第4話 後宮に潜む影と権力の香り
薬房での初めての調合が終わっても、安心する暇はなかった。後宮には、表向きの静けさの奥に、見えない力が蠢いている。黒衣の影が、静かに私を見守るかのように。
「ユイ殿、先ほどの件……感謝いたします」
アルトが静かに薬房に現れる。藍の衣が光に映え、瞳の奥には複雑な光が宿る。
「皇太子殿、命に関わることでしたので」
私の声は平静を装うが、心臓はまだ高鳴っている。毒の解析と調合は成功した。だが、影は消えていない。
「ところで、事件の背景については何か見えているか?」
アルトは静かに問いかける。私は情報を整理し、簡潔に答えた。
「現場の状況、毒の性質、侍女の配置から考えると、単独犯ではなく、後宮内部の複数者が関与している可能性があります。毒は精製されており、意図的に王族を狙ったものです」
アルトは眉をひそめる。「つまり、権力争いの影が絡む、と」
「はい。侍女たちの行動や噂も観察しました。単なる嫉妬ではなく、組織的な何かを感じます」
私は廊下で見かけた女官たちの視線、囁き声、微妙な表情の変化を思い浮かべた。後宮は一見華やかだが、そこに生きる者たちは皆、計算と駆け引きを背負っている。
そのとき、廊下の奥で黒布の影を再び見た。指先が冷たく光る。何者かが密かに行動している――。私はアルトに視線を送る。「皇太子殿、この件は極秘で進めるべきです。公にはせず、私が分析と調合を担当します」
アルトは静かに頷く。「君に任せよう。だが、油断するな。後宮には君を試す者もいる」
言葉は簡潔だが、その意味は重い。権力と信頼の境界線が、目に見えない壁となって立ちはだかる。私が間違えば、信頼も命も失うだろう。
薬房の作業台に戻り、記録を整理しながら思った。毒事件は単なる事故や嫉妬ではない。背後には明確な意図がある。そして、その意図を操る者は、後宮の深淵に潜む。
「――次の事件は、必ず連続する」
心の中で呟く。現代薬学の知識と観察力、推理力を駆使し、私は連鎖する毒事件の真相に迫る準備を始めた。
外では、皇太子アルトの気配が近く、私を静かに見守っているようだった。彼の信頼は確かに得た。しかし、後宮の影はまだ、私の行く手を阻もうとしている――。