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第10話 突入!!

 窓の外で鳴く声に、シロウの尻尾がぴくりと動いた。


「カァカァ!!カァカァ!!」


 窓の外でカラスの鳴き声が聞こえる。ハヤトに間違いない。


(仁美がいる時は外に出れないって言ってあるのに……うーん、なんかあったのかもしれないが……)


 仁美を横目で見ると、スマホを裏返して置き、ソファーに横になる。眠気が来たのだろう。ウトウトとしたまま、目を閉じてしまった。


 少し経った後、シロウはわずかに顔を上げ、仁美の呼吸のリズムを確かめる。


(……寝たな)


 音を立てぬよう、すうっと立ち上がる。足取りは軽やかで、足音などまるでない。ふすまを開けることも、網戸を滑らせることも、猫にとってはもはや慣れた動作だ。


 シロウは静かに窓辺に跳び乗り、背後をちらりと振り返る。


 仁美は、気づく様子はない。


(よし……今のうちだ)


 シロウは、そっと屋根へ跳び移った。風が耳元をかすめる。住宅街の昼は鳥の声と遠くの車の音だけが響いている。


 電柱の上で、ハヤトが待っていた。カラスの姿のまま、何かを急かすように羽根を一振りする。


「……ただの世間話じゃないんだろ?」


 シロウが問いかけると、ハヤトはすぐさま飛び立った。


「ついてきや!!道中話すわ!!」


 シロウもその後を追い、並んで屋根の上を走る。


 駆け抜ける白と黒の影。誰の目にも、それはただの猫とカラス――けれどその内側には、かつて“最強”と呼ばれた男たちの誇りと焦燥が燃えていた。


「三日前から見張ってた建物がある。人間が定期的に出入りしてる。全員、黒い結の気配がある奴ばっかや」


 走りながらハヤトが言った。電線を滑るように進み、足場を見つけては羽ばたきでリズムを整えている。


「やっぱり組織ぐるみだったのか」


「それも小規模ちゃう。下っ端も含めて、最低十人はいる。若いやつも混じっとる」


「張り込んでいた時間、お前をカラスにした奴の出入りはあったのか?」


 シロウの問いに、ハヤトはわずかに羽根を揺らしながら首を横に振った。


「……それが、おらんかった。少なくともこの三日間は……」


「そうか。でも、本当に奴らの根城なら、俺たちに結を使った理由を知っている奴がかならずいるはずだ」


 シロウの声は低く、しかし鋭く響いた。

 ハヤトは一拍の間を置いて、頷く。


「せや。せやから、今日は踏み込むつもりで来た。見張るだけやと、もう埒が明かん」


 風がふたりの間をすり抜ける。屋根の連なりはここで終わり、視界の先には古びた建物が姿を現す。


「……あれが、三日間張り込んだって場所か」


 シロウが目を細める。黒ずんだコンクリート、塞がれた窓、無機質な扉。その全てから、静かな“悪意”が滲み出していた。


「ここや。出入りは常に裏口から。警備も無いけど……外に誰も配置せえへんのは、余裕か、それとも過信か」


「どちらにせよ、俺たちが不意を突くには十分な隙ってわけだ」


 ハヤトが羽を畳み、電柱の上に静かに止まる。


「シロウ……お前、もう人の姿に戻れたって言っていたよな……いまも戻れるんか?」


 シロウは以前に大学で精霊の事件に巻き込まれた仁美を助けるために、元の姿に戻れたことがある。

 それ以降、天才的な結の使い手であるシロウは少しの時間だけ元に戻れるようになっていた。


「五分。今のところはそれが限界だ」


「任せたで、俺も元に戻れればいいやけどな、むりそうや」


 カラスのくちばしが、笑ったように歪んだ。


「じゃあその五分で、地獄の入り口を叩き割ろうや」


 シロウは小さく鼻を鳴らし、そして屋根の縁に立った。次の瞬間――


 その身体が、光に包まれた。


 白猫の姿が淡く滲み、光の粒となって形を変えていく。現れたのは、引き締まった青年の肢体。強靭な結が全身を纏い、瞳は静かに燃えている。


 神城シロウ。


