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80 ロナンの帰宅

本日連投になります。

いよいよ、本作も次回か、その次の回で終幕になると思います。

これまで読んでくださってありがとうございました。

心から感謝いたします。

 予想以上に、《魔王討伐》はあっけなく幕を閉じた。勇者軍の被害は、死傷者合わせても二十数名という小さな被害だった。

 オルドア大陸の各国々では、魔王討伐成功の知らせが届くと、指導者たちは安堵のため息を吐くと同時に、あまりにも容易に魔王が討伐されたことに驚き、その原因を話し合った。


 最も多かった意見が、〝魔王が存外弱かったのではないか〟ということだ。

「しかし、エンシャントドラゴンを倒した魔王を、弱いと言って良いものか……」

「うむ、確かに……」

 古竜を倒した事実は重い。弱い者が倒せるはずはないというのも、また真実だった。


 そうなると当然、〝今代の勇者は、歴代の中でも最強だったのではないか〟という意見が出てくる。しかし、若くて、見た目もどちらかというと華奢(きゃしゃ)、性格も控えめで慎重、となると、歴代最強と断言できる者はいなかった。


 最終的に話が落ち着いた先は、「今代の魔王は、個人的な力は強かったが、組織を生かす才能に欠けていた。側面作戦を遂行できる側近にも恵まれなかった」こと、そして、「勇者パーティが優秀だったこと」の二点であった。

 ともあれ、こうしてこの世界の大きな危機は無事に取り除かれたのである。



♢♢♢


 魔王討伐を果たした勇者軍一行は、まず、リオンの故郷プロリア公国での凱旋パレード、そして祝賀パーティと、あわただしい数日間を過ごした。その後、勇者パーティの面々はそれぞれの国の代表者たちとともに、それぞれの母国での凱旋パレードに臨むために解散し、再会を約束して別れたのであった。


 ロナンは、ランデール辺境伯、シーベル男爵とともにランハイム王国に帰還した。盛大な凱旋パレードと祝賀パーティが執り行われ、ロナンは王国の英雄と讃えられた。

パーティの前の謁見のおり、国王セイクリッド・ランハイムから、褒美として何が望みかと問われたとき、ロナンはこう答えた。


「私は、無事に大役を果たせたことで満足でございます。ただ、私はまだガーランド王国以外の外国に行ったことがありません。もし、お許しいただけるなら、自由に外国に行ける〈通行許可証〉のようなものをいただけないでしょうか」


 それは帰りの道中で、ロナンがランデール辺境伯と話し合う中で決めたものだった。辺境伯は、こういう場合は、

「まず爵位を求めるのが普通だ。すでに爵位を持っている貴族の場合は、新しい領地だな。だが、今回の場合は、おそらく爵位を与えるのはもう決定事項だと思う。だから、あえて爵位は求めず、何か他のものを要求した方がいいだろう」

 と助言した。


 ロナンは、爵位も断りたかったが、それはかえって貴族たちの反感を買うと言われ、仕方なく上述のような答えをしたのであった。


 ロナンの言葉に、王も周囲の貴族たちも思わず失笑の声を漏らした。いかにも田舎育ちの少年らしい答えだったからだ。


「あはは……そうか、よかろう。では、そなたに男爵位を授け、加えてグランナド地域の半分を領地として与えよう。グランナド地域の残り半分は、ブレイドン王国のイリス王女が領地として治めることになった。そなたとは勇者パーティの仲間ゆえ、友好的な関係が築けよう。さらには、勇者のいるプロリアとも接しておる。そなたにはこうした国々との交流および外交における補佐役を頼みたい。宰相、何か適当な役職名はないか?」


「はっ、それなら…〈外交特使〉はいかがでしょう?」


「うむ、いいな。よし、では、ロナン・ポーデット、そなたを宰相指揮下の〈外交特使〉に任命する。わしの印状を与えるゆえ、自由に外国を見て回るがよいぞ」


「はっ、謹んで拝命いたします」


 王は頷くと、宰相が差し出した剣を持ち、ゆっくりと引き抜いた。そしてその剣をロナンの肩に置いて重々しく言った。

「ロナン・ポーデット、ランハイム王国に忠誠を誓うか」


「はい、誓います」


「ここに、セイクリッド・ランハイムの名において、汝に男爵の爵位を授ける」


 周囲から盛大な拍手が起こった。こうして、ロナンはランハイム王国貴族の列に名を連ねることになったのである。



♢♢♢


「伯爵様、いろいろとお世話になりました。シーベル男爵様もありがとうございました」


「うむ、姉上殿によろしくな。では、また」

「今後もよしなにお願いいたす。先生によろしくお伝えしてくれ」


 イルクスの街で伯爵の馬車から降りたロナンは、伯爵たちに別れを告げると、はやる心を抑えながら、森を抜ける道を南に向かって歩き出した。

 春の盛りの森の中は、明るい日差しと新緑が目にまぶしく、様々な花の香りに満ちていた。ロナンはうきうきと心を弾ませながら、約二年ぶりになる故郷の〈丘の家〉へ向かって走り出した。


