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第35話 逆結の源

 一方――神城シロウ。


 蒼白の瞬閃断を握り、下で未だ立ち上がれない真帆と、気を失っている仁美をかばうようにして空中に立つ。その背筋には、折れない信念が宿っていた。


 対する柊。黒い双剣願壊・双刃を構えたまま、滑るように地を蹴る。


「私は……お前みたいな“選ばれた側”の存在が許せない。その顔も、その態度も、世界に愛される前提でできてる。……私たちは、最初から立ってすらいなかった」


「言い訳は上手いな。でも、選ばれなかったからって踏みつけていい理由にはならねえよ」


 シロウが言い放つと同時に、足元から蒼光が噴き上がる。《疾結》――肉体強化による高速の踏み込み。


 一瞬で間合いが詰まった。蒼白の閃光が軌跡を描き、神城シロウの結槍が柊の喉元を狙う。だがその刃は届かない。


「……浅い!」


 柊が両腕の《願壊・双刃》を交差させて受け止める。刃と刃がぶつかり合い、火花が空間に散った。力の波動が床を軋ませ、周囲の空気が爆ぜる。


「ほら見ろ……強者ってのはそういうものだ。何もかも“当然”のように手にして、それでも足りないと不満を言う。お前は……生まれた瞬間から、舞台に立っていた」


 柊の声は怒りではない。呆れに近い諦念と、深く冷えた熱情がない交ぜになっていた。


「私はな、だから”傲慢で、偽善”が透けて見える勇者を無力化したかった、ムカついて仕方がなかったのだ。ただ与えられて生まれただけなのに、世界を背負ったような顔をしているお前ら勇者が。そう思った時、私に力が宿った。勇者の結を否定するための力”逆結”が!」


「……でもな」


 シロウの声が、わずかに震えた空気を断ち切った。


「お前のその“逆結”ってやつも、結局はお前にも才能があったから手に入れたものだろう?」


「違う!!」


 柊の叫びが空気を震わせる。黒い結が爆ぜ、床に張り巡らされた影が一気に広がる。その中心――柊の瞳に宿るのは、怒りとも、悲しみとも違う、言葉にできないほどの激情だった。


「私が手に入れた力は、お前らのように力を独占して、誇示するためのものじゃない。私から生まれた逆結を分け与え、弱者を助けるためのもの。私は世界に絶望し、前に進めないもの達に希望をもたせ救うことができる。この世界に抗うための力を授けることができる。お前らとは救う質が違うのだ」


 その瞬間、彼の足元から巨大な影の花が咲き乱れる。黒く染まった“願い”が形となり、幾千もの呪剣を宙に浮かせる。


「この刃の一本一本が、“選ばれなかった人間”の叫びだと思え!」


 全方位から呪剣が神城シロウを貫こうと襲いかかる。仁美と真帆の方へも、影が伸びようとしていた。


 迷いはなかった。シロウは即座に《疾結》を再発動し、空間を裂くように跳躍。重力すら無視したかのような速度で空中を舞い、一直線に少女たちのもとへ飛び込んだ。


「シロウさん……!?」

「だめっ、来ないで……!」


 真帆の叫びと同時に、神城シロウは空から一直線に落下し、身体を盾のようにして仁美と真帆、二人を覆い込むようにかばった。


 刹那、数十本の呪剣が彼の背へと突き刺さる。


「……っぐあああッ……!!」


 皮膚を焼き、骨を砕き、神経にまで達する鋭利な呪いの刃。それでも、シロウは仁美と真帆を抱いた腕を離さなかった。全身を貫かれてもなお、彼の瞳には決して消えぬ光が宿っていた。


 背中から血が吹き出し、衣服が裂け、呼吸すらままならなくなる。それでも、倒れることはしなかった。


「何故……そこまでする……!お前は私の知る神城シロウではない……お前は、特定の人物のために命をかけることなどしないはずだ!」


 柊が呆然と呟いた。


 黒い呪剣は、勇者の肉体を穿ってなお止まらない。だがそれ以上、仁美にも真帆にも一切触れることができなかった。


 その瞬間、逆巻く黒の結界に一筋の蒼白い光が走る。


「……ッ!? この反応は……!」


 柊の瞳が驚愕に揺れた。次の瞬間、シロウの足元から蒼の結界陣が七重に展開され、崩れかけた意識の奥から、確かな“意志”が光とともに立ち上がる。


 ――鍛結創結混合結術──《結鎧顕現けつがいけんげん


 限界を超えた結の奔流が、神城シロウの肉体を一瞬だけ再構築し、蒼き鎧のような輝きを纏わせる。


「猫になって、やっとわかったんだ。力は……自分のために振るうもんじゃねぇ。大切な人のためにこそ、本当に意味を持つ。……だから、少しはお前にも感謝してるぜ、柊」


 シロウは、血を流しながらも顔を上げる。


「お前だって、本当は救われたかったんだろ!だったら――その願いごと、俺がぶっ壊してやるよ!」


 空間が軋む。


 神城シロウの全身を包む蒼き鎧が、結の奔流とともに脈動していた。光の粒子が鎧の表面から溢れ、地面を焼き、空気を震わせる。それはまるで、彼の“願い”そのものが結晶となって形を持ったかのようだった。


