7 初めての魔法 2
まだ、魔力の制御ができない私は、結局、その日は〈鑑定〉を発動できなかった。自分のステータスは見ることができるのに、なぜ同じ要領で他の人のステータスを見ることができなかったのか、プラムはそれについて、分かりやすく説明してくれた。
「魔法を発動するためには、魔力を作用させる場所をしっかりと指定しなければなりません……いくら魔力をたくさん持っていても、それが分散してしまったら、魔法は発動しないのです」
なるほどねえ。つまり、何かに穴を開けるときには、平たいものより尖ったものの方が、小さな力で穴を開けられるのと同じ理屈だ。一点に集中させるほど、大きな力が加わるのだ。
プラムは優秀な先生だった。まあ、彼女に言わせると、私の方が優秀すぎる生徒だったわけだけど……。彼女のおかげで、私は日々魔法の技術を高めていった。
二日目には、体内にある魔力の存在、流れを感じられるようになった。三日目には、その魔力を自由に体のあちこちの場所に移動させ、溜めることができるようになった。
そして、四日目。今日はいよいよ、実際に魔法を発動させる練習をする日だ。
プラムが、家の用事を済ませるまで、私はいつものように庭の二人掛けのベンチに座って、魔力操作の練習をして待っていた。
「お待たせしました、お嬢様」
洗い物をしていたのか、エプロンで手を拭きながらプラムが庭に出てきた。
「先生、今日もよろしくお願いします」
私はベンチから立ち上がって、きちんと頭を下げる。親しき中にも礼儀あり、元日本人としては当たり前のことだ。ただ、プラムは毎回やめてくれと言うんだけど。
「ところで、お嬢様はどんな魔法属性をお持ちですか?」
「えっと、火属性と土属性とせい(聖)属性?、あと、無属性っていうの? 四つよ」
プラムの問いに、何気なく答えたのだが、プラムはピキーンと固まってしまった。
「よ、四つ……ですか? しかも、聖属性って、ほとんど持っている人はいないって、聞いたことがあります」
「え、そうなの? プラムも水以外にも持っているかもしれないよ?」
「ま、まさか、私なんて……」
「見てあげようか?」
プラムも、実は期待していたようだ。少し赤くなりながら、頷いた。
「お、お願いします」
私はにっこり微笑みながら、プラムと一緒にベンチに座った。そして、彼女の目を見つめながら、〈鑑定〉の魔法を発動させた。
実は、〈鑑定〉は、魔力を自分の目に集中させるのではなく、相手の目や頭部に集中させるとうまく発動することが、昨夜分かったのだ。
プラムの指導を受けながら、父さんと母さんをもう一度〈鑑定〉してみて分かったことだ。父さんと母さんの鑑定結果については、また後で述べることにする。
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《名前》 プラム
《種族》 人族
《性別》 ♀
《年齢》 15歳
《職業》 奴隷(ポーデット家メイド)
《状態》 健康
【ステータス】
《レベル》 13
《生命力》 108
《 力 》 66
《魔 力》 73
《物理防御力》 55
《魔法防御力》 60
《知 力》 89
《俊敏性》 42
《器用さ》 58
《 運 》 46
《スキル》 水属性魔法Rnk3 闇属性魔法Rnk1
短剣術Rnk2 隠密Rnk1
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これが、プラムの鑑定結果なんだけど……うーん、これは正直に伝えていいものか、迷ってしまう。これって、あれだよね、忍者っていうか、暗殺者っていうか……ちょっとヤバい登場人物のステータスだよね。それと、最後の※印は何だろう? よく分からない。
「ど、どうでしたか、お嬢様?」
プラムが、期待に目をキラキラさせて見つめている。
「ああ、ええっとねえ、スキルは水属性以外に、あと三つあったよ」
「本当ですか? ど、どんなスキルですか?」
プラムは珍しく興奮した様子で、前のめりになって尋ねた。
私は少しためらいながらも、正直に答えた。
「ショックを受けないでね。ええっと、魔法の属性として、闇属性があったわ。それから、戦闘スキルとして、短剣術と隠密っていうのがあったの……」
こんなヤバそうなスキルを持っていることが分かって、さぞやショックを受けているかと思いきや、プラムはなぜか今にもムフフと笑い出しそうな笑みを浮かべていた。
「プラム……大丈夫? ショックじゃない?」
「え? どうしてですか? ムフ……」
あ、本当にムフッって笑った。
「……そうですか、闇属性……ふふ……それに、短剣術に隠密、素晴らしいですわ。これで、もっとお嬢様をしっかりとお守りできます。私、これから、しっかり鍛錬に励みます」
なるほど、そういう考え方もできるのか。そうよね、字面だけで『闇落ちスキル』なんて考えたらだめよね。何でも、使う人次第なのだから。
「あ、それとね、もう一つ気になることがあったから、もう一回鑑定していい?」
「はい、ご自由にどうぞ」
プラムの承諾を得て、私はもう一度彼女を鑑定した。ステータス画面の一番下にあった※印が何なのか、確かめたかったのだ。
(う~ん、これ、何の意味なんだろう? 分からないときは……とりあえず、クリックしてみるか……あ、正解だったみたい、何か出てきた……)
ステータス画面の※印を指で触れると、別画面が浮き上がって来て、何か説明が書かれていた。
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※《忠臣の誓い》
心に秘めた、現在仕えているポーデット家への絶対的な忠誠の誓い。特に、リーリエ・ポーデットを終生の主として仕えると心に決めている。
パッシブスキルとして、ポーデット家の人間が危機に瀕したとき、全ステータスが十パーセント上昇する効果を持つ。
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(プラム……)
私は、思わず胸を詰まらせて、涙が込み上げてくるのを抑えきれなかった。
「お、お嬢様、どうされたのですか? ご気分が悪くなられたなら、今日は……あっ……」
心配してかがみこんだプラムの胸に、私は飛び込んで抱きついた。プラムは、訳が分からず戸惑ったが、とにかく大切なご主人様を優しく抱きしめた。
「ありがとう……プラム……ありがとう……」
「お嬢様……」
私たちはしばらくの間、涙ぐみながらお互いの体を抱きしめ合っていた。
♢♢♢
私から、泣いた理由を聞かされたプラムは、ひどく驚くとともに恥ずかしさに赤くなりながらこう言った。
「そ、そんなことまで分かるのですか? 鑑定のスキルは怖いですね……でも、私の気持ちは間違いありません……」
そして、彼女は私の前に跪くと、真剣な顔で続けた。
「もし、お許しいただけるなら、この命をリーリエ様のために捧げたいと思っています」
私は、彼女の手を両手でそっと包み込みながら答えた。
「ありがとう、プラム。これからも、ずっとよろしくね」
私たちは微笑み合って、もう一度しっかりと抱き合った。
「では、お嬢様、魔法の練習を続けましょう」
「はい、先生」
私たちは笑いながら、春真っ盛りの花咲き乱れる庭へ出ていった。