48 リーリエ、精一杯頑張ります 1
馬車の旅の二日目、私たちはガーランド王国の入り口の街、パラネッタに着いた。馬車は王国が用意していた駐屯地に入っていった。ここでもう一泊して、明日王都ガーランドに向かうことになっている。
「お二人には、宿の一部屋を取ってあります。ご案内します」
馬車から降りたら、兵士さんの一人がやって来て、そう言った。
ありがたい。ここまでの道中は野営だったから、仕方なく男ばかりの野営地で馬車の荷台に結界を張って寝泊まりしていたのだ。こういう所は、辺境伯は抜け目がないのよね、ちょっと悔しいけど……。
次の日、再び馬車の旅が始まり、いくつかの街を経由して、夕方近くにようやく王都ガーランドに到着した。
王都では、各国の援軍も続々入城していて、街は歓迎ムードで盛り上がっていた。建国以来、こうした外国の軍隊を常に受け入れてきたガーランド王国だったので、宿営地も完備され、立派な宿舎も建てられていた。
「長旅、お疲れ様。明日からの予定を打ち合わせておきたいのだが、良いか?」
私たちが馬車から荷物を下ろしていると(マジックバッグがあるから、見かけだけの衣類や食料が入ったリュック)、ラズモンド騎士爵が近づいてきて言った。
「分かりました。場所はどこで?」
「私の部屋がいいだろう。お茶をご馳走するよ。じゃあ、この荷物を部屋に運ぼう」
彼はそう言うと、二つのリュックをひょいと肩に担いで歩き出した。
私とプラムは、あわてて彼の後を追う。待って、待って、部屋がどこか、私たちもまだ知らないのよ……と思っていたら、騎士爵はちゃんと知ってたみたいで、宿舎の一番端の部屋にさっさと入っていった。
「では、着替え等済ませたら、この宿舎の隣の管理棟に来てくれたまえ。衛兵に聞けば部屋の番号を教えてくれるはずだ。かくいう私も、まだ自分の部屋を知らないのでな、あはは……」
うん、さわやかだね。まあ、三十くらいだからもう結婚してるだろうけど、外でもきっとモテモテなんだろうな、この野郎、ふふふ……。
そんなわけで、私たちは着替えを済ませると、隣の宿舎に向かった。騎士爵の部屋は門番さんが教えてくれた。
その番号の部屋のドアをノックすると、すぐに騎士爵がドアを開けて笑顔で出迎えてくれた。
「さあ、どうぞ。男の部屋だから、殺風景だけどね」
まあ、兵士用の宿舎だからね。それでも、机とクローゼット、ベッドに応接用のソファとテーブルがある。さすがに隊長クラスの部屋だ。
「これでも、お茶はいつも自前の物を持ち運んでいるんだ」
彼はそう言って、すでに用紙されていたティポットとカップをトレイに載せてテーブルの上に置いた。
「私がお入れします」
プラムがそう言って、ティポットを持ち、優雅な手つきで三つのカップにお茶を注ぐ。騎士爵も満足そうに微笑みながらそれを見ていた。
♢♢♢
「では、打ち合わせに入ろうか。ここから国境の砦までは約四百リード、馬車で一日という距離だ。どちらを先にするかという問題だが、できれば砦の方を先にやってもらいたい。少しでも魔物が近づかないようにできるなら、兵士たちの負担が減るからね」
「分かりました。砦を先にやりましょう」
私の返事に、騎士爵は満足の笑みを浮かべて紅茶をすすった。
「ラズモンド様、この王都の全体地図は手に入りますか?」
「ああ、そのことだがな……さすがに防衛戦略上、王都の見取り図は王城以外には持ち出せない決まりになっている。だが、それでは君たちの仕事もやりづらかろう。そこで、これから王城に行って、宰相殿に王都の地図を作る許可をもらってくるつもりだ」
「地図を作る、ですか?」
「うむ、本来ならそれも許されないことだが……君たちが、王都で一番高い塔の上から、自分の目で眺めて、略図を作ることを許可してもらおうと思っている」
「なるほど……確かにそれなら作業ができそうです。よろしくお願いします」
「ああ、分かった。では、私はさっそくこれから王城に行ってくる。君たちは、明日の出発に備えてゆっくり休んでくれ」
