64 勇者の仲間選び 1
「おじさぁん、こんにちは~」
私が入り口から声をかけると、いつものように作業を途中で放り出す〝ガラガラガシャン〟という音が奥から聞こえてきた。そして、ドタドタと足音が聞こえ、髭もじゃの大男が汗まみれの姿で現れた。
「リーリエ、よかった、無事に帰って来たんだな……よかった……」
「おじさん…なに泣いてるのよ、もう……ほら、持ってきたよ、地竜の素材」
私も思わずもらい泣きしそうになりながら、慌ててマジックポーチから地竜の表皮を取り出した。
「うおおっ、おい、こんな量はいらねえ、この半分で充分だ」
土間に積み重なったごつい表皮の山を見て、ゲンクさんは驚いて叫んだ。
「うん。じゃあ、残りは約束通り、おじさんにあげる。だから、二人分のすごい防具を作ってね」
「ああ、今まで誰も身に着けたことのないような、最強の防具を作ってやる。だが、そのためには、二人の体のサイズをだな……」
「ふふん…そこはぬかりないわよ。はい、これ」
私は自慢げに、ポーチからメモ用紙を取り出しておじさんに渡した。その用紙には、二人の体のサイズが、詳細にメモしてあった。
ゲンクおじさんはにやりと微笑んで親指を立てた。
「よし、ばっちりだ。出来上がりは、そうだな……」
おじさんはしばらく考えていたが、やがて小さく頷いてこう言った。
「……ちょいと素材を仕入れに王都まで行くから、半月、今月の末までには完成させてみせる」
「うん、分かった。じゃあ、お願いね」
私が頷いて帰ろうとすると、おじさんが慌てて引き留めた。
「おい、ちょっと待て……地竜退治の話を詳しく聞かせてくれ」
ああ、そうか、そりゃあ聞きたいよね。でも、すぐに終わっちゃうんだけどね。でも、せっかくのお願いだから話してあげよう。
♢♢♢
《第三者視点》
プロリアに帰ったリオンとロナンは、まず、国王レイモンド二世に地竜討伐に成功したことを報告し、はく製にした地竜の首を献上した。その後、セドル伯爵家に帰って、オルドア大陸の各国から選ばれた勇者パーティのメンバー候補者たちの選定に取り掛かっていた。
「僕、ほんとうにロナンと二人だけで十分なんだけどなあ……」
候補者たちのプロフィール書きを眺めながら、リオンがため息を吐いた。
「まあまあ、そういうわけにもいかないからさ。うーん、ケガした時のために、治癒能力を持った人は必要だと思うよ。それと、盾役だね」
年下のロナンが、なだめながらそう言った。
「うん……じゃあ、その二人を選ぶことにしようか」
二人は相談しながら、十枚近くの書類の中から、三枚の書類を選び出した。
〈治癒能力〉を持つ者の人選は簡単だった。というのも、その能力を持つ推薦人物は一人だけだったからだ。それは、ガーランド王国のパラス神教本山神殿の巫女をしている第三王女イリス・ガーランドだった。彼女は現在十六歳で、リオンより一つ年上だった。
〈盾役〉の人選は難航した。候補は二人だった。一人は東のブレイドン王国から推薦された二人の内の一人、ハンク・バーネットという近衛騎士で、もう一人は南のボーゼス王国から推薦されたS級冒険者、ブレンダ・ボーグという女性だった。女性の盾役というのは非常に稀有の存在だが、よくプロフィールを読んでみると、彼女は獣人で、奴隷剣闘士として王都の闘技場で十年間無敗のチャンピオンとして君臨し、その功績を認められて三年前奴隷から解放され自由の身になったらしかった。
「……すごい人がいるもんだね。どうする、この女の人にする?」
「う~ん……すぐには決められないな。やはり、実際に会って、どういう人かを見てみないとね」
リオンの言葉に、ロナンも同意した。
「そうだね。じゃあ、君の御父上にこの三人に来てもらうようにお願いしよう」
