56 ロナンの選択 2
「ごはんだよ……って、そんな雰囲気じゃないわね。喧嘩でもしちゃった?」
私の問いに、二人は同時に首を振ったり、手を振ったりして否定した。
「ううん、そうじゃないよ」
「いいえ、喧嘩なんてしません……あの…先生……」
「リオン、姉様には僕から話すよ。姉様、食事の後でいい?」
「うん、分かったわ。じゃあ、二人とも、はい、笑顔で。ふふ……そんな顔してると皆が心配するからね」
二人は頷いて笑顔を見せた。まあ、それでもぎこちなさは残っていたけどね。
いったい二人は、どんな深刻な問題に直面しているのだろう? すごく気になるけど、ロナンが話してくれるのを待つとしよう。
食堂に全員がそろって、プラムとお母さんがキッチンから料理を運び始めた。
「皆さん、少しお時間をいただいてよろしいですかな? 奥様もプラム殿もどうぞお席へ」
突然、最上席に座らされていた辺境伯が、そう言って立ち上がった。
皆は何だろうという顔で席に着き、辺境伯に注目する。
「この度、神託が下されて、リオン・セドル君が正式にこの大陸の〝勇者〟に選ばれました……」
辺境伯の言葉に、お父さん、お母さん、おばあちゃんが驚嘆の声を発して、思わずリオンの方を見ながら拍手を始めた。
私とロナン、プラムは、実は、私が密かにリオンを鑑定した結果を話していたので、予想通りという反応だった。
「……実は、神託はもう一つあります……勇者が生まれるということは、同時にもう一つの事実を意味します。そう、魔王の誕生です。デッドエンドに魔王が生まれました……」
今度は、リオンとロナン以外の全員が思わず息を飲み、視線をさまよわせた。
「……それで、リオン君はこれからプロリア公国に帰り、魔王討伐のための準備に入ります。準備というのは、装備の選定とともに、共に魔王と戦う仲間の選定、そして鍛錬が含まれます。それで……」
「伯爵様、後は食事の後、僕からお話ししたいのですが、よろしいですか?」
リオンの言葉に、伯爵は頷いて座った。
「そうだな、少々焦っていたようだ。皆さん、楽しい食事の前に、ショッキングなことを言ってしまい申し訳ない。だが、こうして私が気兼ねなく言えたのは、心に大いなる希望があるからなのだ。リオン君が勇者になったことが、その最大の希望の一つだ。
では、これくらいにしておこう。先ずは、勇者リオン君の前途を祝して乾杯しようではないか」
辺境伯の言葉に、プラムが急いで地下室から来客用の高級ワインを持ってきた。お母さんがグラスを皆に配っていく。お父さんが、プラムからワインを受け取って、皆のグラスに注いでいった。そして、グラスを持った皆が立ち上がる。
「勇者リオンの輝かしい前途を祝して、乾杯っ!」
「「「「「乾杯っ!」」」」」
辺境伯の音頭取りで、皆がリオンを見ながらグラスを上げる。しかし、誰もリオンに「おめでとう」という者はいなかった。
そりゃ言えないわよね。国にとっては名誉で、おめでたい事なんだろうけど、本人の気持ちを考えたら、とてもおめでたい気分どころじゃないはずだもの。
静かな雰囲気の中で始まった食事だったが、やがて、新鮮な野菜のおいしさ、ドレッシングのおいしさ、メインのハンバーグステーキを食べる頃には、二人の貴族が興奮して、うるさいくらいに賛辞の言葉を連発した。そして、とどめのチーズジェラートで、二人の興奮は最高潮に達した。
日頃、おいしいもの食べてるんじゃないの? って思ったけど、このジェラートは確かに食べたことがないかもね。まず、氷を手に入れるのが、この世界では難しい。うちの場合は、ロナンとプラムが水魔法の応用で氷を作っている。
〝えっ!? 水魔法と氷魔法って違う属性なんじゃないの?〟って、誰かが叫んでいる声が聞こえてきそうだ。
そう、前世の多くのラノべやアニメでは、水属性と氷属性は別の属性とされていることが多かった。私も初めはそう思っていたのよ。でもさ、氷って水が固まったモノじゃない? だったら、何とかなるんじゃないかって、気楽にやり始めたわけ。
なるべくイメージが具体化するように、冬、バケツに氷が張っている寒い日に、ロナンとプラムに、バケツに入った水を氷に変えてみろ、ってやらせたわけよ。ふふ……面白かったわ。なんと、ロナンはいきなり氷の塊を空中で作ってバケツの中に落下させ、プラムはバケツの中の水を凍らせたのよ。二人のイメージの違いが浮き彫りになった瞬間だった。
