74 《閑話》 神界のざわめき
74 《閑話》 神界のざわめき
このところ、パラスの神界界隈では、担当宇宙区の片隅にある小さな惑星の話題でもちきりだった。天空神パラスのもとには、連日多くの神々が訪れ、その話題について質問したり、自分の意見を述べたりして去っていくのだった。時には、近隣の宇宙区の神々が訪ねてくることもあった。
中でも、よく訪れるのは、隣の宇宙区の主神であるヤファウェ、あるいはウラーノス、またアメノミナカヌシとも呼ばれている神だった。
「うちの娘は、その後どうだ、もう、魔王と戦ったか?」
そう言いながら、上からゆっくり降りてくる半裸の男神を見ながら、パラスは、心中うざったく思いながらも、ときどき優秀な魂を譲ってもらっている手前、むげにもできなかった。
「だから、この前から言っているであろう? 勇者の魂は、別の所から持ってきたと……」
「あはは……そうであったな。いや、うち(地球)の娘の魂を持って転生した少女が、何やら〝すごい〟という評判を聞いたのでな、もしかすると、魔王討伐でもするのかと思ったのだ」
「ああ、確かに、魔王討伐はしていないが、それに匹敵するようなことを次々に成し遂げている。なにしろ、我々神々の専売特許であった《転移魔法》を独力で創り出したのだからな」
「な、まことか? 信じられぬな……どこぞの神が教えたのではないか?」
当然の疑問に、パラスは苦笑気味に微笑みながら首を振った。
「まあ、確かにうちのモイライ(運命の女神)たちが加護を与えてはいるが、そのモイライたちがずっとその子を監視していたのだ。そして、あるとき、血相を変えて我がもとへやってきて、こう言ったのだ、『あの子が独力で転移魔法を創り出しました』とな……」
「ほう…なるほど、それは騒ぎになるはずだ……もしかして、わしは大失敗をやらかしたのか? そんな優秀すぎる魂を譲ったりして……」
「何を今さら後悔している。そもそも勇者に適合するほどの魂だったのだ、優秀であることは分かっていたはずではないか」
ヤハウェは頭を掻きながらため息を吐いた。
「ああ、確かに……だがな、その子は生前は、なんとも冴えない普通の娘だったのだぞ。まあ、間違いなく、生まれる〝時と場所(星)〟を間違えたのだな」
「うむ……時折、こうしたイレギュラーな魂が生まれるのだ、実に面白いよ。だから神はやめられぬ」
二柱の神たちは、頷き合って楽し気な笑い声を上げた。
「ところで、魔王討伐はどうなった? うちのレクスター(星の名)では、状況があまりかんばしくなくてな……魔王が世界の大半を征服してしまった。もう、こうなっては、レクスターを一度滅ぼして再生するしかないと考えている」
ヤハウェが悲痛な面持ちになってため息を吐いた。
「そうか、それは難儀だな……魔神どもは、ただ破壊するだけの存在……自分たちが決して滅びないことを知っていて、楽しんでいるんだ」
「ああ……まったく、星の再生がいかに大変なことか……こっちの身にもなって欲しいな」
「まあ、その分、楽しくはあるがな」
「確かに。あはは……」
「こっちは、今のところ順調だ。ああ、そうそう、さっきの娘のことだが、もう一つ驚くべきことをしでかしたのだ……」
パラスはそう言って、ヤハウェを促し、白いテーブル席に二人で向かい合って座った。そして、話を続けた。
「……私がキングオーガとともに、もう一人の魔王候補として見ていた、真祖の吸血鬼のことは覚えているか?」
「ああ、覚えているとも。わしは、そいつの方が魔王になると思っていたのだがな……」
「ああ、実力も知恵も、その吸血鬼の方が上だと私も考えていた。ところが、奴は表向きは魔王に協力しているが、心は反魔王で固まっている。しかも全くぶれないのだ……」
ヤハウェは眉をひそめて首を傾げた。
「待て待て……つまり、現魔王を倒して自分が新たな魔王になろうとしている、ということか?」
パラスは静かに首を振った。
「いや、奴は最初は、自分の国と国民さえ守ればいいと考えていた。だから、あっさりと魔王に協力することを約束した。だが、今は違う。今は、すべての人間を魔王の手から守りたいと考えている」
「いやいや、あり得ない。そいつは悪魔と契約して吸血鬼になったのだろう? なぜ、人間の側に加勢する?」
「うむ、実はな、奴は悪魔そのものと契約したのではなく、先祖に封印されていた〈悪魔の呪い〉を解いたのだ。だから、魂は悪魔に売っていない、元の人間のままなのだ。ただ、普通なら、呪いを受ければ、時とともに魂も〈闇堕ち〉するはずなのだ……だが、奴は強靭な精神力でそれに耐えた。しかも、千年という長い時間をな……。そして、つい先日、奴は出会ったのだよ、例の娘と……」
ヤハウェは、目を輝かせて身を乗り出した。
「どうなった、何が起きたのだ?」
「……吸血鬼の魂が少し浄化された…といっても、少し年を取っただけだが。真祖だから、完全に浄化されるか、心臓を潰されない限り永遠に生き続けるが……ただ、奴は完全にあの娘に懐柔されたと言っていいだろう。もともと、人間を愛していた吸血鬼だが、あの子の神性に触れて、希望の光を心に宿してしまったのだ。信じられるか? 悪魔になった人間と言っても過言ではない吸血鬼が、自分の未来の〝幸福な滅び〟を夢見るようになったのだ……こんなことは初めてだ……今、この世界の神々は、この前代未聞の事態がどうなっていくのか、固唾を飲んで見守っているところさ」
ヤハウェは、ようやくこの神界のざわめきの原因を理解した。そして、彼自身もまた、この星の今後の歴史に大いに興味を抱いたのである。
「なるほど、そういうことだったのか……面白い……」
パラスは、目の前の空間に向かって手をさっと振った。すると、そこに縦横二メートル四方の空間がぽっかり開いた。
空間に、やがて広々とした草原の風景が映し出され、その中で麦わら帽子をかぶり、美しい銀色の髪を風になびかせている少女の姿がゆっくりと拡大されていった。
「これが。例の娘か?」
ヤハウェは、牛や馬たちの様子を見守っている少女を指さして尋ねた。
「そうだ」
一見、どこにでもいる田舎娘に見えるその少女に、ヤハウェは小さなうなり声を上げて目を見開いた。
「なんというか……これは、もう〝精霊〟に近いのではないか?」
ヤハウェの言葉に、パラスは苦笑を浮かべて小さなため息を吐きながらこう言うのだった。
「……女神たちが、この子を愛しすぎたのだよ」