 そして彼は、地を蹴った。


 ──音が消える。


 いや、それほどまでの速さだった。


 《疾結》と《結鎧顕現》を重ねた神城シロウの踏み込みは、もはや目で追うことすらできない。


「ッ!」


 柊は咄嗟に《願壊・双刃》を構えるも、その動きの中に迷いが生まれていた。


 “なぜあれほどまでに、誰かのために命を懸けられるのか”


 理解できないまま、シロウの蒼白の瞬閃断が唸りを上げる。


 ──一閃。


「がっ……!」


 柊の右の刃が粉砕される。続いて、二撃目、三撃目。


 柊の右手の《願壊・双刃》が砕け散ると同時に、蒼白の閃光が再び迸った。シロウの《瞬閃断》が、躊躇いなく二撃目を打ち込む。柊は左の刃で受け止めようとしたが、鋭い一閃はそれすら凌駕し、刃とともに空気を裂いた。


「がはっ……!」


 柊の身体が、力任せに押し飛ばされる。結界の外縁まで吹き飛ばされ、肩口から深く血が噴き出す。だが彼は倒れなかった。黒い結が再び渦巻き、足元を縫うように影がうごめく。


「くっくっくっ、まだだ、まだだ!まだだーーーーー!!!!」


 柊の咆哮とともに、天地が震えた。


「私の逆結は……世界中に“分け与えた”想いの源。拒絶された者たちの叫び、そのすべてを、今――還元する!」


 彼の声が放たれると、空気が震え、地平線の向こうから黒い光が奔流となって押し寄せてくる。それは、柊がかつて分け与えた“逆結”のすべて。弱き者たちの絶望と怨嗟、希望なき願いが、黒の帯となって柊のもとへ収束してゆく。


 空が鳴いた。


 影が天を裂き、大気が軋む。


 そして次の瞬間、天に大穴が穿たれたかのように、空の一点が崩れ――そこから“それ”が降りてくる。


 黒――ではない。


 虚ろな、星のない宇宙のような深淵。


 巨大すぎるが故、「形が見えない」と錯覚させる、異常な存在感を持って、ただ“そこにいる”。


 それは、身体全体が静止した宇宙空間のような質感を持ち、内側にはゆっくりと渦を巻く星雲や惑星のような輝きが揺れている。――それが、“精霊”だった。


「これが……精霊……?私の精霊とは訳がちがうわ」


 真帆が小さく呟いた。


 シロウもまた、その存在を見据えていた。彼の背に浮かぶ蒼の結陣が、逆巻く力の波に反応し、きしむように光を放つ。


「こいつが……お前の力の頂点か」


 柊は頷いた。


「《虚神霊こしんれい》――選ばれなかった者たちの、“それでも願った心”の集合体。誰にも気づかれず、拾われず、それでもなお叫び続けた祈りが、精霊の枠を超えて具現した存在だ。名を持たない想念の塊。これこそが”世界の形””世界そのもの”だと思わないか、神城シロウ」


「……違ぇよ」


 シロウの声が、静かに落ちた。


「それは“本当の結”なんかじゃない。俺には呪いの塊にしか思えねーよ。誰かを恨んで生まれるものが、救いを与えられるわけねぇだろ」


 柊が鼻で笑う。


「理想論だ。お前は最初から“与えられる側”にいた。傷も、喪失も、選ばれなかった苦しみも知らない者が……!」


 その瞬間、虚神霊が反応する。


 音もなく動き始めたその存在が、地上に向かって黒い放射を展開する。まるで重力の逆流。すべてを押し潰す、圧力そのものの奔流。黒い霧とも光ともつかぬ線が、地上に触れるたび、街の構造物が音もなく消失していく。


「ッ……これは、消されてる……!」


 真帆が息を呑み、仁美を抱きしめながら恐怖に駆られている。


 だがシロウの瞳にあるのは、ただ一つ――巨大な虚無の中に、希望を取り戻す光。


「だったら、証明してやる」


 シロウが低く呟いた瞬間、足元の蒼の結陣が反応する。


 蒼い光が渦巻き、七重の輪が新たに組み変わり、彼の体内の“願い”を一つの形へと昇華する。


『――鍛結創結変結混合結術結鎧顕現・煌閃けつがいけんげん・こうせん

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