57 リーリエ式セーフガード
リオン・セドルが、ポーデット家に嵐をもたらした夜が明けた。
この日、リオンはすぐにでもプロリアに帰る予定だったが、ロナンが仲間になることを承諾し、一緒にプロリアに行くことになったので、ロナンと家族とのお別れの時間を考慮して、あと二日間丘の家に滞在することを決めた。
「では、われわれはいったん引き上げる。何かあったら、いつでも我々を頼ってくれ。では、いずれまた」
朝食後、ランデール辺境伯とシーベル男爵は、それぞれイルクスとバナクスの屋敷に帰っていった。
昼食後に、皆でイルクスの街に行くことにして、家族はそれぞれの仕事を始めた。
私とプラムは、リオンとロナンを伴って北の森へ向かった。今、私の頭の中にある二人の弱点とそれを克服する手段を確かめるためだった。
イルクスへ続く道から逸れて、明るい広葉樹の森の中へ入って行く。
「この辺りでいいでしょう。さて、リオン、まず、あなたに言っておくことがあるの」
森の開けた場所で立ち止まった私は、リオンに向き直ってそう言った。リオンは、真剣な顔で姿勢を正した。
「はい、先生、お願いします」
「実は、私は〈鑑定〉のスキルを持っているの……」
私の言葉に、リオンは一瞬口を開けて驚いたが、すぐに頷いた。
私は続けて言った。
「……あなたは、剣技、魔法の技術は、すでに高みに達していると思う。比較できる人間を知らないし、魔王の強さがどのくらいか分からないから、これで魔王が倒せると断言はできない。でも、私が知る限り、あなたより強い魔物は想像できない。ただ、まだあなたに足りないものがあるの……」
「はい、先生、ぜひ教えてください」
リオンは目を輝かせて、身を乗り出すように頷いた。
「それはね〝力〟よ。まだ、体が成長の途中なので仕方がないけれどね……あなたは、技術は十分ある、防御も良い装備と結界があれば、ある程度までは防げる……でも、防ぐだけでは勝てない、相手に、致命的な攻撃ができなければ、やがて相手の力に体力を削られて、負けてしまう。
だから、これから、あなたがやらなければならないことは、力のステータスをできる限り上げることなの」
リオンはしっかりと頷いた。
「はい、分かりました。何か効果的な方法はあるでしょうか?」
「そうね……いろいろあると思うけれど、一つは、ロナンもやっている木登りと丸太投げ、もう一つは、大剣を使った素振りね。今から、ロナンがやり方を教えるからいっしょにやってみて」
「はいっ。ロナン、よろしく」
「うん! じゃあ、木登りからいこうか」
二人は嬉々として、鍛錬を始めた。もし、その様子をそれなりの実力を持つ冒険者とか、兵士とかが見ていたとしたら、きっと驚きに腰を抜かすだろう。
ロナンが木に登る速さは一般の猿よりも速かった。リオンも最初こそロナンに負けていたが、慣れてくると互角の勝負をするようになった。
丸太投げは、さすがにリオンが強かった。一本五、六十キロはある丸太を、軽々と担ぎ上げ、気合いの声とともに十メートル近く投げるのだ。
勇者という存在は、本当に規格外だと思う。そして、なぜか悲しさを感じる。前世で見たラノベやアニメには、時にとんでもなくクズな勇者がいたが、リオンは、まったく正反対だった。
金髪で、女の子のようなはかなげな顔立ち、そしてその誠実で優しい性格……彼のことを知れば知るほど、勇者にはふさわしくないと思ってしまう。ふてぶてしさとかが全くないのだ。なぜ、神様はこんな子を勇者に選んだのだろうと、つい思ってしまう。
ちなみに、現在のリオンのステータスはこのようになっている。
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《名前》 リオン・セドル
《種族》 人族
《性別》 ♂
《年齢》 14歳
《職業》 学生
《状態》 健康
【ステータス】
《レベル》 76
《生命力》 655
《 力 》 380
《魔 力》 359
《物理防御力》 325
《魔法防御力》 323
《知 力》 230
《俊敏性》 188
《器用さ》 216
《 運 》 75
《スキル》 剣術Rnk10 槍術Rnk8 体術Rnk10
炎属性魔法Rnk7 水属性魔法Rnk8
土属性魔法Rnk5 聖属性魔法Rnk2
無属性魔法Rnk2
《称号》 勇者のひな鳥
《加護》 天空神の愛し子
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確かに、ステータスだけ見れば、まさしく〝化け物〟だ。
しかし、私はまだ安心できなかった。大切な弟を預ける相手だ。簡単に魔王にやられてもらっては困る。
私は、あまり良いとは言えない頭で、〝力〟を向上させる以外にどんなセーフガードが必要なのだろうと、必死に考えるのだった。
♢♢♢
昼食後、私たちは全員でイルクスの街に向かった。ロナンとリオンは、荷台でも魔法や剣の話に夢中になっていた。周囲に座った私たちは、それを微笑ましく見守った。
「お母さん、馬車の揺れ、きつくない?」
「うん、大丈夫よ、ありがとう、リーリエちゃん」
そろそろ動くのが辛そうなお母さんだが、つわりがないことが救いだった。
街に着くと、まずお母さんとおばあちゃんをカフェに連れて行って、プラムが二人の護衛に着いた。お父さんはチーズを市場に卸してから、お母さんたちに合流する予定だ。そして、私とロナン、リオンはゲンクさんの鍛冶工房に直行した。
「おじさん、こんにちは~」
私の声に、いつも通り、奥の仕事場からガラガラ、ガシャンと金属品が崩れ落ちる音が聞こえてきた。
「おおっ、来たか……ん? 新顔だな、お嬢のこれか?」
顔のほとんどが髭の中に隠れた、汗だくの大男が出てきて、そんなことを言いながら小指を立てた。
「バカなこと言わないで。この子はプロリアの貴族なのよ」
私の言葉に、ゲンクおじさんはビクッとして、焦ったように手拭いで顔をぬぐった。
「そ、そいつはどうも……ええっと、今日はどんな御用で?」
私とロナンは、思わずプッと吹き出し、リオンは笑い出した私たちとゲンクおじさんを交互に見ながら、困ったように苦笑した。
♢♢♢
「おお、そうだったのか……思ったより早かったな」
ゲンクおじさんはそう言うと、カウンターの後ろへ行って黒革に銀細工がほどこされた鞘に入った剣を持ってきた。
「ほら、ロナン、今日からお前のものだ」
ロナンは目を輝かせながらそれを両手で受け取ると、しばらくそれを上から下までじっと見つめていた。
「ロナン、刀身を見せて」
リオンは早く見たくて、ロナンをせかせた。
ロナンは頷いて、革巻きの束を手で握ると、ゆっくりと引き抜いていった。薄暗い店の中で、その直刀の黒い刀身が不思議な青い光を放った。




