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第19話 復活の雷光2

 刹那、空が閃光に染まった。


 久我ハヤトの右手に、青白く輝く雷の剣が形を成す。


 剣というより、雷そのものが刃の形を取ったような不定形の光。


 その一振りで、周囲の空気がビリビリと振動した。



 久我ハヤトの身体は雷に包まれたまま、宙に浮かぶ。


 風が逆巻く中、彼の姿は夜空のただなか、ひときわ鮮烈な“光”となってそこにあった。


「俺様は雷光の勇者、久我ハヤト――勇者ランキング、第五位。雷光の名、ここで証明したるわ!」


 ハヤトは、真っ直ぐに精霊を見据える。

自信に満ち溢れた余裕の表情。


 精霊の背中に埋まった結晶が、ひときわ大きく脈動した。


 赤黒い光が拡散し、周囲の建物のガラスがバリバリと音を立てて割れ落ちる。

 それでもハヤトの目は逸らなかった。いや、逸らす気なんて最初からなかった。


「みんなみんな嫌い……嫌い……助けて……ママ、パパ助けて……みんなみんな殺す……」


 精霊の呻きは、もはや人の声のかたちを成していなかった。

 それでも、その哀しみと怒りは、確かに――届いた。


 ハヤトは一瞬、目を伏せそうになる。

 だが、すぐに雷がその感情を焼き尽くした。


「逃げんじゃねー!!逃げんな!!」


 ハヤトの声が夜に響いた。

 怒号ではなかった。必死の、叫びだった。


「お前が抱えとるもんは――誰にも届かん呪いや。けどそれでも、俺は見捨てへん!」


 雷が、彼の足元で炸裂する。

 電光が地を走り、まるでその決意に呼応するかのように、空気が震える。


 叫びとともに、ハヤトの身体が疾風のように動いた。


《疾電脚》発動――雷の蹴り上げが、重力をも断ち切る。


 雷光の刃を携え、夜空を駆ける――その軌跡はまるで、星が瞬く一閃のようだった。


 《雷光剣》が振るわれる。

 不定形の雷が伸び、精霊の腕へと突き刺さる。


 甲高い金属音とともに、精霊の右腕が爆ぜた。雷のエネルギーが肉を裂き、骨を砕く。


 だが――精霊は倒れない。


「みんな、死ねェェェェェエエエ!!!」


 無数の赤黒い“結晶の槍”が周囲に出現し、ハヤトへ向かって一斉に放たれる。


 避けろ――叩け――追いつけ――!


 雷光の中、ハヤトの身体は本能のままに動き続ける。


 だが、頭の奥で――別の“記憶”が、ずっと囁いていた。


『どうせ、お前じゃ勝てん。神城シロウには一生敵わない』

『俺様キャラが被っている。それなら神城シロウのがいい』

『シロウ様がずっとNO1勇者だと思います。イケメンで最強!』


 それはずっとSNSで見てきた言葉の数々。

 そして、実際にそうだった。実力も、人気も、カリスマも――神城には、全てがあった。


(ほんまに……ずっと、あいつの背中ばっかり見てきた)


 誰よりも早く、誰よりも華やかに、誰よりも完璧に戦う男――神城シロウ。

 戦えば戦うほど、ハヤトは気づかされてきた。

 自分は“神城シロウの代わり”にはなれない。

 その事実に、打ちのめされてきた。


(でもお互いにこんな姿になった今だからこそ!超えるチャンスを得たんやないか!今しかないんやないか!)


 今、目の前にいるこの精霊も、きっとそうなんや。


 愛されなくて、誰かと比べられて、

 置いてかれて、憎まれて、壊されて。

 その心が悲鳴をあげた結果が、この姿。


「でもな!逃げちゃあかんのや!!」


 ハヤトは、牙を剥いた精霊の咆哮を真正面から受け止めた。

 空中に無数の結晶槍が出現する。ひとつひとつが、怨嗟と孤独の塊。


 それを――雷が薙ぎ払う。


 流結系結術迅雷陣――!


