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55 ロナンの選択 1

「お父さ~ん、そろそろ休憩にしない?」

 地下室のドアを開けて声をかけると、プラムお手製のマスクと手袋を着けたお父さんが、手を挙げて道具を片付けはじめた。


 我が家の食料貯蔵庫として作った地下室だったが、今やどんどん拡張されて、チーズ用の貯蔵庫になっていた。

 お父さんは、毎日ここでまだ新しい大きなチーズの円盤を塩水で磨くかたわら、程よく固くなったものに白カビをまぶす作業をしている。

 この白カビは、私とプラム、ロナンの三人で森に行き、辛抱強い実験の末見つけ出したものだ。


 できたてのカッテージチーズを小さく分けて、森の中の木の台に置いておく。そのままだと森の動物や魔物が食べてしまうので、小さな隙間を開けた〈結界〉で覆っておく。すると、数日のうちに、チーズの表面に赤や緑、白や黒など様々なカビが発生してくる。

 私は、どうもブルーチーズやゴルゴンゾーラなどの青カビ系は好きではなかったので、白カビで質の良いモノを探した。そして、見つけ出したのが、今、使っている白カビなのだ。


 今や、「カシの葉印」のチーズは、高級ブランド品として、王国全土から引く手あまたの状態だった。需要に供給が追い付かず、値段はうなぎのぼりになっている。

 十年前、商売に失敗したお父さんだったが、今はその頃とは比べものにならないくらいの資産家になっている。でも、お父さんはこれ以上事業を拡大しようとは考えていなかった。家族に不自由ない暮らしをさせることができれば、それで十分だと考えていた。


「お疲れ様、ピナスのパイを作ってみたの、食べてみて」

 丘の南側に作ったテラスで、家族全員と従業員の二人がテーブルにつき、午後のティタイムが始まる。

 レモンに似た果実ピナスの果汁をカスタードクリームに混ぜたパイを焼き上げて、お母さんが玄関から出てきた。

 そのお母さんだが、最近かなりぽっちゃり体型になってきた。三十六歳なので、まだ中年太りには早すぎるし、活動的に働いているので怠け太りでもない。なぜだろうと思っていたら、実は、なんと三人目の子どもを妊娠中だったのだ。今、五か月になったところだ。

 お父さんもお母さんも、最初家族に打ち明けた時は、高齢妊娠なので心配だと言っていたが、私はもちろん、ロナンもおばあちゃんも大喜びで、協力することを約束し、お母さんも産むことを決心したのだった。


「わあ、これ、おいしい!」

「うん、うまいね。ピナスの香りが何ともさわやかだ」

「これなら十個くらい食べられるよ」

「おいしいねえ、外も軟らかくて年寄りにはありがたいよ」

「すばらしいです。パイ皮の塩加減も絶妙ですわ、奥様」


 パイは、家族にはもちろん、従業員の二人も絶賛するおいしさで、お母さんは自慢げに胸を張ってポーズをとった。エプロンをポッコリ膨らませたおなかが、幸せそうに日差しに輝いていた。



♢♢♢


 その日の夕方のことだった。いつものように、夕食まで丘の上の林で剣の素振りをしていたロナンが、慌てたように家の中に飛び込んできた。


「馬車が二台、こちらに向かって来ているよ。一台は、たぶんリオンの馬車だと思う」

 ロナンの声に、私たちはいっせいに玄関に向かった。


「お嬢様、あのままだと、馬が結界にぶつかってしまいます」


「あ、そうだった、忘れていたわ」

 私とプラムは走り出して、大きく手を振りながら馬車に止まるように合図した。丘の周囲と牧場には、柵の代わりに結界を張っていたのだ。


 私たちは結界の門の内側に立って、馬車を止めた。


「先生、プラムさん、お久しぶりです」

 先頭の馬車から降りてきたのは、ロナンの予想通りリオンだった。


「リオン、お久しぶり。ちょっと待ってね、結界を解くから」


「リオン、久しぶり。来てくれたんだ」

 私たちを追いかけて来たロナンが、嬉しそうな声を上げた。


「ロナン、会えてうれしいよ」

 〈結界〉が解けると、二人は嬉しそうに駆け寄って握手をした。


「どうぞ入ってください。馬屋はこっちの裏手にあります」

 私は御者たちに声をかけて、北側へ誘導した。馬車が馬屋へ移動した後から、二人の立派な身なりをした二人の貴族が、辺りを見回しながらやってきた。


「やあ、これはリーリエ殿、わざわざ出迎えていただき感謝する……ときに、お屋敷が見えぬが、どこまで歩くのかな?」


「とうとう来ちゃいましたね、辺境伯様、男爵様」

 私はカーテシーで挨拶した後、少し意地悪く言った。


「ああ、いや、すまぬ。緊急の用があってな…いや、私ではなくリオン殿のな。詳しい話は中でしたいのだが……」


「分かりました。ふふ……ご案内しますわ、我がダンジョン館に」

 私はそう言って、わけが分からない様子の二人の貴族を、丘の家に案内していった。



♢♢♢


「いやはや、驚いた……丘の下にこんな立派な屋敷があったとは……」


「いったいどうやって造られたのですか? 私には想像もつきませんが……」


 辺境伯と男爵は、ダンジョン型の家の中を見回しながら呆れたようにつぶやいた。


「難しかったのは設計段階ですね。実際に作るのは、土魔法を使ったので割と簡単でしたよ。さあ、どうぞこちらへ。大事なお話は、夕食の後にいたしましょう。今夜は、とっておきのオークの熟成肉を使ったハンバーグステーキと我が家の菜園で採れた野菜のサラダ、そして食後にはチーズジェラートをお出ししますよ」


「おお、それはぜひご相伴に預からねば」


 石の通路を通って、お二人をリビングに通した。家族がそこにそろって並び、挨拶をした。初めて辺境伯と男爵に会うお母さんとおばあちゃんは、とても緊張していた。


「これは、ランデール辺境伯様、シーベル男爵様、お初にお目にかかります、ソニア・バローズでございます」


「おお、先代バローズ騎士爵の奥方様でしたか。父の代からよく仕えてもらって感謝しております。すると、レブロン殿は……」


「はい、娘レーニエの婿でございます」


「レーニエ・ポーデットでございます。む、娘が大変お世話になっております」


「いやいや、お世話になっているのはこちらの方です。もっと報酬を受け取って欲しいといつも言っているのだが、なかなか受け取ってくれなくてな、あはは……」


 辺境伯の笑い声が響き、ようやく緊張がほぐれて、私たちは一緒の食堂へ移動した。


「あら、ロナンたちがまだみたいね。リーリエ、呼んできてくれる?」


「は~い」

 私は返事をして、ロナンの部屋へ向かった。


「ロナン、入るわよ?」

 部屋のドアをノックすると、一瞬間を置いて、ロナンの返事が返ってきた。


「あ、ああ、どうぞ……」


 何かただならぬ雰囲気を感じながら、ドアを開いて部屋の中に入ってみると、部屋の中にはリオンとロナンが向かい合って、お互いに視線をそらすように下を向いて立っていた。


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