70 勇者パーティの新装備
《リーリエ視点》
なんとか私の能力に探りを入れようとするセドル伯爵に、少しばかり意地悪な言い方で拒否の意思を表明したのだが、予想以上に、伯爵は慌てて弁解を始めた。
「あ、いや、そなたを警戒しているわけではない。宰相という仕事柄、優秀な人材には強く興味を惹かれてな…いや、だからと言って、そなたを雇い入れたいとか、そういうつもりではない、単に個人的な興味なのだ……」
あれ、私ってそんなに怖い顔してたのかな? 伯爵様、そんなに言い訳しなくてもいいですよ。
「……おお、そうだ、リオンたちも待ちわびていよう、すぐに呼びにやらせるから待っていてくれ」
「あ、いいえ、わざわざ呼んでいただかなくても、こちらから行きます。どこにいるのですか?」
「ああ、彼らなら、いつものように鍛錬場にいるはずだ。では、オースティンに案内させよう。私は、また王城に戻らねばならないが、夕食は共にするつもりだ。それまで、どうかゆっくりしておいてくれ」
「はい。痛み入ります。では、そのようにさせていただきます」
私は伯爵とともに立ち上がって、頭を下げた。
伯爵はドアのところで、執事らしい男性と何か一言二言言葉を交わしてから、軽く私たちに一礼して去っていった。
さすがは一国の宰相、まだ若いが、彼との第一弾の対面は文字通り、目に見えない剣を交えるような緊張感にさらされた。まあまあ上手く立ち回れたのではないだろうか。
「鍛錬場へご案内いたします。どうぞこちらへ」
執事さんの声に、私とプラムは彼の後について鍛錬場へと向かった。
♢♢♢
「姉様っ!」
さっそく私の姿を見つけたロナンが、子犬のように(今では私より背が高い大型犬だが)走って飛びついて来た。
「わっ、もう、ロナンたら…ふふ……もうあなたの方が体が大きいんだから、気をつけなさい」
「ああ、ごめん、久しぶりだからうれしくて、つい……」
ロナンはそう言うと、照れくさそうに赤くなって私から離れた。
「先生、プラムさん、お久しぶりです。ようこそおいでくさいました」
リオンが見知らぬ女性二人と一緒に近づいてきた。
「ありがとう、リオン。元気そうで何よりだわ。そちらが手紙で知らせてくれた新しい仲間の方たちね」
「はい、新しい勇者パーティの二人です。僕たち四人で魔法を討伐します」
「頼もしい仲間が加わったのね。良かったわ」
私が喜んで手を叩くと、リオンが嬉しそうに頬を緩めた。
「お初にお目にかかる。私は、ブレンダ・ボーグ。元奴隷で剣闘士だったが、三年前に奴隷から解放され、今は冒険者として生きている。どうかよろしく頼む」
見上げるような背の高い、逞しい体の女性がそう挨拶して、丁寧に頭を下げた。よく見ると、茶色と金色のまだらの髪の間に、同じ薄茶色の短い毛におおわれた三角形の突起が二つ出ている。
(わあ、すごい、本物の獣人族だ。生まれて初めて見る……ファンタジー……)
顔を上げたブレンダさんは、私がキラキラした目で見ているのに気づいて、少し戸惑った顔をした。
「あ、あの、聖女様…」
突然、そんな声が、ブレンダさんの隣から聞こえてびっくりした。見ると、イリスさんが、何やら先ほどまでの私のように、目をキラキラさせて私を見ている。
「は? え? 私?」
「はい、その白銀の御髪、ただならぬ神気、古くからの伝承にある聖女様のお姿そのままですわ」
うわ、やばい。確か、この人巫女だったわよね。まさか〈鑑定〉とか持ってないでしょうね? とにかくこれ以上、詮索されるのはまずいわ。
「ちょ、ちょっと待って。それは、とんでもない勘違いよ。私は、普通の人間よ。ロナンが一番よく知っているわ、ね、ロナン?」
私の言葉に、ロナンはなぜか困ったような顔で小さく頷いた。
