63 《閑話》 地竜討伐こぼれ話
リーリエたちの地竜討伐は、最初から異例づくめだった。というのも、当時、この辺りでは、地竜がちょくちょく地上に出てきて、サルマン近郊のオアシスで水や獲物を求めて暴れ回っていたのである。こんなことは、王国が成立してから一度もなかったことだ。
普段は、獲物を求めて砂漠に姿を現すとき以外は、たいてい地下深くに迷路のような穴を作って生活している地竜が、なぜ頻繁に姿を現すようになったのか。ボーゼス王国でも、大きな問題として、兵士や冒険者を派遣して調査が開始されたところだった。
そんなタイミングで、「勇者が地竜討伐に来る」という公式の知らせが届けられたのだ。王国としては、実にありがたい話だったのである。
異例の中でも、異例だったのは、実際の地竜討伐だった。
この世界の人々の常識では、通常、こうしたドラゴン種の討伐には、一国の軍隊を丸々投入するくらいの戦力が必要だった。もちろん、この世界にも、リーリエが前世のラノベやアニメで見たような、ドラゴンを一人で倒す〈英雄・豪傑〉の伝説がないわけではない。
しかし、現実的に考えて、Sランク冒険者が一人で地竜や古竜のようなドラゴンを倒せるかというと、それは無理なのである。現在、この世界にはSランクの冒険者が十数人いるらしい。しかし、その中に地竜を単独で討伐できるほどの強者はいない。どうしても、魔法の援護や、多人数でのけん制が必要なのである。
♢♢♢
「はああ? お、おい、あ、あれはどういうことなんだ? 俺たちは、何を見ているんだ?」
勇者を援護するために、ボーゼス王国から派遣された選りすぐりの冒険者たちや、兵士たちは、プロリアの騎士団とともに、呆然と眼前の光景を見つめるばかりだった。
それは、まず、地竜を見つけ出すことから始まった。
討伐隊の馬車が、サルマン近郊のオアシスの近くに止まると、先頭の馬車から黒髪の美しい女性と、銀色の髪の美少女が降りてきて、何やら砂漠のあちこちを指さしながら話をしていた。やがて、黒髪の女性が、ある場所を指さすと、銀色の髪の少女が両手を動かしながら、しばらく何かをしていた。
そして、それが終わると、少女は馬車の方へ声をかけた。一代目の馬車から、逞しい一人の男が大きな盾をもって降りてきた。さらに、二台目の馬車からは、二人の少年が勢いよく飛び出してきて、少女の近くへ歩み寄った。八人の騎士たちもそこへ近づこうとしたが、少女が何か言って手で近づかないように合図した。
その頃には、後ろに連なった馬車から冒険者たちや兵士たちも降りてきて、遠巻きに前の方を見ていた。
「皆さん、気をつけてくださあい。今から地竜を地上に出します」
少女の声が、後方の冒険者たちにも聞こえるように響き渡った。
そして、少女は再び前を向いて、両手をゆっくり動かし始めた……次の瞬間、百メートルほど前方の砂漠の一角が、ゴーッという音を上げて、大量の砂が一気に空中に舞い上がったのである。
一同が、唖然として見守る中で、空中に舞い上がった砂のカーテンの奥から、グオーッという叫び声が聞こえてきた。そして、砂のカーテンが消えた時、そこには怒りに息を荒げる地竜がその巨体を現していたのだった。
騎士たち、冒険者、兵士たちは、それを見て慌てて戦闘準備に入った。だが……
「お、おい…何かおかしいぞ」
「地竜が、一人で暴れて……あの場所から動けないのか?」
「ああっ……動けなくなったぞ」
彼らは信じられない光景を見ていた。
地中から出てきた(無理矢理引き出された)地竜は、怒り狂って、すぐに目の前の人間たちに襲い掛かろうとしたのだが、まるで〝見えない檻〟に囲まれているようにその場で暴れるだけだった。と、見ているうちに、地竜の動きがおかしくなり、ピクピクと体を痙攣させながらついに動けなくなったのだった。
「リオン、ロナン、結界を一か所外すわよ。プラムの麻痺が効いているのはせいぜい三分ぐらいだと思う。その間にとどめを刺して。ダンさん、援護をお願いします」