こうして、打ち合わせが終わり、私たちは自分の部屋へ帰った。
「なかなか物わかりのいい人で助かったね」
私の言葉に、プラムは頷きながらも、何か気になることがある様子だった。
「何か気になった?」
「いいえ、些細なことなのですが……」
プラムは少し言いよどんだ末、もごもごした声でこう言った。
「あのお方の私を見る目が、何か嫌で……」
おっと、そうだったの? 全然気づかなかったよ。まあ、プラムほどの美人さんなら仕方がないけどね。でも、案外お似合いなのでは……と思って、調子に乗ったわたしがバカでした。
「ふふ……いいじゃない、玉の輿に乗れるかも……」
「冗談でもやめてください。私は男など興味が……い、いえ、だからと言って女に興味があるわけでは……あの、つまり……」
「ご、ごめん、本当に悪かったわ。そうよね、プラムは、ずっと私の側にいてくれるんだものね……でも、自分の幸せまで犠牲にしてほしくはないわ」
私が頭を下げてそう言うと、プラムは改まった態度で私に向き直った。
「私は、お嬢様にお仕えすることが幸せなのです。他に何も望みはありません。ずっと、生涯、お仕えさせてください」
「プラム……」
私は思わず涙をぽろりとこぼしながら、この忠実無比のメイドの手を握った。
♢♢♢
翌日、空はどんよりと曇り、今にも雨が落ちて来そうな天気だった。
私たちの乗った馬車は、王都から三百キロ余り離れた国境の砦に向けて出発した。途中に村や街はいくつかあるが、砦まで百キロの地点からは、全くの無人荒野である。
「全隊、止まれえっ! 前方に魔物の群れ発見、総員戦闘準備をして集合せよ」
戦闘を馬で進んでいた、辺境伯軍の騎士が後ろに向かって叫んだ。
私たちも防具を身に着けて外に出ていった。
「えっ、あれって完全に魔物の軍団じゃないか。ここで待ち伏せしていたとしか思えん」
側にいる魔導士兵の一人が、前方を見てつぶやいた。
確かに、道を塞いでいるのは、先頭にランドウルフの群れ、その後ろにゴブリンの集団、そしてその後ろには、オークの集団が隊列だった。
「魔導士隊、先制攻撃を。弓士隊、それに続け。その他は隊列を組んで微速前進」
隊長の指示に従って、各自が移動を開始する。
私とプラムは、魔導士兵の中に混じって、攻撃魔法の準備を始めた。準備と言っても、私たちは無詠唱なので、魔力をスムースに移動させるだけだ。
「君たちは戦わなくていいんだよ」
ラズモンド騎士爵が私たちの後ろに来てそう言った。
「そういうわけにはまいりません。ここにいる兵士さんたちとは、浅からぬご縁がありますから」
私がそう言い終わるのを待っていたかのように、隊長がロングソードを振り下ろした。
「先制攻撃、開始っ!」
その声と同時に、魔導士たちが一斉に呪文を唱え始める。だが、私とプラムは目で呼吸を合わせて魔法を放った。私が炎の魔法、プラムが水の魔法だ。先ず、私の魔法が魔物たちの頭上から巨大な火の玉を落とし、魔物たちを焼き尽くした後、プラムが周囲に延焼しないように水で消火する。いつも森の中で群れを相手にするときやってきた方法だった。
「は? えっ……い、いや、まだ動いているやつがいるぞ。冒険者たち、掃討戦にかかれ」
隊長も、周囲の兵士たちも、呆気に取られていたが、すぐに次の行動に移った。
「……驚いたな……すまんが、君たちを誤解していたようだ。話を聞いた限りでは、闇魔法を使う呪術師だと思っていたが……普通に魔術も、しかもあんな大魔法を……それに詠唱もしていなかったように見えたが……」
ラズモンド騎士爵は、少し青ざめた顔で、真剣な目を私たちに向けながら言った。おそらく、彼の中で、私たちの危険度が急激に上がったのだろう。
「あはは……さすがは先生、いつもながらお見事です」
「まったく、少しは我々の活躍の分を残してくださいよ、先生」
「もう、先生一人で充分なんじゃないか?」
私が騎士爵に答えようとしていると、周囲の魔導士さんたちが苦笑しながら口々に私たちを讃えてくれた。