 かつての“最強勇者”が、わずか五分の再臨を果たした。 


 静寂を切り裂く一歩。


 神城シロウは、裏手のコンクリート地に音もなく着地した。ハヤトも少し離れた金網の上にとまり、周囲を見張る。 


 裏口の扉に手をかけた。五分の猶予――そのすべてをこの“中”に賭ける。


 ギィィ……


 錆びた蝶番が、鈍い音を立てて開いた。


 中は静まり返っている。薄暗い廊下、古びた配管の滴る音。壁には結術の痕跡が複数残されていた。


 シロウはゆっくりと歩を進めた。


 と、そのとき――


「侵入者だ!!」


 奥の部屋から誰かが叫び声を上げる。直後、複数の足音が駆け寄ってくる。


「てめぇ、誰の許可で入って――ぐっ!?」


 シロウの拳が炸裂する。結で強化された一撃は、黒服の男の腹に直撃し、意識を刈り取った。


「反応が遅いな。所詮は雑魚か」


 そのまま、シロウは滑るように走り出した。


「殺せ!殺せ――!」


 下っ端のひとりが手を翳すが、それより早く――


『創結系結術瞬閃断」


 蒼白の刃が走り、下っ端の結が寸断される。


「ぐ、うわああっ!」


 爆ぜるように崩れる結術。次々と現れる黒服たちに対し、シロウは一切の無駄なく制圧していく。


 息も乱さず、シロウは奥へと進む。破壊された機材、床に転がる結晶体の残骸、そして――


 廊下の先に、一際強い気配があった。



「ずいぶんと派手にやってくれたな」


 姿を現したのは、黒ずくめの男――漆黒のスーツに、目元だけを覗かせる銀の仮面。その背後には結が揺れている。異質な、どす黒く染まった結――。


 男はゆっくりと歩み寄りながら、口元だけで笑った。


「神城シロウ。俺はお前のことを“処理済み”だと聞いていたが、今までどこに隠れていやがった。世間では死んだと話題になっていたぞ」


「安心しろ。ちゃんと“生きてる”って、今証明してやる」


 シロウは低く呟き、足元に結を集束させる。地を蹴る瞬間、シロウの周囲に淡い光の衝撃波が走った。《疾結》――瞬間的な身体強化。


『変結系結術模倣連鎖』


 仮面男の手元に、黒いフィルムのような結晶が浮かび上がる。そこには、先程シロウが放った《疾結》の動きが、まるで記録映像のように刻まれていた。


「……お前の動き、そっくりそのまま借りるぜ」


 次の瞬間――仮面男が消えた。


(――速い!)


 真横から、風を切る音。とっさに結で軌道を読み、《感結視》を発動する。


「そこだ!」


 シロウは反射的に肘打ちを繰り出す。拳と拳がぶつかり、火花が散った。


「ふは、やっぱり……本物は違ぇな」


 仮面男は楽しげに笑った。


(模倣だけじゃない。タイミングまで真似してやがる……)


 《模倣連鎖》は単なるコピー能力ではない。相手の技を“記録”し、“応用”して“別の結”と連動させる。時間差で放たれる複製が、シロウの動きを完璧にトレースしているようだ。


「じゃあ、これはどうだ」


 シロウは創結系結術結槍を生成しながら地を蹴る。連撃――三連の突き。


 対するレイジは、そのすべてを模倣した結槍で迎撃。動きが完全に重なる。まるで鏡を相手にしているようだった。


(こいつ、俺の技で“戦って楽しんでる”みたいだ……!)


「お前もそうとうな戦闘狂みたいだな!!俺を楽しませてみろよ!!」


「そうさ!とても楽しい!!なんせあの最強の勇者、神城シロウと戦えているのだから!!」

「評価してもらっているみたいで嬉しいよ。まぁこっちは時間ないんでさっさと終わらせるけどな」


 シロウの瞳が光る。


「――放出系結術六連結葬ろくれんけっそう!」


 空間に六つの光球が浮かび上がる。それぞれに高密度の結を詰め込んだ、シロウの代名詞とも言える“最大火力”の放出技。


「模倣できるなら、やってみろよ。結の保有量は才能でしかにない。どんなに技を真似ることができようと、自分の扱える以上の結を使った術は真似できない。残念だけど、お前の真似事は圧倒的な才能には無力なんだよ」