二人は頷き合って、書類を手に王城へ向かった。
彼らの要望は、すぐに承諾された。そして、王の名前で親書が三か国に届けられることになった。
「その三人で良いのか? 魔法使いの候補も二人いるが」
宰相でリオンの父ユアン・セドル伯爵は、息子とその親友に尋ねた。
「はい、大丈夫です。魔法は、ロナンと僕の二人で十分だと思います」
「ふむ……では、剣士はどうだ? 打撃を与えるものが多い方がいいのではないか?」
リオンは少しの間、言いにくそうに口ごもっていたが、おもむろに強い視線を父親に向けた。
「父上、私は〝命を懸けた戦い〟で、最も大切なものは〝仲間との信頼〟だと思っています。確かに〝数の優位〟は戦いを有利にするでしょう。でも、それは私の援護をする騎士団や……父上が密かに組織しておられる〝別動隊〟がいれば十分でしょう」
「む…いつ、誰からそれを……」
「もう、ずいぶん前です。まだ、僕たちの力を誰も信用していなかった頃……父上はご存じなかったかもしれませんが、周囲から、いろいろな声が僕たちに届くように聞こえてきたんです。その中に、父上が手練れの別動隊を集めているという噂が混じっていました。人の口には、なかなか戸は立てられませんね」
「い、いや、それは……」
「いや、別に気にしていません。人とはそういうものですから。だからこそ、自分の命を預ける仲間は、本当に信じられる者だけにしたいのです。ですから、この三人が、もし、信用に足りない者たちだったら、僕たちは二人だけで魔王と戦います。その方が、成功する確率は高いと思っています」
セドル伯爵は、その時、息子が自分を越えたことを実感した。知識や経験、策略などはもちろん、まだ自分の方が上だが、人間としての器、いや魂の格ともいうべきものが、自分と息子は違うと伯爵は思った。
(さすがに神は見ておられる。リオンは、確かに私の息子だが、生まれる前から〝神の息子〟だったのだ)
「うむ、分かった。陛下にはそのようにお伝えしておこう。だが、私は私でできるだけのことはするつもりだ。そう思っていてくれ」
「はい。父上が宰相として、失敗を許されないお立場であることは承知いたしております。では、鍛錬に戻ります。失礼します。ロナン、行こう」
リオンはそう言って頭を下げると、父の執務室から足早に出ていった。
「し、失礼します」
ロナンも慌ててぺこりと頭を下げ、リオンの後を追った。
♢♢♢
それから一週間後、プロリア公国に三台の馬車が相次いで入国した。彼らは近衛騎士団の出迎えを受け、王宮に向かった。
「ほお、では、われわれは勇者殿に試されるわけですかな?」
王宮での晩餐会の席で、宰相のセドル伯爵から日程の説明を受けたブレイドン王国の近衛騎士ハンク・バーネットは、やや不満げな表情で声を上げた。
「勇者とともに命がけで戦うメンバーですからな。慎重に選ぶ必要があるのです」
伯爵の答えに、バーネットは一段とムッとした顔になり、さらに何かを言いかけたが、隣に座った身長二メートルを超える逞しい体の女性剣闘士が、静かに口を開いた。
「当然のこと。承知いたしました」
彼女の毅然とした答えに、バーネットも口を閉じざるを得なくなり、憮然とした顔でワインをあおるのだった。
一方、もう一人の候補者、ガーランド王国第三王女イリスは、そんなやり取りには興味なさそうに、黙々と料理を口に運んでいた。教会の中の生活で、質素な食事に慣れていた十六歳の王女にとって、目の前に並んだ豪華な料理の数々は、心を奪うのに十分な魅力を放っていたのだ。
彼らは二日間王宮で歓待を受けた後、三日目の朝、いよいよ勇者リオンと面会するために、セドル伯爵邸へと向かった。




