72 リーリエの策略
リオンたち勇者パーティと討伐軍が出発する日が、十一月十五日ということに決定した。彼らはいきなり魔王の根城に向かうのではない。途中にある魔王軍の拠点(そこには魔王軍の幹部の拠点も含まれる)を一つ一つ潰しながら進んでいくのである。
私はこの情報をリオンから直接受け取った。どんな方法でかって? ふふ…それはもちろん〝転移魔法〟よ。
プロリア公国を訪れた時、リオンとロナンに二つずつ、〝出口門〟を刻んだ魔石入りの石の箱を渡していたのよ。それによって、手紙や物のやり取りが一瞬でできるようになった。なにしろ、転移するときと同じように、入り口の方から魔力を流しながら「出口の門よ、開け」と命じて手紙を入れると、出口の方に手紙が現れるのだ。
リオンもロナンも、あまりのことに言葉を失っていたけれど、その後は狂喜乱舞のありさまだった。近くにブレンダさんとイリスさんがいなかったからよかったものの、二人の頭が変になったと思われたかもしれない、それほどの喜びようだった。
「マジックバッグから、そんな魔法を思いつくなんて……本当に先生はどんな頭をしているのか、覗いてみたいです」
リオンが興奮冷めやらぬ顔で言った。
そりゃあ驚くよね。私だって、前世でラノベやアニメを見た記憶が無かったら、こんな魔法、想像さえしなかったと思う。
「……やっぱり、姉様は神様の生まれ変わりだと思う……」
ロナンが真面目な顔で、変ことを言い出した。
「こらこら、またイリスさんの話を蒸し返すつもり?」
私は顏では笑いながらそう言ったが、内心はロナンやリオンに対して後ろめたい気持ちになっていた。
(神様の生まれ変わりじゃないけどね。前世の記憶を持って生まれ変わった異世界の人間なのよ。しかも、なぜか女神さまたちにえらく気に入られてね、すごい能力や加護をもらっているの……)
「ごめん……でも、姉様がすぐ来てくれると思うと、なんだか魔王との戦いが全然怖くないんだ」
私はロナンの頭を抱き寄せて、優しく髪を撫でた。
「ありがとう…でも、油断しちゃだめよ」
「うん、分かってる」
ロナンが甘えるように顔をすり寄せながら頷いた。
「じゃあ、これをそれぞれ二つずつ、大事にマジックバッグの中に入れておいてね。来てほしい時は、これを地面に置いてメモを送ってくれればいいから」
リオンとロナンは、プラムから石の箱を二つずつ受け取りながらしっかりと頷いた。
これで、いざという時には二人を転移させて救出できるようになった。もちろん、いきなり襲われたり、闇魔法等で操られたりしたら、石の箱を設置できないだろう。それでも、かなり生存確率は上がったはずだ。他のメンバーや兵士たちも救いたい気持ちはやまやまだが、敵に利用されるリスクを考えると、やはり、このことは二人に限定した方が賢明だろう。
まあ、あとは、二人の使い方次第だ。そこは、彼らに任せようと思う。
♢♢♢
そして、転移魔法が実際に使われる日は意外にも早く訪れた。それは、プロリアで二人と別れた日からひと月も経たない頃だった。
『姉様、この手紙は今、ラビナ山の野営地で書いています。僕たちは魔王討伐に出発して三日後、このラビナ山にあったオークの居住地を襲撃しました。作戦は成功し、オークの大半は倒し、居住地を破壊することができました。しかし、その残党がいたのか、次の日、つまり昨日ですが、かなりの数の魔物の軍団がラビナ山に向かって来ているという報告がありました。明日は、山のふもとで決戦になると思います。
このテントの地面に石の箱を埋めておきます。よかったら、来てくれませんか。後ろから見守ってくれるだけで安心して戦えます。 ロナン』
私がベッドの脇で、女神ラクシス様とアポロトス様への祈りを捧げているとき、その手紙がポトリと、部屋の隅に置いていた石の箱の近くに落ちてきたのだ。
私は手紙を読んだ後、すぐにプラムの部屋に行って相談した。
「……分かりました。私もご一緒いたします。ただし、奥様のご出産も間近ですので、ご心配をおかけしないように短い時間にしましょう」
「うん、そうだね。様子を見て、長引きそうなら、私たち二人で介入して敵の数を減らしましょう。たぶん、あの四人なら大丈夫だと思うけど」
