第3話 毒の正体と初めての調合
広間を出た私は、侍女に導かれ、薬房へ向かった。壁に並ぶ硝子瓶、木箱、干した薬草――すべてが、私の知識を試す材料だ。手に取った試料はまだ温かく、微かな酸味が漂う。事故の後でも、五感は研ぎ澄まされている。
「まずは、成分を確認します。毒の種類によって解毒方法も変わります」
私は現代知識と古文献を組み合わせ、簡易検査を開始した。植物性神経毒――成分は複合型。通常の手順では効きにくい。しかし、現代の薬学ならば、代替酵素阻害による解毒が可能だ。
そのとき、アルトが薬房に静かに入ってきた。
「君、すでに手を動かしているとは……やはりただ者ではない」
「皇太子殿、立ち会いは任意ですが、結果を共有した方がよいと判断しました」
手元の薬研で粉末を擦り、慎重に薬液を作る。揮発性の成分を飛ばすため、微妙な火加減で温度を調整する。古文献には「香気に敏感な神経毒」とあるが、嗅覚だけでは正確な分析はできない。
アルトは黙って観察していたが、目の奥にわずかな興味が光る。彼が望むのは、ただ解毒ではなく、私の手際の確かさだろう。
「――これでどうだ」
粉末を溶かした液体を試験紙につけ、反応を確認する。色の変化、温度の変化、蒸気の匂い――すべて計測値と照合する。すると、微量ながら神経系に作用するアルカロイドが検出された。古文献の記述と完全に一致する。
「毒の正体は、合成されやすい神経性アルカロイド。自然由来だが、精製されたものです。解毒は、標準的な拮抗酵素+現代知識を応用すれば可能です」
アルトはゆっくり頷いた。「なるほど……君の分析力には舌を巻く」
その瞬間、薬房の隅で黒布の影がちらりと見えた。気配だけで、誰かが監視している。私は息をひそめ、作業を続ける。後宮では、表の行動と裏の観察がすべてを左右する。
「では、処方を調合します」
指先が震えないよう深呼吸。慎重に薬液を混ぜ、解毒剤を準備する。味と匂い、温度、粘度――すべてが微妙に影響する。侍女が震える手で液を受け取り、飲ませると、数分後、呼吸が安定し、脈も戻った。
「……無事だ」
安堵の息をつく。アルトは小さく微笑む。「君の手にかかれば、命は救われる。だが、影は消えぬ」
窓の外、後宮の影が揺れる。誰がこの毒を撒いたのか。目的は何か。私の推理は始まったばかりだ。だが、一つだけ確かなことがある――ここで私は、この国の運命に巻き込まれるということ。
そして私は、黒衣の影を意識しながら、次の事件に備えるのだった。