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最終話 最強の勇者は世界を救い続ける!!

 世界は、静かだった。


 天を裂いた蒼光は、呪いを打ち砕き、虚神霊の残骸すら残さなかった。


 夜のように濃く広がっていた逆結の瘴気も、今はすでに霧散している。


 ――そして、地上。


 天井に穴の空いた倉庫。

 その中央で、一人の少女が気を失っていた。


「仁美……!」


 神城シロウが蒼き鎧をまとったまま舞い降りる。


 足元に駆け寄り、膝をついて仁美の状態を確認する。


 呼吸は安定している。脈もある。気を失っているが、命に別状はない。


「やれやれ……流石、最強の勇者様。俺達は負けたみたいだな」


 声の主は、ほむらだった。

 かつて戦った“敵”のひとり。逆結舎の幹部。だが、もはや敵意は薄い。


 その隣には、サクラが立っている。

 虚ろな目をしていたが、戦いの終焉を感じ取り、ゆっくりとこちらへ歩いてきていた。

 美しいが、今も何かが壊れたままの少女。


「来るなら殺す。……俺はまだ、お前たちを信用しない」


 シロウが結槍を半ば構えたまま、声を絞り出す。


 だが焔は、ため息を吐き、手を挙げた。


「信用しろなんて言ってない。けどな……俺達はもう逆結を使えない。全部柊さんのもとに戻っちまったからな」


 かつて戦場で見せていた激昂も狂気も、その姿からは消えている。全身にまとっていた黒い結の気配も、もうどこにも感じられなかった。


「そう、もう彼らを警戒しなくて大丈夫よ」


 振り返ると、瓦礫の隙間からゆっくりと歩み出る一人の女性の姿があった。


 白銀の髪を靡かせ、凛とした瞳に揺るがぬ威厳を湛えたその姿――勇者庁長官、鷹森ユズハ。


「ユズハ……」


 シロウがわずかに目を細める。警戒ではなく、戦いの終わりを確認するように。


 ユズハは彼の隣に立ち、足元の仁美を一瞥し、安堵の吐息を漏らした。


「お疲れ様、シロウくん。流石ね」


 そう言ってユズハは仁美の頬に手を添える。微かに、微笑むように。


「さて……」


 今度はその視線が、焔とサクラに向けられた。


「……あなた達の身柄は確保させてもらうわ。柊がきっかけだったとしてもあなた達が犯したことは到底許せることではないわ」


 短く、鋭い問いだった。


 焔は肩をすくめる。


「当たり前だな。あんたに全部任せるぜ」


 ユズハはその様子を見つめ、しばし沈黙の後、柔らかな声で言う。


「じゃあ、これから償っていきなさい。あなただけのやり方で。生きている限り、それはできる」


 その言葉に、サクラは何も返さなかった。ただ目を伏せ、黙って頷くような仕草だけが残った。


「それより、ユズハ、元に戻る方法はコイツらから聞き出せたのか?すまねーが柊からは聞けなかった。その前にあいつは……」


 シロウが言葉を濁して尋ねた。


「この子達も分からないみたい……でも、気付かない?あなたとっくに人間の姿になってから5分たっているんじゃない?」


 ユズハの言葉に、シロウは思わず自分の手を見下ろした。


 蒼き鎧はすでに消え、今の自分は猫ではなく、人間の姿のままだ。結術の気配も正常に感じ取れている。そして何より――仁美の温もりを、指先ではっきりと感じていた。


「……まさか、」


 ユズハは柔らかく頷いた。


「おそらく、あなたの”戻りたい”という強い”願い”が逆結の呪いを打ち破った……推測だけどね」


 シロウは戸惑いを隠せなかった。


 自分を猫に変えたのも、 “願い”の結だった。だとすれば、呪いを打ち破ったのは、さらに強い“願い”によるものだというのか。


「お前らはどうなんだ?」


 その問いに、ユズハはそっとカラスに視線を向けた。


 その瞳は、静かにこちらを見返していた。かつて“雷光の勇者”と呼ばれた男――久我ハヤト。その呪いはいまだ解けていない。


「……残念だけど、ハヤトくんの呪いはまだ続いてるわ。そして私もすぐ犬の姿に戻るでしょうね」


 ユズハは穏やかに、しかし確かな口調で言った。


「けれど、あなたがやったように、私たちもすぐ元の姿に戻ってみせるわ。そうよねハヤト」


 その声に応えるように、カラス――ハヤトが一度、力強く翼を広げて鳴いた。


 その瞳の奥に宿る意志は、確かに「諦めていない」という意志を伝えていた。


 その時、仁美がわずかに身じろぎ、うっすらと瞼を開いた。


「……シロ……」


 かすれた声が、シロの名を呼ぶ。


「仁美……!」


 シロウはすぐに身を屈め、仁美の手をそっと握る。鎧はすでに光とともに消えていたが、掌に残る温もりが、彼女を安心させた。


「もう、大丈夫だ。終わったよ」


 仁美はゆっくりと瞬きをし、空を仰ぐように視線を巡らせた。瓦礫の上、天井に空いた穴から覗くのは、晴れ渡った空だった。


「……青い」


 ぽつりと、仁美が呟いた。


 その一言に、なぜか胸が締めつけられるような感覚が、シロウの中に生まれた。


 あれほど黒く染まっていた空が、今はこんなにも澄んでいる。


 それは――彼女の目にも、同じように映っているのだ。


「あなたは……だれ……」


 仁美の声は、どこか遠くをさまようようにか細かった。


 その言葉に、シロウは一瞬、心臓を掴まれたような感覚に陥る。


(……まさか、記憶が……?)


