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第1話 目覚めた薬師、最初の毒

気づけば、天井は漆喰ではなく、木の梁だった。薬草の匂いが鼻をつき、手のひらには見慣れぬ小瓶と木の匙――薬研の擦り減った跡まで、はっきり残っている。頭は割れそうに痛いが、記憶だけは鮮明だ。大学の薬理学の講義。術前カンファ。黒い夜道。――事故、だった。


「――おい、起きたか、薬師殿」


年老いた女官の声に振り向く。粗末な着物を纏い、額に皺を寄せた彼女が、小瓶を覗き込んで鼻を鳴らす。


「薬師……ですか?」


全身がざわつく。確かに薬学の知識はある。でもここはどこだ? 携帯もない。名前を告げようとした瞬間、女官は声をひそめた。


「大殿様の歌会で、またおかしなことが――御息所が倒れられました。毒かもしれません。薬師殿、すぐ御前へ」


胸が跳ねた。毒。教科書で見た症状、試薬の反応、経過時間――映像が脳裏を走る。事故で失ったはずの知識が、ここで生きている。本能で立ち上がり、帯を直して女官に従った。


廊下は人で溢れ、絹がこすれる音、低い囁き。すれ違う侍女たちの目が私を釘付けにする。広間の扉が開くと、そこに横たわる若い侍女。青白い斑が額に浮かび、息は浅い。


「――何だこれは」低く誰かが呟いた。空気が凍る。


脈を確認する。皮膚は冷たく、触診で分かるのは、通常の毒性とは違う微妙な熱の入り方。古文献に載る“植物性神経毒”の兆候――だが現場だけでは検査が必要。


「顔を私の方へ向けて。君の名は?」短く指示。かすれ声で名を告げる侍女。家柄と立場が推理材料になる。


薬袋の紐に触れ、ひんやりを感じた瞬間、直感が働く。ここで失敗すれば犠牲者が増える。成功すれば信頼と立場、そして真実に近づける――。


「検便と残渣を保管して。硝子瓶を借りる。揮発性はないか、香は新しいものか、他に変わったことは?」命令と同時に脳内で現代薬学の知識を整理する。どの酵素が阻害されるか、どの解毒剤が効くか、時間はない。


ふと視線の端に、紋の入った黒布が見えた。誰かが静かに去る背中――冷たい指先が見える。その影は、ただの毒ではないと告げていた。


私は思った。ここに呼ばれた理由は、ただ薬を調合するためだけではない。真実を、運命を、解くためにもあるのだと。

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