6 初めての魔法 1
「知っているよ……ママもね」
父さんは、私を優しく膝の上に抱き上げて、髪をなでながら言った。
「自分のステータスは、成人した後で、教会でお金を払えば、教えてくれるんだ。かなり高い金額だけどね。冒険者に登録していれば、冒険者ギルドで協会より少し安い値段で教えてくれる。パパもママも、冒険者ギルドに登録して教えてもらったんだ」
うわ、また、やばい事実が発覚した。もしかして、私のように自分のステータスが見れるのはレアなことなの? えっ、待って、今、すごい考えが頭に浮かんだ。
(ひょっとして、父さんや母さんのステータスも見えたりして……いや、まさかね……でも、もし、できたら……ああ、もう、考え始めたら試したくなるじゃない)
「ん? どうしたんだ、リーリエ? そんな怖い顔をして……」
私は意を決して、両親にステータスについて打ち明けることにした。
「パパ、ママ、私ね、自分のステータスが見れるの」
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はい、予想通り、数秒間の長い長い沈黙がありまして、両親とも顔から血の気が失せていましたが、さすがに男です、父さんが先に我に返って口を開いた。なぜか、声を潜めて……。
「リ、リーリエ、そのことは、パ、パパたち以外の誰かに話したかい?」
「ううん、誰にも言ってないよ」
私が首を振ってそう言うと、両親はほっとしたように顔を見合わせて抱き合った。
(え? そんなに大変なことなの? だって、教会やギルドで教えてくれるってことは、そういうスキルが広く世間一般に知られているってことでしょう?)
そんな私に疑問に答えるように、父さんが優しくこう言った。
「いいかい、リーリエ、そのスキルは〈鑑定〉って言ってね、とても珍しい、貴重なスキルなんだ。そして、ここからが大事なんだが、〈鑑定〉のスキルを持っていると知られたら、国の仕事をしなければならなくなるんだ……」
(そうそう、〈鑑定〉だったね、アニメとかで出てくる相手の能力が分かる魔法の一種。私はまだ自分以外の人の能力が分かるか、試してないけど……でも、国の仕事を無理やりさせられるのは嫌だなぁ……あ、じゃあさ……)
「秘密にすればいいんじゃない?」
私の言葉に、父さんも母さんも頷いた。
「うん、できるだけ人に知られないようにしよう。ただ、同じ〈鑑定〉のスキルを持っている人には見破られるだろう。だから、これからは注意しようね」
「うん、分かった。ええっと、あのね、パパとママのステータス、見てもいい?」
両親は顔を見合わせて、小さく頷き合った。
「ええ、もちろんよ。ママたちも興味があるわ」
「うん、二人でギルドに行って診てもらったのは、もう五年以上前だったな。あ、そうだ、ちょっと待っててくれ」
父さんはそう言うと、リビングを出ていったが、一分ほどで戻ってきた。
「忘れないように、二人のステータスを記録していたんだ。五年で変化があったかどうか、確かめたいからね」
そう言いながら、父さんは一枚の羊皮紙を手に戻ってきた。
「ああ、でもね、私、自分のステータスしか見たことないの。他の人のを、どうやって見るのか分かんない……」
「ええっと、自分のはどうやって見るんだい?」
両親はごくりと唾液を飲み込みながら、興奮を抑えるように私を見つめた。
「ええっとねぇ…この辺を見ながら……ステータス、オープン! ほら、こんな感じ」
私は、目の前に現れた半透明のボードを指さしながら言った。
ところが、両親はなぜか目をきょろきょろ動かしながら、戸惑ったような顔をしている。
「え? どこにあるの、リーリエちゃん?」
「パ、パパたちには何も見えないんだが……」
うわあ、またまた驚きの発見。今、私が見ているボードは、他の人には見えないらしい。まあ、でも考えてみると、それは当然だよね。〈鑑定〉持ちに、勝手にステータスを見られていることが分かったら、大騒ぎになるもんね。
「そっかぁ……じゃあ、私が見えたものを言うから、パパ、その記録と照らし合わせてみてくれる?」
「あ、ああ、分かった……それにしても、リーリエは難しい言葉をよく知っているね」
あ、まずいかな? でも、幼児言葉に翻訳するの大変なのよ。かんべんしてね、パパ、ママ。
「う~ん、でも、どうやったらパパやママのステータスが見れるのかな?」
「さっき、やったみたいに、ステータス、オ……なんだっけ?」
「オープンよ、レビー」
「そうそう、それをやってみたらどうかな?」
「うん、分かった。やってみるね」
私は、まず父さんの方を向いて、父さんの胸のあたりに意識を集中しながら、
「ステータス、オープン」
と、叫んだ。
その声に驚いたのか、ドアを開けて、弟ロナンを抱いたプラムが入ってきた。
「ど、どうだい? 見えるかい?」
父さんの問いに、私は泣きそうな顔で首を振った。
「何も出てこない……やっぱり、自分のものしか見えないのかなぁ?」
「ああ、リーリエちゃん、泣かないで……自分のものが見えるだけですごいんだから……」
母さんが優しく抱きしめてくれる。
「そうだぞ……それに、一回じゃ分からない、練習すればできるようになるかも、いや、きっとできるようになるさ」
父さんも、私の側に来て、そう言いながら優しく頭を撫でてくれた。
ああ、前世とは何たる待遇の違い……でも、前世の両親も本当は私に優しくしたかったのかもしれない……ほら、日本人て、愛情表現が苦手じゃない、特にスキンシップなんか苦手だから、一度も抱きしめてくれなかったり、頭を撫でてくれなかったのも仕方がなかったのよ、うん、きっとそうよ……そうだと信じよう。
「あの、もしかして、リーリエ様の魔法の練習をなさっているのですか?」
私たちの様子を見ていたプラムが、そっと尋ねた。
「ええ、そうなのよ。でも、うまく発動しなかったの。あ、そろそろロナンにおっぱい飲ませなくちゃ。ありがとう、プラム」
母さんはそう言うと、プラムからロナンを受け取って、おっぱいを飲ませるためにいったんリビングを出ていった。
「リーリエお嬢様……体の中の魔力の流れは感じられますか?」
プラムの問いに、私はきょとんとして首を振った。
「ううん、分かんない。魔力の流れ?」
「はい。魔法を発動するときには、まず、使う魔法のイメージをしっかりと思い浮かべ、その後、魔法を発動する場所に魔力を集める必要があります。例えば、手とか足とか、体全体とか……」
おお、そうなんだ。知らなかった。じゃあ、私はステータスを見るときに、知らないうちに〈目〉に魔力を集めていたのかしら……?
それにしても、プラムはなぜ魔法のことを詳しく知っているの?
「プラムって、魔法に詳しいんだね?」
私の言葉に、プラムはぱっと赤くなって、ちらりとお父さんの方を見てから、何か申し訳なさそうに言った。
「あ、はい……黙っていたのですが、私は少しだけ水魔法が使えます。旦那様、隠していて申し訳ございません」
「おお、何を言っているんだ、そんなことは少しも気にしない、むしろ、喜んでいるよ。今後、リーリエに魔法の家庭教師を雇おうかと思っていたが、プラムがやってくれるなら、これ以上の先生はいないからね」
「あ、そ、そんな……私は魔力が少なく、洗濯の時、桶の中の水を回すくらいしかできませんので、お嬢様のお役にはとても……」
プラムは恐縮して断ろうとしたが、私はニコニコしながら彼女の前に立ってお辞儀をした。
「これから、よろしくお願いしますね、プラム先生」
こうして、私の初めての魔法の先生が決まった。




