その瞬間、指にはめた指輪が反応し、二人の間に大きな魔法壁が立ち上がった。
「ねぇ、その指輪……誰にもらったの?」
微笑んでいるはずの口調には、隠しきれない棘が潜んでいた。
私は体を強張らせた。
九九回の記憶が、すべて蘇る。彼の腕が上がるたび、闇に沈み、意識が途切れたこと。幼いころから父にも師にも婚約者にも、「白の魔術師には近づいてはならない」「その名を口にしてはならない」と教えられてきたこと。
あきらめの涙が、頬を伝ってこぼれ落ちる。
☆
「ーー待っていたよ、聖女さま」
忘れはしない。
君と初めて出会った日。僕は一度目の君の美しさに、息を呑んだ。
真夏の太陽の下、僕はハンカチを落とした。
後ろを歩いていた制服姿の君が、それを拾い上げて手渡してくれる。目が合った瞬間、世界から音が消え、ただ白い静寂に包まれた。
遠くで噴水の水音が響く。受け取ったハンカチを見下ろし、顔を上げたとき、君はもう遠くにいて。しばらく心臓が動きを忘れるほどに、僕は打ちのめされていた。
ーー君の瞳は、僕と同じ色をしていた。
それは高い魔力の証。聖女として生まれた証であり、同色の瞳を持つ王子との婚約が約束されていた。
それでも彼女は、己の意思に反して九九回も僕を殺しに近づいてくる。
「ーー魔術師さま。実は私……私もずっと、あなたにお会いしたいと思っていました」
「ずっとずっと、好きでした」
ーー嘘だとわかっている。
けれど、その言葉に僕の心は大きく揺れてしまう。
僕はいつも、毒があると知りながら差し出されたリンゴを、ナイフとフォークで味わうように食べる。
「魔術師さま?」
驚いた顔。そうだろう。君は一度しか僕に会っていない。だが僕は、ずっと君を見てきたのだから。やっと目の前に現れた君を前に、抑えきれず告白してしまった。
九九回目。また裏切られた。
ーーそれでも。
可愛らしい顔で「また会いに来ます」と微笑む君に、僕は何度でも騙されてしまう。
婚約指輪、結婚指輪、花束、純白のドレス。幸せな写真。何度も形を変えて現れるその幻影に、僕は抗えず。禁忌の書を開き、この世界を、君を、僕自身をもう一度やり直すのだ。
魔法の詠唱を始める。
倒れ込む彼女の髪を撫で、その瞳を見つめ、胸に抱き寄せる。小さな頭をよしよしと撫でながら、耳元で囁く。心臓の鼓動が、ピアノの音のように少しずつ弱まっていく。
「僕も大好きだよ……」
本来なら、ここでリセットが成功するはずだった。
けれど、何度呪文を重ねても、彼女は眠らない。
☆
耳元で響くピアノの音。だんだんと遠のいていく。
撫でられる温もりに、懐かしい記憶が呼び覚まされる。
ーーこの声を、私は知っている。
指輪の宝石が砕け、闇の奥に閉ざされた記憶が蘇る。
私はずっと、魔術師に残虐に殺されてきたと思っていた。暗闇にひとりぼっちで、泣き叫んで、胸が苦しくなり、息ができなくなって目覚めていた。
けれど。
「僕も大好きだよ……」
その声に包まれ、私は闇の中で優しく抱きしめられていたことを思い出す。
よしよし、可愛いね、と。帰りたいと願う私を前に、彼はいつも涙を浮かべていたことを。
ーーああ、この雫は噴水の水ではなかったのか。
すべてを思い出してしまった。
私は涙を浮かべ、悲しげに微笑む彼の頬に手を添える。
ーー魔術師さま。実は私、今、思い出したことがありまして……。
テーブルに並んだ美しい食器。皿の上に盛られた嘘の言葉。
それでも、何度でも夢を見たい。あなたに愛されるだけの、終わらないラブストーリーを。
この世界は、やはり無茶苦茶だ。
☆
追記。
一目ぼれした彼女になにか接点はないかと、身を隠して一緒の学園に編入する彼。謎な時期に謎に美男子の転校生の存在。眼鏡をとったら絶対に美男子なのに、絶対に眼鏡と夏なのに身なりを隠す上着を着ている。おうちが忙しいからとなかなか出席しないのに、なぜか進級している。卒業すればアルバムとみんなの記憶からからその存在が消える。接点を見つけようと近寄ったはずなのに、全然声すらもかけられす、ただ三年間同じクラスの同級生の存在。自然と婚約者とのパーティーにもなぜか出席している。
街に古くからある魔術師の噂。そして、それを実は気にしている主人公の姿を目にしてしまう。
近づいても怖がらせてしまうし、自然に、さりげなく機会を狙っていても絶対にその機会はない。絶対にすれ違って、絶対に結ばれることはなく99回目。
今回は、自分の好きな物語をひとつ形にしてみたいと思い、評価を目的とするのではなく、あくまで完全な趣味として取り組みました。
物語や文脈はすべて自分で考え、誤字脱字の確認や初期の校正にはAIをツールとして使用しました。その上で、言葉やニュアンスについては作者である私自身が何度も修正を重ねています。