メロンソーダ燃ゆる
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メロンソーダフロートが夏の太陽と恋をしていた。
ひんやりとした喫茶店の窓際席は、冷気と陽気にはさまれている。
その快適な、どっちつかずの空間でひとり、考える。
「……炎上、するのかな」
スマートフォンをぼうっと眺める。
この指先ひとつで、とある人々を破滅させることができる。憂鬱な状況だ。
――内部告発――。
見てみぬふりをすれば何事もなく済むが、それは間違っていると断言ができる。
できるが、この内部告発をすることで自分には得るものが正しさ以外に何もないのではないか、と苦悩していた。
失うものは多いだろう。職場は混乱必至だ。自分が告発者だと知られたら、裏切り者として冷遇されるかもしれない。
それがバレた時、自分が正しいことをしたとしても、世間は「黙っていたらよかったのに」「馬鹿なやつ」と冷笑することだろう。
見方を変えれば、単なるチクリ魔だ。
損得勘定で考えれば、この内部告発を取り下げてしまえばいい。
しかし、あの時、確かに見てしまったのだ。
巨大な工場の中、暗い空間、機械が蠢く――。
『水島先輩、これって……』
『ああ、我が社の機密だ。よそで言いふらすのはダメだよ。私にも嫁と子供がいるんだ。こいつがバレたら私も君もおしまいだからな。わかるね?』
『でも、それじゃあ……』
『5%も0%も、同じさ。みんな、甘い汁が吸いたいんだよ』
これを、この工場で作られたものを、あまねく日本国民の多くが口にしている――。
エメラルドグリーンの気泡が湧く。
メロンソーダフロートが、あわあわと炭酸を空に解き放っていく。
夏の日差しにキラキラと輝くメロンソーダ。
――決意する。
「もしもし、某C社についてご相談があるのですが……」
返答待ちの間、一口ソーダを飲む。
緊張に乾いた喉が、甘く冷たく爽やかなメロンソーダに満たされていく。
「それで、内部通報したい事柄とは一体……」
「じつは当社の……」
間違った行いで人を騙し、甘い汁を吸う者達を許してはいけない。
自分の破滅を覚悟して、真実を告白する。
「当社の丸絞りメロンソーダには、メロン果汁は1%も入っていないのです」
倒産した。
無職になった。
当社のメロンソーダは真夏の太陽よりも熱く、炎上した。
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