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73 リーリエと吸血伯爵

 銀色の髪に赤い瞳、年齢はまだ四十前に見える男は、海の向こうの大陸にある国の領主だという。

 いかにも胡散臭い話だったが、私はなぜかその言葉を信用する気になっていた。言葉では説明が難しいが、その男が(まと)う空気は、圧倒的な強者のオーラを放ち、しかも強靭な理性、精神力でそれをコントロールしているように感じたからだ。この男には〝ウソをつく理由〟がないと思ったのだ。


「外国の領主様が、なぜこんな所に?」


 私の問いに、彼は微かに笑みを浮かべて答えた。

「私もちょうど、それを君たちに尋ねようと思っていた。若く、見目(みめ)(うるわ)しいお嬢様たちが、なぜこんな場所にいるのか……その答えは、あそこにあると考えて良いのかな?」

 そう言うと、彼は眼下で今、まさに向き合おうとしている二つの集団に目を向けた。


「ええ、その通りよ」


「わけを聞いても?」


「……弟があそこにいるの」


 それを聞いた男は、少し驚いたように赤い目を見開き、静かに近づいて来た。プラムが腰から短剣を抜いて、私を守る動きを見せたが、私は手で彼女を制した。


「大丈夫よ、プラム……この人が本当に私たちを殺す気なら、とっくにやっているわ。私たちでは、どうあがいても勝てる相手じゃない」


 私の言葉に、プラムは無念そうに剣を収め、男は一層驚いたように足を止めて、改めて貴族式の礼をした。

「何という(いさぎよ)さ、敬服した。しかし、そなたから感じられる〝聖なる神気〟、いかな私でも、そう簡単に対処できる気はしない。そなたは一体、何者なのだ?」


「それに答える前に、一つ答えてもらえるかしら? あなたは、魔王側の人間なの?」


 男はふっと笑みを浮かべると、崖のすぐ近くに腰を下ろした。そして、眼下に視線を向けながら答えた。

「信じてもらえるかどうか……実は、私は吸血鬼なのだ……ほう、驚かないのか?」


 プラムは小さな悲鳴を上げて、私のそばに身を寄せたが、私はさほど驚かなかった。彼が普通の人間ではないことは、一目で分かっていた。よほど〈鑑定〉を使おうかと思ったが、彼が気づいて、敵意を抱いたらまずいと思い我慢したのだ。


 彼は続けてこう語った。

「……私がこんな身になった理由は、今は話さない。ただ、私はもう千年以上生きている。そして、その間、私の国と民たちを愛してきた……それで答えにならないかな?」


「分かりました。信じましょう……私はリーリエ・ポーデット、両親とも普通の人間です。ただ、私は理由は分かりませんが、二人の女神様から加護をいただいています。そういう意味では、普通の人間とは言えないかもしれません。こちらは、私の侍女でプラム、彼女も魔法、剣技とも冒険者ならAランクに匹敵する実力を持っています」


 ヒューイットは、途中で驚きに目を見開きながら聞いていた。

「これは驚いた……なるほど、こんな危険な場所にも二人だけでいるのも納得した……それにしても、二柱の女神の加護とは、長く生きてきたが初めて聞く話だ。言うならば、聖女ではないか」


「とんでもない。私は欲にまみれた、ただの人間ですよ……っ!」

 私はそう言った直後、下の方で大きな叫び声を聞いて口を閉ざした。


「ふむ…始まったな。リーリエ殿、そなたの弟は、勇者なのか?」


「いいえ。勇者の友達です」

 私は勇者軍の先頭に並んだ二人の少年たちを見つめながら答えた。


 そこでは少し奇妙なことが起きようとしていた。



♢♢♢


《第三者視点》


勇者軍と魔王軍が百メートルほどの距離に近づいて、いざ、お互いに魔法を撃ちあうかと思われたとき、魔王軍は進軍をやめた。そして、彼らの中から二匹の魔物が進み出てきたのである。

一匹は、巨大なトカゲの姿の戦士、もう一匹はしなびた姿のゴブリン族の老人だった。


「人間族の〈勇者〉に告げる……互いに犠牲を出す前に、まず、一対一で勝負をするぎゃ。そちらが勝てば、我らは軍を引き揚げる、こちらが勝ったら、そちらは砦まで軍を引くのだぎゃ」

 ゴブリン族の老人が、耳障りな甲高い声で叫んだ。魔法で拡声しているのか、リーリエたちのところまで、その声は聞こえてきた。


 何かの罠とも考えられたが、やがて勇者軍の中から二人の少年が進み出てきた。そして、魔王軍の中からも、二匹の魔物が出てきた。一匹は、例の巨大なトカゲ姿の戦士、もう一匹は、丸々と太った、これまた二メートルを優に超える巨体のオークだった。