「あら? あれ、ロナンじゃない?」

 ロナンのメモ書きを見て、てっきり転移門を使って帰ってくると思い込んでいたリーリエは、プラムと一緒に丘の上で待っていた。

 ところが、イルクスの街の方角から走ってくる人物の姿を見て驚いたのである。


「はい、確かにロナン坊ちゃまです」


 プラムの返事を聞いたリーリエは、急いで丘を駆け下りた。


「ロナンっ! おーい、ロナ~ン」


 ロナンは、遠くから手を振って走ってくる姉の姿を見て、思わず叫んだ。

「姉さんっ、ただいま~~っ!」

 そして、一段と速度を上げて走り、そのまま姉の胸に飛び込んだ。しかし、今では姉より体が大きくなっていたので、姉は支えきれず仰向けに倒れてしまった。


「ご、ごめん、大丈夫?」

「あはは……お帰り、ロナン」

「うん、ただいま、姉さん」


「いつの間にか、姉様が姉さんになりましたね、ふふふ……お帰りなさいませ、ロナン様」

「ただいま、プラム。僕も〝ロナン坊ちゃま〟から〝ロナン様〟に格上げになったね」


 三人は和やかに笑いながら、丘の反対側にある玄関へ向かった。


「ロナン……」

 玄関の前には、両親と祖母、そして母親に抱かれた一歳になる弟が出迎えていた。


 涙もろい母は、すぐに涙を流しながら、ロナンの方へ近づいて来た。

「母様……ただいま。父様、おばあ様、ただいま戻りました」


「ああ、よく頑張ったな、お帰り……」

「お役目、ご苦労様だったね。お前は我が家の誇りだよ」

「ロナン……よかった…本当に無事でよかった……」


 母親と抱擁を交わしながら、ロナンは、生まれたばかりの時に一度見たきりだった弟の顔をまじまじと見つめた。

「大きくなったね、ルード……どっちかというと父さん似かな」


 幼い弟はまだ慣れないのか、はにかんで母の胸に顔を隠すのだった。



♢♢♢


 久しぶりに家族全員がそろっての夕食の時間だった。ロナンの好物が並べられ、和やかに夕食が始まる予定だったが、ロナンの衝撃的な告白で家族の顔から笑顔が消えた。


「そうか……予想はしていたが、やはり爵位を拝命したか……」

「ロナン、あなたはまだ十五歳なのよ。領主なんて難しい仕事、務まらないわ。王様にお願いして、爵位を返上できないのかしら」

「まあ、それは無理じゃろうな。いったん公開の場で拝命したのだから、下手をすれば不敬罪で牢屋に入れられるじゃろう。頑張るしかないね」


 祖母の言葉に、ロナンは頷いて、心配する母親に言った。

「実際の領主の仕事は、ランデール辺境伯様の部下で、イルクスの領政局会計室長のライハート準男爵が、僕が慣れるまで実務を教えてくれることになっているんだ。だから、心配しないで。それに、みんなに会いたいときは、転移門ですぐに会いに来られるからね」


 その言葉にようやく家族も安心して、楽しい食事が始まった。


「あ、それともう一つ言っておくと、僕、王国の〈外交特使〉になったんだ。つまり、他の国に自由に…とはいっても、ほとんどの場合、仕事が付いてくるだろうけどね…とにかく、自由に他の国に行けるようになったんだ、すごいでしょう?」


 家族が感嘆の声を上げたが、特に強く反応したのはリーリエだった。

「ほんとに? すごいじゃない。じゃあ、ロナンと一緒にいれば、私たちも自由に外国に入れるの?」


「う、うん、たぶん。まさか、姉さん……」


「ふふ……楽しみが増えたね、プラム」


「はい。世界中を見て回りましょう」


 娘たちの会話を聞いた母親が負けじとばかりに口を挟んだ。

「わ、私も一緒に行くわよ」


「おい、レーニエ、この家から誰もいなくなってしまうじゃないか」


「あら、皆で行けばいいじゃない、ねえ母さん?」


「ああ、もちろん行くよ。死ぬ前にできるだけこの世界を見て回りたいもんだねぇ」


「あちゃあ……よけいなこと言ってしまったかなあ」

 

 ロナンが困った顔でつぶやくと、すかさず姉がこう言った。

「ロナン、せっかく貴族になったんだから、その地位を利用しなくちゃ。もちろん、悪いことに利用するのは論外だけど、人生を楽しむために利用するのは悪い事じゃないわ。それに、あなたなら、きっと、困った人たちや弱い立場の人を助ける良い領主になるでしょう。そのご褒美だと思えばいいのよ」


 姉の言葉に、ロナンはにっこり微笑みながら大きく頷くのだった。


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