 瞬間、ハヤトの周囲に雷の陣が展開された。

 空気が震え、天が怒りを示すかのように雷鳴が轟く。


 次の刹那、無数の落雷が天より舞い降りた。


 赤黒い“結晶の槍”たちを、真上から焼き砕くように。


 爆音と閃光が入り混じり、世界の輪郭がかき消される。


 夜が光に呑まれた。


 雷の中、久我ハヤトは咆哮する。

 破れんばかりの感情が声に乗り、魂に火をつけるように。


 ハヤトの全身が、さらに強く帯電する。

 髪が逆立ち、全身の毛穴から雷がほとばしる。


 その姿は、もはや雷そのものだった。


『流結プラス変結混合結術雷轟天穿らいごうてんせん


 天と地を貫く、純粋なる一条の光――。

 久我ハヤトは雷の核となり、夜空へと跳躍する。


 その動きに追いつける者はいない。精霊の目にも、もはや彼の姿は映っていなかった。


「――全部ぶっ壊す!!」


 雷鳴とともに、ハヤトが天を突き破る。

 空の高みで、彼は全ての雷結を一点に収束させる。


 次の瞬間――世界が震えた。


 ハヤトの身体が光の槍と化し、音速を超える速度で急降下。


 それはまさに、天空より放たれし“神罰の雷槍”。


 落雷ではない。

 久我ハヤト自身が、雷として落ちるのだ。


 轟音。閃光。衝撃。


 地上へと撃ち下ろされた一撃は、精霊の胸部へと突き刺さる。


 直撃と同時に、爆発のような衝撃波が街を包み込み、建物の壁面を吹き飛ばした。


 全身の結晶が砕ける。


「がああああああああああああああっっっ!!!」


 精霊の絶叫が夜に響く。

 雷光が全てを包み、ハヤトの姿は見えなくなった。


 しばらくして、風が吹いた。

 赤黒い結晶が砕け散り、光の粒となって空へ還っていく。


 その中心に――立ち尽くすハヤトの姿があった。




♦️

「ボウズ、目、覚めたか?」


 低く落ち着いた声が、どこか遠くから聞こえた。

 少年はうっすらと目を開ける。まぶしい。けれど、それは太陽の光ではなかった。頭上で淡く瞬く、雷の残光だった。


「……ここ、どこ……?」


「死んでへん。お前は、ちゃんと生きとる」

 

 答えたのは、少しガラの悪い関西弁の青年だった。


 そしてその声とともに、頬に当たる風が強くなる。少年はようやく、自分の身体が地面ではなく、空の上にあることに気づいた。


――空を、飛んでいる?


「っ……うわあっ!?」


 反射的に身をよじる少年を、ハヤトは片腕でしっかりと抱き止めた。


「おいおい、暴れんなって。落ちたら洒落ならんで?」


 雷光の力を纏ったハヤトの背中からは、まるで風そのものを裂くような雷の尾が伸びていた。


 都市のビル群が眼下を流れていく。夜明け前の空に、二人の影だけが鮮烈に走っていた。


「な、なんで……飛んでんの……?」


「勇者庁や。お前の家しらんからな、ほっとくわけにもいかんし。お前の事情は分からんが、それを解決するのはお前でなくて大人の仕事や……」


 少年の瞳が、ゆっくりと揺れた。


 まるで、長い間閉じ込められていた感情が、ようやく光に触れたように。


「俺もな、昔は誰にも勝たれへんって思うとったんや。どう足掻いても、“神城シロウ”には追いつかれへんって」


「かみ……しろ……?」


「気にせんでええ。今はな、俺は――お前の味方や」


「よし、もう少しでつくぞ……」


――コンコン。


 地上数十階、勇者庁本部の一室。長官室。


 音に気づき窓の外に顔をむける。

 窓の外に浮かぶハヤトと、少年の姿を目撃して口をパクパクさせたのは、

 ゴールデンレトリバーの鷹森ユズハと、丁度よく長官室にいた田荘。


「どうしたんですか!?て、元の姿に戻れるようになったんですか?」


 田荘――勇者庁の職員であり、鷹森ユズハの補佐を務める男は、驚きと興奮が入り混じった声を上げた。


 窓の外に、久我ハヤトの姿が浮かんでいる。その腕には、ぐったりとした少年の姿。


「まぁ、詳しくは今度話すわ、それよか、このボウズを頼む。疲れているからなしっかり休ませてから家まで送ってあげてくれ」


 そう言って、そっと少年を田荘に手渡す。田荘は慌てて受け取り、慎重に抱きかかえた。


「あと、この子の家族についてと、学校生活が順調かしらべて、相応の対応をとってくれ……頼んだぜ!」


 言い終えるが早いか、ハヤトは軽く片手を上げ、窓から飛び立った。夜明け前の空へと消えていく。


 田所が外に顔をだすと、遠くから鴉の鳴き声が聞こえた。


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