52 二つの神託
その日、ランハイム王国の王城は、朝から物々しい空気に包まれ、場内の一角にある会議室の周辺は厳重な警備網が敷かれていた。
王城には次々に徒歩で、あるいは馬車で国内のすべての貴族たちが招集され、王城の中へ急ぐように入っていった。
理由は、三日前、天空神パラスの巫女が受けた神託だった。しかも今回は、二つの神託が同時に下された。それを聞いた国王は、すぐに早馬を出し、国内各地にいる貴族たちに非常招集をかけたのである。
その神託とは、要約すると以下のような内容だった。
一、『デッドランドの地に魔王が生まれた。その地を守護する古竜は討たれ、オーガの強者が古竜の心臓を食らった。オーガの強者は進化し、強大な力を得て、デッドランドのすべての魔物たちを支配下に置いた』
二、『神はこのことをすでに前もって知っておられた。そして、魔王に対抗する勇者をすでに定めている。その者は、プロリアの地の水龍の家に生まれ、よく鍛錬と勉学に励み、勇者にふさわしい魂の持ち主でもある。すべての国はこの勇者のもとに団結し、来るべき魔王の襲来に備えるべし』
会議室に急ぎ駆けつけた三人の辺境伯がそろったところで、議長役の宰相エイブラム侯
爵がおもむろに立ち上がった。
「では、ただ今から緊急の御前会議を開催する。本日の議題は、すでに連絡済みとは思うが、『天空神パラス様からの御神託』についてである。まず、陛下からのお言葉をいただく」
すべての貴族たちが頭を下げる中で、国王セイクリッド・ランハイムが、玉座から静かに口を開いた。
「皆の者、ご苦労である。先ほど宰相が述べた通り、三日前、神より神託が下された。今日はその内容を皆で吟味し、今後のわが国のとるべき行動について話し合ってほしい」
貴族たちが「はっ」と返事をして頭を上げると、再び宰相が会議を進め始める。彼が手を上げて合図すると、後ろに控えていた文官たちが各貴族の机上に二枚の紙が置かれていった。
「今配られた資料の一枚目に、今回の神託の内容、二枚目にこの大陸の略図が書いてある。誰からでも質問、意見を言ってくれ」
すぐに数人の手が上がった。宰相に指名されたベルスタイン侯爵が立ち上がった。
「僭越ながら、陛下にお伺いしたい。勇者は隣国の小国プロリアに生まれたとか。なぜ、装備もままならないような国に生まれたのか、我が国ならば、伝説の装備もあり、勇者にふさわしい優秀な若者もあまたそろっている、勇者は我が国に生まれるべきだった。私はそう考えておりますが、陛下はどうお考えですかな?」
彼が話し終えると、先ほど手を上げていた数人の貴族たちが「そうだ」「その通り」と、侯爵を支持する声を上げた。
セイクリッド王が答えようとしたとき、後ろの方に座っていた人物が声を上げた。
「陛下、代わりにお答えしてよろしいですかな?……」
「ノーランか、うむ、頼む」
王の許可を得て立ち上がったのは、エルフで王都の学園長であるノーラン・エル・ルファプだった。
「……ありがとうございます。では、ベルスタイン侯爵にお答えします。まず、神託そのものについてのお尋ねでしたが、これは神の御意思であり、我々が計り知ることなどできないこと。むしろ、それに異議を唱えることは、神への冒涜にも等しいと言わざるを得ません……」
ルファプ学園長の歯に衣を着せぬ指摘に、ベルスタイン侯爵は怒りに歯ぎしりをして、学園長を睨みつけた。
侯爵が反論しようとする前に、学園長はさらに続けて言った。
「……次に、我が国には勇者にふさわしい優秀な若者が、あまたそろっている、とのご指摘ですが、侯爵が念頭に置いておられる若者とは、誰のことですかな? 具体的に何人か、名前を挙げていただけませんか?」
その問いに、侯爵は怒りに顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「それは…学園長である貴公が一番よく知っているであろう。王都の学園には優秀な若者たちがそろっておるのではないか?」
「はて……確かに、学園の生徒は皆優秀な生徒ばかりですが、勇者にふさわしい生徒がいるか、となると、そうですな、私が思い浮かべるのは一人だけですな」
学園長の言葉に、誰もがその生徒の名前を知りたがったが、代表するかのように、セイクリッド王が口を開いた。
「ほう、その生徒とは誰のことかな、聞かせてくれぬか?」
王の問いに、学園長は胸に手を当てて頭を下げた後、きっぱりとした口調でこう答えた。
「プロリア公国セドル宰相の御子息、リオン・セドル君です」
その答えに、セイクリッド王のみならず、数人の貴族以外は、誰もが納得顔で頷いた。
「なるほど、神託通り、プロリアの水龍の家の子だな」
セイクリッド王はそう言うと、ベルスタイン侯爵に目を向けた。
「オデール、どうじゃな?」
問われて、ベルスタイン侯爵は頭を垂れながらも悔しさに歯ぎしりをしながら答えた。
「はっ……し、しかし、勇者にふさわしい装備は、我が国に……」
「それは、当然、プロリア公国に貸し出すべきでしょう。失礼、意見を述べて良いですかな?」
そう言って立ち上がったのは、ランデール辺境伯だった。
彼は宰相が許可するのを待って、こう続けた。
「ご神託にあった通り、今は大陸のすべての国が心を一つにして、魔王に対抗すべき時。勇者にふさわしい装備があれば、喜んで提供し、ふさわしい人材があれば、喜んで協力させるべきではござらぬか?」
ランデール辺境伯のド正論に、誰も反論する者はいない。
王が口を開いた。
「うむ、もっともじゃ。では、おのおの、これはと思う装備を今週の末までに王城へ届けるように。同時に、推薦する若者の名簿も提出してくれ。それらがそろったところで、勇者に選んでもらうことにしよう。ジョアン(エイブラム)、それでよいな?」
「はっ。皆の者、聞いたとおりである。おのおの急ぎ領地に帰り、装備および人材の選定を済ませてくれ。御前会議は、来週二日に再び開催する。本日はこれにて終わる。総員解散」
宰相の言葉に、貴族たちはいっせいに立ち上がって、会議室を出ていく。
「おのれ、くそエルフに、堅物辺境伯め、わしに恥をかかせおって……」
会議室を出た後、ベルスタイン侯爵は口にくわえたハンカチの端を引き裂く勢いで、怒りをあらわにした。
「まったくでございます。あのバカ者どもは……」
「なんとか痛い目に遭わせてやりたいものですな」
腰巾着の貴族たちの囲まれながら、王城の外に出た侯爵は、ふと笑みを浮かべてこう言った。
「ふふ……我が家の家宝〈バルシュタット〉の剣は、絶対提供などせぬぞ。それに、人材については、すべてわしの息がかかった若者にしてやる。見ておれよ、愚か者ども……」
小さな不穏を抱えながらも、勇者リオン・セドルの旅立ちの日は刻々と近づきつつあった。