「う、うん……たぶん、人間だと思うよ。でも、聖女って言われれば、そんな気がしないでも……」
おいっ……巫女に洗脳されてるんじゃないわよ、ロナン、しっかりしてよ。
「何バカなこと言ってるの? しっかりしなさい。お父さんやお母さんが人間じゃないって言うの?」
「あ、いや、そうだね。ごめん……イリスさん、姉様は普通の両親から生まれた人間だよ」
「そう…ですか……聖女様も元々人間だとは思うのですが……いえ、失礼しました、どうか忘れてください」
ふう……この一連の流れは、疲れた……。リオン、そんな目で見ないで。まったく、もう……。
「お嬢様、例の物を……」
プラムが、変な雰囲気になった空気を変えてくれた。
「うん、そうだね。リオン、ロナン、例の地竜の革の防具、できたよ」
「わあ、やったあ」
ロナンは素直に喜びを表現し、ロナンは静かに頷いて、嬉しそうに微笑んだ。
プラムが、いったん入り口のドアから出て、すぐに大きな布袋を引きずりながら戻ってきた。もちろんマジックバッグから出すところを見られないためだ。ロナンが走り寄って、プラムの手から布袋を受け取り、肩に担いで持ってきた。
「もしかして、あの、ボーゼスで討伐したという地竜なのか?」
ブレンダはボーゼス王国出身なので、もちろん私たちの地竜討伐のことは聞いて知っていた。
「そうだよ。あの時の地竜の表皮を、先生が一流の鍛冶職人に頼んで防具に仕立ててくださったんだ」
リオンの言葉に、ブレンダもイリスも感嘆の声を上げて布袋を見つめた。
ロナンが袋から中身を取り出し、ベンチの上に並べていった。
「これが鎧だね。すごく軽くて、かっこいい…。そして、これは籠手(ガントレット)と脛当て? あれ……でも、これ四つずつあるよ」
「うん、鎧は、サイズが二人のものしかわからなかったから二つしか作れなかったけど、籠手と脛当ては、ベルトでサイズが調整できるから、新しいお二人の分も作ってもらったの。ご自分の愛用のものがあると思うけど、良かったら使ってみてね」
「おお、われわれの分まで……ありがたい。さっそく試させていただこう」
ブレンダが感激して頭を下げた後、ガントレットと脛当てを身につけ始めた。
リオンとロナンも鎧を装着し始める。サイズはリオンのものがやや大きいので、間違うことはなかった。色は地肌がオリーブグリーン、びっしり並んだ分厚いうろこの部分は、元のままで琥珀色の渋い輝きを放っている。
頭からすっぽり被るアーマー型だが、左腰の上の部分は開いていて、太いベルトでサイズを変えられるようになっている。腰の下部には前後左右に自由に動き、急所をカバーする腰当てが付いていた。
全員が装備を装着し終えて並んだ姿は、統一感と高級感のある〝勇者パーティ装備〟そのものだった。
「これはすばらしい……違和感が全くない……早く実戦で試したいものだ」
ブレンダが目を輝かせて、体を動かしながら言った。
「リオン、ロナン、籠手に付いている魔石の説明、後でよろしくね」
私の小さな声に、リオンとロナンはしっかりと頷いた。
私はゲンクさんが作ってくれた防具を家に持ち帰った後、籠手と鎧に手を加えて、例の〝結界〟を使った追加防御を装着していたのだ。それぞれに付いている魔石に魔力を流すと、籠手には楕円形のラウンドシールドが、鎧には体の周囲を覆う防御結界が出現する。
「よし、じゃあ、このまま少し実践練習をしようか」
リオンの言葉に全員が頷き、四人は鍛錬場へ出ていった。
私とプラムは、その鍛錬の様子をベンチに座って楽しく見学した。そして、確信したのだ。彼らなら、きっと魔王に勝てると。
私には、もうこれ以上の援助はできないが、いざという時には〝転移〟を使って、参戦することも考えていた。しかし、彼らの鍛錬する姿を見て、その必要はない、と信じることができたのだった。