リーリエが後ろを振り返って、二人の少年と一人の男に言った。
「分かりました」
「うん、分かった」
「ああ、防御は任せておけ。お前ら、何回失敗してもあきらめるんじゃねえぞ」
二人の少年は、しっかりと頷くと、結界の一部が解かれた側面から勇躍飛び込んでいった。ダンがその後に続く。
「ば、馬鹿な、三人だけで行かせるなど……第一騎士団、戦闘準備っ!」
「待ってっ! 三分だけ、邪魔しないで見ていてくれませんか」
「じゃ、邪魔だとっ、貴様ぁっ!」
ルーク・ゴダードが怒りに詰め寄ったが、リーリエはもう相手をせず、リオンとロナンの方に目を向けた。
「リオン、いいかい、行くよ」
リオンを肩車したロナンが、腰をやや落としながら言った。
「うん、お願い」
大剣を肩に担いで、ロナンの肩に乗ったリオンが頷く。
「やあああああっ!!」
ロナンはリオンを肩に乗せたまま、大きな気合いの声を上げてジャンプした。そして、リオンはその勢いを利用して、ロナンの肩を強く蹴った。
リオンは飛鳥のように空中に舞い上がると、眼前に迫った地竜の喉に鋭い視線を向け、そのまま空中で前に一回転した。
「てやああああぁっ!!」
気合いの声を上げながら、一回転した勢いをそのまま大剣に乗せて、リオンのすさまじい一撃が地竜の喉を一メートル半ほど切り裂いた。
グヒュウウウッ! うめき声と大量の息が漏れる音が辺りの空気を震わせ、同時に大量の血液が地竜の喉の傷から吹き出し、砂の上に降り注いだ。
「さすが、リオン。よし、後は僕が引き受けた」
ロナンは、地上に着地したリオンに親指を立てて叫ぶと、両手をゆっくり回転させながら、しばし目をつぶった。そして、目を開くと……
「貫けっ、アイスジャベリンっ!!」
ロナンの手のひらから勢いよく噴き出した大量の水は、蛇のように身をくねらせながら、やがてその先端が鋭い氷の槍になった、そして、上向きに角度を変えて、一気にリオンが切り裂いた傷の中に突き刺さっていった。
「こいつはたまげた……はは……俺の出番なんて必要なかったな」
Aランク冒険者が呆れかえるほどの、完璧な勝利だった。
後方で見ていた冒険者たちや兵士たちにとっては、なおさら信じられない光景だった。
「はああ? お、おい、あ、あれはどういうことなんだ? 俺たちは、何を見ているんだ?」
「俺に聞くな……とにかく、勇者とその仲間ってのは…〝化け物〟だってことさ」
♢♢♢
「お疲れ様。はい、お水、氷を入れたから冷たくておいしいよ」
リーリエは、大役を終えて帰ってきた二人を迎えねぎらった。
「先生、どうでしたか? うまくやれたでしょうか?」
リオンは、カップを受け取ると、飲む前に真剣な顔でそう尋ねた。
「ねえ、ねえ、僕もよくやったでしょう? ちょっと、魔力切れになりそうだけど……」
水を一気に飲み干したロナンが、膝に手をついて肩で息をしながら訊いた。
「ふふ……うん、二人とも合格、満点だったよ。よくここまで鍛錬したわね」
リーリエの言葉に、二人はいかにも嬉しそうにガッツポーズをし、握手をした。
「さて、じゃあ皆さんに解体作業をお願いしてくるわね」
リーリエはそう言うと、プラムと一緒に後方にいる冒険者たちの方へ向かった。
その後の展開も異例だった。
「ええっ! じゃ、じゃあ、俺たちが残りの素材をもらっていいのか?」
「ええ。私たちが欲しいのは、二人分の防具の素材となる分の表皮と魔石だけですから、後は皆さんで仲良く分け合ってください」
冒険者たちや兵士たちまでもが、うおおおっ、という大歓声を上げた。そして、我先にと息絶えた地竜のもとへ駆け出していったのだった。
こうして、〝勇者一行〟による地竜討伐は終わるとともに、長く語り継がれる伝説の始まりとなった。
その伝説の中心は、勇者リオンとその右腕ロナンだったが、なぜか、彼らを助けるために天から降りてきた二人の美しい天使のことが、少しだけ語られていた。