「はい。では、明日の朝食後に出発ということで」
私たちは相談を終えると、少し緊張した気持ちでベッドに入り、次の日の朝を迎えた。
「私とプラムは、ちょっとギルドに用事があって出かけてくるわ。お昼には間に合わないかもしれないから、待たなくていいからね」
朝食を食べながら、なるべく軽い口調で両親とおばあちゃんにそう告げた。
「そう……危ないことはもうしないでね」
臨月まで、あと二週間となったお母さんは、少し疑わしげな顔でそう言った。
「うん、大丈夫だから……」
ウソをつくのは心が痛むけど、今は仕方がないと自分に言い聞かせる。
お父さんとおばあちゃんも、何か私の心を見透かしていたようだったが、何も言わなかった。
♢♢♢
朝食後、私たちはいったん馬車でイルクスに向かって出発した。そして、途中の北の森の中で、私だけ馬車から降りた。
「では、街に馬車を置いてきます」
「うん、ごめんね、手間を掛けさせて。箱はそこの木の根元に置いておくから」
「造作もありません。では、後ほど」
プラムは、にっこり微笑むと馬車を出発させて去っていった。彼女の足なら、街に馬車を預けてから二十分もかからず戻ってくるだろう。でも、私は一刻も早くロナンたちの様子が知りたかった。
プラムが去った後、さっそく石の箱を取り出して魔力を流し門を開く。そして、思い切ってその門の中へ飛び込んでいった。
「おっとっと……」
勢いあまってよろけそうになりながら、体を起こし辺りを見回すと、そこはロナンが手紙に書いていた通り、テントの中だった。私は、耳を澄ませて外の様子をうかがった後、そっとテントの入り口から顔を出した。
すでに、勇者の軍勢は出発した後だったようで、辺りに人の気配はなかった。さらに、遠くから戦いの声も聞こえてこない。つまり、まだ魔王軍との戦いは始まっていなかったのだ。
私は周囲を見回して、山の麓が一番よく見える場所を探した。というのも、今いる場所は周囲に木が多くて、下の様子がよく見えなかったからだ。
右手の方に、高い崖が見える。おそらく、このラビナ山の頂上だろう。木も生えていないようなので、そこへ向かうことにする。
かなり急な斜面だったので、慣れない私はふうふう息を切らしながら、少しずつ上っていった。そして、十五分くらいかかって、ようやく頂上にたどり着いた。
息を整えながら、さっそく崖の端っこへ用心しながら近づいていき、下の様子を見た。
私の目に映ったのは、整然と隊列を組んで陣を敷いた勇者軍と、まだ遠くの方から少しずつ近づいてくる膨大な数の魔物の群れだった。
(わっ、あれ、まずいんじゃない? すごい数なんだけど……)
私はやや茫然となって、地平線を埋め尽くすかのような魔物の群れを見つめていた。
「お嬢様、ここにおられましたか……」
背後からプラムが、やや息を切らしたような声で近づいてきた。
「うん、ここが一番様子がよく見えると思ってね。見てよ、プラム、すごい魔物の数だよ」
私が指さす方向に目を向けたプラムは、しばらくじっと見つめていたが、やがて私を安心させるような落ち着いた声でこう言った。
「……数は確かに多いですが…ほとんどが有象無象の連中ばかりです。さほど心配は無用かと……ただ、前の方に少しばかり厄介そうな連中がいますね」
索敵スキルにますます磨きがかかってきたプラムは、今や距離が離れていても、相手の魔力や強さを感じ取れるほどになっていた。だから、彼女の言葉は、私を少し安心させてくれた。
「っ!」
不意に、プラムが戦闘態勢になって身構え、後ろを振り返った。
「何奴、それ以上近づいたら容赦しません!」
プラムの声に背後を見ると、二十メートルほど後方の空中に、銀髪の背の高い男が浮かんでいた。黒いスーツをきっちりと着こなし、黒いマントを羽織っている。
「おっと、失礼。怪しいものではありませんが、こんな登場の仕方では、怪しまれても仕方ありませんね……」
男はふわりと地面に降り立つと、優雅に貴族の挨拶をしてこう続けた。
「……私は、イアン・ヒューイット、海の向こうのゲールランド大陸にあるヒューイット公国の領主をしている。どうぞ、よしなに」
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