 焦りが脳裏をかすめる。だが仁美の瞳は、確かにシロウを見ていた。恐れも、疑念もない。むしろ、不思議そうに、目の前の存在を確かめるように見つめている。


「きっと、私のせい。私が仁美にかけた逆結の呪いが今になって発動したみたい……」


仁美のそばで震える声を漏らしたのは、真帆だった。


「……そんな……」


 真帆は膝をつき、仁美の顔を見つめた。

 その目には、後悔と、許されない罪への恐怖が滲んでいる。


「ごめんなさい……私……私が……」


 涙がこぼれ落ちる。震える声で何度も謝る真帆の肩に、そっと手が置かれた。


「お前のせいじゃない。……いいんだ……これで……」


 静かに、優しく、けれど確かな声だった。シロウだった。


「仁美が、俺たち勇者と関わりを持たない、元の……普通の仁美に戻れたんだ。それが……仁美にとっては、いちばんいい結果かもしれない」


 その言葉に、真帆は肩を震わせたまま顔を伏せる。


 自分のしたことは決して許されるものではない。けれど――


「……違うよ」


 弱々しい声が割り込んだ。

 仁美だった。


「違う……よ。私……あなたのこと……知ってる。どこかで……ずっと……」


 うわごとのように、けれど確かに感情を乗せて紡がれた言葉。


 仁美はかすかに首を振り、シロウの顔をじっと見つめた。


 その瞳には、涙が浮かんでいた。


 シロウは息を呑み、何も言えなかった。

 ただ、そっとその手を握り返す。


 たとえ記憶のすべてが戻らなくても――彼女の心の奥底に、自分の存在は確かに残っている。


 そう思えただけで、胸の奥が熱くなった。


「……いや、違うよ。お前が俺を救ってくれたんだ」


風が吹いた。瓦礫の隙間から、光が差し込む。


 それはまるで、静かな幕引きの光だった。




♦️

一週間後――


 勇者庁本部・最上階。重厚な扉の奥、静かな長官室に一人の女性が佇んでいた。


 白銀の髪をなびかせたその姿は、凛とした気品を纏っている。


 かつて“犬”の姿だった勇者庁長官――鷹森ユズハ。


 彼女は、すでに人間の姿へと戻っていた。


 窓の外に視線を投げながら、深く息を吐く。


 静けさのなか、室内に軽いノック音が響いた。


「失礼します、長官。緊急報告です」


 扉を開けて現れたのは、スーツ姿の中年男性――田所だった。

 ユズハの信頼する職員であり、神城シロウの元マネージャー。


「……田所……今度は何!」


 ため息をつきながら、ユズハが姿勢を正すと、田所は手元のタブレットを見ながら簡潔に告げた。


「精霊反応です。南区の地下鉄構内。数値から見て、Aランク以上の可能性があります。出現時刻はおよそ五分前。一般人の避難は現在進行中ですが、被害が拡大するのは時間の問題です」


 その言葉に、仁美は小さく息をのんだ。


「対応班は?」


「A班とC班を向かわせましたが、即時収束は難しいとの判断です。……長官、どうされますか?」


 ユズハは静かに目を伏せ、それからカチリと意識を切り替えるように、椅子から立ち上がった。


「――シロウくんに連絡を」


「はっ」




♦️

 高層ビルの屋上で、携帯をポッケにしまったのは、青いパーカーを纏う少年。


 神城シロウ。現勇者ランキング1位。

 突如行方不明と報道されていた最強の勇者は、告知もないまま、街に戻ってきた。

 その姿を目撃した市民の声は、SNSやニュースを通して瞬く間に広がり、「神城シロウが帰ってきた」その噂は真実と化した。


 そして事実、彼が活動を再開してから、精霊の被害に巻き込まれた市民の数は0。


 一撃で精霊を祓うその姿に、人々は安堵と驚愕を抱き、再び彼の名前を口にするようになっていた。


 シロウは空を見上げ、小さく息を吐く。


『鍛結系結術疾結』


 足元から結の奔流が弾け、ビルの屋上から垂直に飛び降りる。


 その身体は、次の瞬間、鋭い光と共に、街の雑踏の中へと消えていった。



ー完ー

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