「では、わしが審判をするぎゃ。二人以外が手を出したら、即負けだぎゃ、いいな?」

 二人と二匹は、静かに頷いた。


「リザード族長ガルスと勇者の決闘、始めるぎゃっ!」


 リザード族長と勇者リオンは、それぞれの武器を手にゆっくりと前に進んでいった。



♢♢♢


《リーリエ視点》


「ふむ……もはや、勝負は見えたな……」

 私が不安でいたたまれない気持ちで見ている横で、ヒューイットがつぶやいた。


「まだ戦いは始まっていないのに、どうして分かるの?」


 私の問いに、彼は柔らかい微笑みを浮かべて答えた。

「私には、魔力とは違う、〝神気〟というべきものが見えるのだ。恐らくそれは、〝私を滅ぼす力〟なのだろう。それが見えるということは、言わば、自己防衛機能として身についた能力だと考えられる。

 そして、その神気の強さが、その者の強さだということだ。今、見るに、あの勇者の少年は、さすが勇者というべき圧倒的な神気を放っている。対して、リザードの戦士は……」


 彼は最後の方をはっきりとは言わず、首を静かに左右に振った。そして、眼下で繰り広げられている戦いは、彼の言葉通りの結果になった。


 リザード戦士は、その巨体に似合わない運動能力で、リオンの周囲を激しく動き回り、長い槍の連続突きを繰り出した。しかし、リオンはその動きをすぐに見切ったかのように、最低限の動きと防御でかわしながら、二度、三度と相手の槍を大剣で叩いていた。

 そして、四度目にリオンが気合いの声とともに、突き出された槍を叩いた時、なんと、槍が先から三分の一の辺りでぽっきりと折れてしまったのである。


 リオンは、そのまま前に走って、茫然と立ち尽くすリザード戦士に〝なぎ払い〟を一閃した。

「グギャアアッ!」

 リザード戦士は、腹部から血を噴き出してながら、ゆっくりと後ろに倒れていった。


「そ、それまでギャッ!」


 ゴブリン老人の声が響き渡り、それまでやんやの喝采を上げていた魔王軍は、シーンと静まり返った。

 リオンは、周囲を見回しながらゆっくりと大剣を鞘に納め、ロナンとともに自軍へと引き上げていった。勇者軍の中では静かな興奮とどよめきが上がった。


「さて、終わったようですね。では、私も自分の城に帰りましょう」


「ヒューイット様……」


「呼び捨てで構いませんよ。まあ、私としてはヒューイット伯爵の方が慣れていますかね」


「……では、ヒューイット伯爵、かなうものなら、勇者にお力添えを、それが無理なら、どうか、あなたを敵にする事態にならないよう、お願いします」


 真祖吸血鬼の伯爵は、少し寂し気な笑みを浮かべて地面に目を落とした後、顔を上げて私を見つめた。


「悲しいことに、私は魔王に協力するという誓約書に署名した。それが、魔王に我が国を蹂躙させないための策だったとしても、奴が倒れるまでは、その約束を守らねばならない……。ただ、これだけは誓おう、私は魔王軍に加担して勇者、ひいては人間たちを襲うつもりは、金輪際ない。もし、そのような事態になったら、単身魔王と刺し違えてでも、拒否するつもりだ。

 これで良いかな、リーリエ殿?」


 私は片膝をついて、頭を下げた。そして、亜空間から例の転移門の石の箱を取り出した。


「む、ど、どこからそれを……?」


「伯爵様、ありがとうございます。あなたの信義に対して、私も信義でお答えしましょう。どうか、これをお受け取り下さい」


「お、お嬢様、いいのですか?」

 プラムが心配して止めようとしたが、私は彼女に言った。

「伯爵様は、自らが吸血鬼で、しかも魔王軍と誓約を交わしたことまで打ち明けてくださった、その気になれば、すぐにでも殺せる私たちに……。これが、どういうことか分かるでしょう?」

 プラムは、じっと下を向いて考えてから、顔を上げてしっかりと頷いた。

「分かりました」


 そして、彼女は私の手から石の箱を受け取ると、感動に胸を詰まらせていた伯爵のもとへ持っていき、差し出した。


「こ、これは?」


「それは、私とあなたを繋ぐ魔法の扉です。今はそれだけを信じてください。お城に戻られたら、周りに誰もいないとき、これをどこか広い場所に置いてから、紙に『用意できた』と書いてこの上に置き、魔力を流してください。紙が消えたら成功です。

 私は紙を見つけたら、お返事を送ります。だから、できればこの箱を誰にも気づかれないように、机の中とかにしまっておいてください」


 私の言葉に、伯爵は狐につままれたような表情だったが、とりあえずその箱を大事に手で持って、貴族式の挨拶をした。

「そなたを信じて、言われた通りにしよう。では、今日はこれにて失礼する。また、どこかで会えたら幸いだね」


 彼はそう言うと、微笑みを浮かべながらマントを体に巻き付けた。そして一匹の大きなこうもりに変身すると、優雅に空へ舞い上がり、一回くるりと私たちの上を回ってから、北へ向かって飛び去っていった。


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