二人も面白がって、今度は逆にロナンがバケツの中の水を凍らせ、プラムが空中に氷の塊を創り出して成功させた。こうして、なんと水属性の応用で氷属性も使えることが判明したのでした。
♢♢♢
賑やかな食事が終わり、プラムとお母さんが皆にお茶を配り始めたとき、リオンがおもむろに立ち上がって口を開いた。
「ポーデット家の皆さん、おいしい夕食をご馳走していただき、ありがとうございました。今回が三度目の訪問ですが、来るたびにいつも温かく迎えてくださり、いつしか僕の中では第二の故郷のような愛着を感じています……えっと、本当はこんな形式的なことをお話するつもりじゃなくて……」
「うん、素直な気持ちを、普通の言葉でしゃべっていいよ。いつものように」
私の言葉に、リオンは思わず唇を震わせながら微笑んだ。
「分かった、ありがとう、リーリエ……」
リオンは頷くと、一つ深呼吸をしてから続けた。
「……僕は、今、とても怖い。こうして立っていても、足が震えるほど。本当は、僕には勇者なんてふさわしくないんだ。でも、僕の心の中に、もう一人の僕がいて、その僕はこう言っているんだ……『リオン、お前は知っている、魔王討伐はお前にしかできない。なぜなら、お前には最強の友がいるからだ』
僕一人では、魔王討伐はできない。でも、ロナン、君が僕の横にいてくれるなら、僕は何も恐れない、魔王も怖くない。二人ならきっと勝てると信じているからだ」
リオンの言葉が終わったとき、お母さんが悲鳴のような声を上げてお父さんの胸に泣き崩れた。私もショックのあまり、しばらく茫然となっていた。
(可愛いロナン、私の愛する弟が、魔王と戦うために、私のもとから去っていく……)
それがとても現実とは思えず、ただ、それを拒否する自分がいた。それを現実に引き戻したのは、ロナンの苦し気な、しかし決意を秘めた声だった。
「僕は…僕は、リオンと一緒に行くよ。リオンは苦しんでいる、だったら、僕は親友としてその苦しみを一緒に背負っていきたい、いや背負わなければならないんだ……」
「そんな…ううう…ロナン、行かないで……お母さんをおいて行かないで…うう……」
「母さん……しばらくの間、心配をかけるけど、絶対に生きて帰ってくるから。約束するよ、僕はロナンと一緒に魔王を倒して、必ず帰ってくる」
私は思い出していた。リオンを鑑定して、彼が天空神の加護を受け、〈勇者のひな鳥〉という称号を持っていることをロナンに教えた時、ロナンは真剣な表情になって、こう言ったのだ。
『そうだったのか……リオンがなぜ僕と友達になりたいと言ったのか、今、分かったよ』
その時は、その言葉の真意を問いたださなかったが、この時、すでにロナンは自分の運命を理解していたのだ。それ以後の、彼の熱心な鍛錬を考えれば納得できる。
重苦しい空気を打ち破るように、ロナンが元気な声で叫んだ。
「あっ、そうだ、忘れるところだった。ゲンクおじさんの店に〈黒鉄の剣〉を買いに行かなくちゃ」
「黒鉄の剣?」
「うん、イルクスの街に、ゲンクっていう凄腕の鍛冶屋のおじさんがいるんだ。そのおじさんに、お金を貯めたら買いに来るから取っておいてって頼んだ剣があるんだよ」
「うん、僕も行きたい。明日、一緒に行こう」
「おお、ゲンクなら私もよく知っていますよ。リーリエ殿の御推薦で、私の軍の武器も作ってもらっていますからな」
「父さん、牧場で働いた分じゃ、まだ少し足りないんだ。必ず返すから、お金を貸してください」
お父さんは、お母さんと抱き合って涙を流していたが、涙は流れるままロナンを抱きしめて、頭をくしゃくしゃに撫でまわしながら頷いた。
「ああ、ああ、いいとも……その代わり、必ず返すために帰ってくるんだ。また、牧場でこき使ってやるから……」
こうして、私たち一家にとっての〝衝撃の夜〟は静かに更けていった。
まだ、私の心は本当の意味で納得したわけではなかった。もし、ロナンを失うことがあったら、私にとってこの世界は、後悔と悲しみだけの転生世界になってしまう。だから、絶対にロナンを死なせるわけにはいかない。まだ、討伐の旅に出るまでには時間がある。ロナンを、そしてリオンを守り、絶対に勝たせるために考え得る限りの手を打とう。
私は、心の中で固く誓っていた。
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