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61 砂漠の王国へ 1

「……そういうことは早く言え、心臓が止まるかと思ったぞ」


「ごめんなさい。でも、あくまで、まだ予定だから。今日、早馬で手紙を出すわ」


 ようやく落ち着いたギルマスとダンさんは、ふうっと息を吐いてソファに座った。

確かに、勇者になった今、リオンは勝手に動くことは難しいかもしれない。そのときは、ロナンだけでも来てくれると、戦力としてもありがたいのだが……。


 ああ、それにしても、こんな時、魔法で〈転移〉できたら楽なんだけどな。本気で研究してみようかな。空間魔法なら、できそうな気もするんだよね。


「じゃあ、その手紙の返事を待って、改めて計画を立てるとしよう。俺は広場の向かいの《夢見の馬車》って宿屋に泊まっている」


「はい、分かりました。では、返事が来たら呼びに行きます」


 ということで、その日は解散となった。


 ギルマスのおかげで、思いがけずAランクの助っ人がついてきてくれることになった。本当にありがたい。正直なところ、魔王討伐前にリオンとロナンを危険な目にあわせることに少し抵抗があったのだ。〝鍛錬〟だと自分に言い聞かせてはいたが……。ダンさんが一緒なら、本当に良い鍛錬になるだろう。


 ギルドを出た私は、街の〈運送屋〉へ向かった。このイルクスの街には二軒の運送業の店がある。一軒は大きな荷物を専門に運ぶ店《グレイズ商会》、もう一軒は手紙や小さな荷物を専門に運ぶ店《グリフィン商会》だ。


 私はグリフィン商会で、リオン宛てに手紙を書いた。そして〈早馬〉の代金を支払った。代金は金貨三枚という高額な値段だ。これは距離によって値段が変わってくるが、普通の運送に比べて、十倍以上高いのが相場だ。馬の乗り換えや護衛のいない道中の危険度を考えると、仕方がないとは思う。(ああ、転移魔法が使えたら……)


 ちなみに、貴族の早馬は、主に腕に覚えのある兵士の仕事だが、一般の早馬は、冒険者への依頼になる。一回で何日分も稼げるのだから大人気の依頼だ。

 もう一つ余談になるが、《グリフィン商会》の〝グリフィン〟は、ライオンの体に鷲の頭と羽、蛇の尻尾を持つ神獣の名前だという。前世でも、確か〝グリフォン〟という名前の同じような神獣がいた記憶がある。

 もしかして、グリフォンさん、神様の使いとして、いろいろな宇宙を飛び回っているのかしら……その姿を思い浮かべたら、なんか可愛い気がした。



♢♢♢


 丘の家に帰った私は、さっそくプラムにその日のことを報告した。


「なるほど……では、そのダンという男は信用できると?」


「うん、大丈夫だと思うよ。ギルマスの友達らしいから」


「分かりました。では、返事が来たら出かけられるように準備を進めましょう」


「ところでさあ……」

 私は、皮をむき終わったジャガイモをお湯を張った鍋に入れながら、プラムに言った。

「……転移魔法って、練習すれば使えるようになると思う?」


 ボアの肉を細切れにしていたプラムは、ちょっと手を止めて上を向いて考え込んだ。身重になってきたお母さんの代わりに、今は私たちとおばあちゃんで主に料理を担当している。今日の昼食は、ボア肉と野菜の香草炒めとジャガイモとチーズのマッシュポテトだ。


「そうですね……名前があるということは、過去に誰かが使ったとか、記録が残っているとかだと思います。それに、転移魔法が空間魔法と同じ種類なら、出来ないことは無いと思うのですが……」