「まて!そんなものを放てば、この建物どころか街がなくなるぞ!!」


「俺、神城シロウはそんな小さなことは気にしない。だって俺は最強だから!!」


「……意味がわからない……」


「お前には理解できねーよ。小悪党……」


 六つの光球が一直線に閃光を放った。


 空間を引き裂く轟音とともに、地面がえぐれ、天井が砕け散る。蒼白い閃光は蛇のように軌道を歪め、敵の逃げ道すら塗り潰すように襲いかかる。


「ぐ……っ!!」


 仮面の男は咄嗟に《結装》を発動。防御体制に入る。


 仮面の男は咄嗟に《結装》を発動。蒼黒の結が全身を包み、盾のように前方を覆う。


「ぐ……っ!!」


 だがその瞬間。


 ――六発の光球が、音もなく掻き消えた。


 空中で炸裂することもなく、干渉による相殺もなく、まるで存在そのものが“無かった”かのように消えた。


「な、に……?」


 男の防御姿勢が揺らぐ。


 そして次の刹那。


「――創結系結術瞬閃断」


 その言葉と共に、シロウの手に光が集束する。

 顕現したのは、蒼白に煌めく結の刀。その姿すら見せぬまま――


「……ッ!!?」


 銀の仮面が、僅かにズレた。


 ――一閃。


 風の音すら追いつかぬ斬撃が、仮面男の《結装》を斜めに断ち割り、薄皮一枚で急所を外した切断痕が頬をかすめた。


 「……く、は……ッ」


 返す言葉もなく、仮面の男はその場に崩れ落ちる。

 仮面の半面が床に転がり、血が滲んでいく。


「“六連結葬”なんて最初から撃つ気なかったよ。お前を殺すわけにはいかない。いろいろ聞きたいことがあるんだ」


 シロウは微かに肩をすくめた。あれは囮。光球の形成も制御も、すべて“演出”だった。


「……どうして……あれは確実に結の塊だった。決してハッタリなどではなかった……」


「まぁ、俺は天才で、最強のだから、お前レベルじゃ理解ができるわけねーよ」


 神城シロウは最強である。同時に結の操作に関しても天才である。


 巨大な結の塊を放つ大技六連結葬が対象に衝突する瞬間に気化させた。そんな常識はずれの技術を仮面の男は理解できなかった。


「じゃあ、いろいろ聞かせてもらおうじゃねーか!!お前はこの組織の頭か?」


「ふふふ、これで終わらない。私たちの神はいずれ腐った勇者共を必ず殲滅する!!」


 不敵な笑みを浮かべたまま、仮面の男の目はすでに焦点を失っていた。だがその口元だけは、執念を残すようにわずかに動いた。


 そして、仮面の男の周囲に勢いよく黒い結が立ち込める。


「さらばだ!神城シロウ!!」


 次の瞬間だった。

 黒い結が裂けるように炸裂音をあげ、仮面の男の全身から暴走した魔力が吹き上がる。


 あたり一面が一瞬、白に染まった。

 轟音と共に、空間そのものが軋むような余波があたりを吹き飛ばした。




♦️

「なんやなんや!!おおおお」

 

 外の電柱で待機していたハヤトは慌てて飛び散る瓦礫に対して結で壁を張った。


 唐突な眩い光と共に、組織の根城だった建物が爆発し崩壊する。

 轟音。土煙。ねじれた金属の軋み。


「神城ッ!!」


 ハヤトの叫びが虚空に響いた。


 すぐさま羽ばたき、崩れ落ちる屋根の隙間へ急降下する。まだ瓦礫の奥から、結の残響がかすかに感じ取れた。だが、その波形は急速に弱まっている――まるで、燃え尽きるかのように。


「くそ……間に合えよ……!」


 カラスの姿のまま、ハヤトは必死に崩れかけた壁をくぐる。


「いない、いない、あいつが死ぬなんてなー……そんなバカなことあるはずが……」


焦りが喉を焼く。心臓が、バクバクとうるさいほどに鳴っていた。


「何やってんだ、お前……」


 後ろから聞こえたその声に、ハヤトは目を見開いた。


 振り返ると――


 瓦礫の山の間、ほんの僅かに空いた隙間。その奥に、白い小さな影がいた。


 煤けて汚れた毛並み、潰れたコンクリート片に囲まれながら、それでもぴくりと尻尾を揺らす。


「……神城、生きてたんか……」


 カラスのまま、ハヤトは声を詰まらせる。


 神城シロウは――爆発の直前、制限時間の限界とともに再び猫の姿へと戻っていた。その小さな身体は、崩落の直撃を奇跡的に免れ、瓦礫のわずかな隙間に滑り込んでいたのだ。


「……ギリギリだった。ほんの、数秒の差だった」


 かすれた声。だが確かに、そこには生きている“神城シロウ”の気配があった。


 「ギリギリで命拾いして……どこが“最強”やねん。お前……」


 「“最強”ってのはな、どれだけギリギリでも、毎回最後に立ってりゃいいんだよ……」

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