「うん、そうなんだよね。たぶん、発想の転換が必要だと思うのよ。あとで、ちょっと研究するから、付き合ってね」


「はい、もちろんです。あっ、お嬢様、お湯が沸騰してます」


「わわっ、危なくやけどするところだったわ」

 私は、手を引っ込めて魔導コンロの火を弱めた。


 昼食後、片付けをすませてから、私とプラムは丘の上に向かった。ここは、私たちが鍛錬をするのに絶好の場所だった。


「さて、何から始めればいいのか、さっぱりね」

 私とプラムは、丘の上に設置した休憩用のベンチに座って微笑み合った。


「私、考えたのですが……お嬢様が土魔法で穴を掘るとき、掘った土がいったん別の空間に収納されますよね?」

 プラムが、その美しい人差し指を立てながら言った。


「うん、そうね」


「あれって、一種の〈転移〉だと考えられませんか?」


 私は、思わず「あっ」と叫んで立ち上がっていた。

(うわ、完全に見落としていた。あんなに衝撃的な体験だったのに……)


「そうよ、確かにそうだわ、すごい、プラム、さすがね」

 恥ずかしそうに、しかし誇らしげに頬を染めて微笑むプラムの手を握って、叫んだ。そして、そよ風に揺れる林の木々の間を歩きながら、考え始めた。


「…ということは……物体をマジックバッグに収納するときも、物体は亜空間に転移していると考えることができるわね……じゃあ、もし、私とプラムが同じ亜空間を共有していたとしたら、二人が離れていても、プラムが収納した物体を、私が取り出せるってこと?」


 プラムは目を輝かせて立ち上がった。

「面白いです。やってみましょう、お嬢様」


 共有亜空間は、以前、私とプラムで作ったことがある。今、私たちが着けている腕輪がそうだ。だが、プラムが収納したものを私が取り出す、ということはしたことがなかった。というのも、収納した物体には、収納した人物の魔力が関連付けられていて、他の者では取り出せないと思っていたからだ。


 プラムは、私から十メートルほど離れると、近くの木の根元に生えていたキノコ(私たちがよく食用に使うポルチーニに似たキノコ)を採って、亜空間に収納した。

 私は、ドキドキしながら、キノコをイメージして亜空間から出てくるように命じた。

「あっ……で、出たっ! 出たよ、プラム」


「やりましたね、お嬢様っ!」


 私とプラムは駆け寄って、手を取り合い、楽しく笑いながらそこらじゅうを飛び跳ねた。


「でも、まだまだ第一歩だよ。この原理を応用して、〈転移門〉のようなものを作らないといけない。それに、人間が亜空間に入って大丈夫か、それも確かめないとね」


「はい。頑張りましょう。きっとお嬢様なら、できます」


 こうして、私とプラムの〈転移魔法〉の研究が始まった。

 教科書もなく、先生もいない、全く最初からの取り組みだったが、とてもやりがいがあり、面白い研究だった。私たちは、空き時間を見つけては実験や話し合いを繰り返した。その過程は、私のメモ帳に記されている。

 私のメモ帳は、もう六冊目になった。日記だったり、アイデアの走り書きだったり、よく分からない殴り書きが雑然と紙面を埋めていたが、それは、まぎれもなく、私がこの異世界で生きた証であり、宝物だった。



♢♢♢


 リオンからの返事の手紙が早馬で届けられたのは、ギルドでダンさんと初めて会ってから五日後のことだった。もっと時間がかかるかと思っていたが、意外に早かった。

 そこに書かれていた内容を要約すると、次のようなものだった。


・ 今、自分たちはプロリア公国の王城で、訓練をしながら、一緒に旅をする仲間がそろうのを待っている。各国から、選ばれた精鋭たちが集まってきている。その中から、リオンとロナンが、役割に応じた人選をすることになっている。


・ 地竜討伐のことをセドル伯爵に相談した。すると、ある条件のもとで許可が下りた。それは、プロリア近衛騎士団から選りすぐりの八人を同行するというものだ。自分としては不満だが、仕方がないので、その条件で同意した。そちらに到着するのは、七月の十日頃になる予定だ。


 そうか、まあ、仕方ないわね。勇者に万が一のことがあったら取り返しがつかないからね。

 十日というと、あと五日か。じゃあ、そのつもりで準備をしよう。ああ、ダンさんとギルマスにも伝えておかないといけないわね。


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