46 ギルドの依頼
《作者から》
小さな勇者リオンが探し求めていた〝親友で忠実な従者〟がロナンだったこと、読者様方の予想は当たっていたでしょうか。リーリエだと思っていた方が多かったのではないでしょうか。良かったら、感想でお聞かせください。
いよいよ今回の話から、第三章になります。今後とも応援よろしくお願いします
私、リーリエ・ポーデットは十四歳になりました。
本当に、十四年間、この異世界でよく生き延びたと思う。これも、加護をくださった女神ラクシス様、アポロトス様たちのおかげだ。感謝いたします、女神様たち。
「今から街に行くけど、おばあちゃん、何か買ってくるものある?」
今日は、貯まった魔物の素材を売りに行く日だ。実を言うと、もう今のポーデット家は魔物や薬草を売って糊口をしのぐような貧しい生活ではない。むしろ、大富豪に近いと言ってもいいくらいだ。
その理由は、もちろんマジックバッグのおかげだ。マジックバッグは、シーベル男爵の魔導士部隊で開発された貴重なアーティファクトとして、今や王国中の貴族や大商人の垂涎の的になっている。当然、値段も当初の予想をはるかに超えた高値がついている。良からぬ犯罪が起きないように、なるべく供給を増やそうとしているのだが、製作が追いつかない状態である。
では、なぜ魔物の素材を売りに行く必要があるのか。理由は二つある。
一つは、私たちが使うイルクスまでの道の安全のために、定期的に魔物を駆除する必要があるからだ。それでも、道端に出てくるのが魔物なんだけどね。
二つ目は、ギルドからの討伐依頼が、このところ増えてきているからだ。お父さんと私、プラムのパーティは、現在Bランクになった。実力はAランク相当と言われているんだけど、この二年はBランクにとどまっている。というのも、Bランク以上に昇級するためには、一定のクリア条件があるのだ。
例えば、Bランクだと、まず、単独Bランクか群れでBランクの魔物を五体以上討伐しなければならない。それと、護衛任務を六回以上成功させなければならないのだ。
これに、Aランクになると指名討伐や指名探索・調査などの条件が加わるので、正直言って面倒くさいのだ。Aランク冒険者は、国の危機の時、非常招集にも応じる義務があり、これも私たちが敬遠している理由の一つになっている。
ちなみに、お父さんは、豊富な資金を元手に新しい商売を始めた。前回の痛い経験を活かし、今回はとても堅実で、一見地味な仕事だ。
「よし、チーズの積み込みも終わった。出発するぞ」
お父さんの声が聞こえたでしょう? そう、自家製チーズの製造販売を始めたのよ。
丘の南側に広がる草原を買い取って(領政局に直接お金を払って)、そこに牛を放牧し、乳を搾ってチーズを数種類作って販売しているの。もちろん、お父さん一人では大変だから、人を二人雇っている。牛舎と工房は、私の土魔法で基礎と壁、柱を、その他の部分はお父さんが大工さんになって頑張った。機械、道具類はイルクスの街の道具屋さんに設計図を描いて注文品で作ってもらった(当然、前世の私の知識が生かされている)。
「私には、アレを買ってきておくれ」
おばあちゃんが、片目をつぶってそう言った。
「うん、アレね、分かった」
私も片目をつぶって返事をした。
おばあちゃんは、今、私たちと一緒に住んでいる。三年前、私たちの新しい家が完成したとき、おばあちゃんは当然といった顔で、実家の長男夫婦に家を出て私たちと暮らすと宣言した。叔父さん夫婦は、建前上引き止めた。しかし、おばあちゃんの『もう、先が長くないんだから、好きなようにさせてくれ』という言葉に、誰が反対できるだろう。今では、むしろ以前より若返ったように、丘の家の生活を楽しんでいる。
♢♢♢
「じゃあ、チーズを市場に卸してくるよ。先にギルドに行っててくれ」
「ええ、分かったわ。ラウンジで待っているわね」
お母さんが、最後に馬車から降りて来ながらお父さんにそう言った。
私たちは、広場を通って冒険者ギルドに向かった。すでに多くの街の人とは顔見知りになっていたので、通りがかりの人たちから何度か声を掛けられ、挨拶をしながらギルドの建物の中に入って行った。
「あ、ポーデットさん、ちょっといいですか?」
ドアを開けて入ったとたん、受付のアレッサさんが私たちを呼んだ。
「どうしたんですか、アレッサさん?」
私の問いに、ギルドのナンバーワン受付嬢は、私たちを近くに手招きして、小さな声でこう言った。
「実は、ギルマスから、ポーデットファミリーに皆さんが来たら、二階の部屋まで案内するように言われていたんです。申し訳ありませんが、お時間を作っていただけませんか?」
私たちは驚いて顔を見合わせてた。
「お父さんが来るまで時間はあるわね。素材を見てもらう時間もあるし、いいんじゃない?」
お母さんの言葉に、全員頷く。
「じゃあ、私がロナンと一緒にここに残って、レビーを待つわ」
「僕も一緒に行っちゃいけない?」
ロナンは私とプラムに付いて行きたがった。
「お母さんが一人だと、たちの悪い冒険者の男に目をつけられるかもしれない。ロナン、守ってあげて」
私の言葉に、ロナンはハッとしてしっかりと頷いた。
「そんな奴がいたら、ぶっ飛ばしてやるよ」
まあ、ギルドの中だから、めったなことは無いだろうけどね。今のロナンなら、Cランクの冒険者が相手でも、負けはしないだろう。
「じゃあ、私たち二人で行きます」
「ありがとうございます。では、ご難内します」
アレッサさんはそう言うと、カウンターから出てきて私たちを二階へ案内した。
「どうぞ、お入りください。すぐにギルマスを呼んで参ります」
アレッサさんに案内されて入ったのは、立派な応接室だった。私たちが、物珍しそうに部屋の中を眺めていると、大きな足音が聞こえてきて、ドアが勢いよく開かれた。
「待たせたな。よく来てくれた。さあ、座ってくれ」
(いや、一分も待ってなかったけどね……)
私たちは、その人物の勢いに押されるように、ソファに座った。
彼がこのイルクス冒険者ギルドのバート・ラングスだ。年は四十半ばくらい、赤っぽい茶髪を短く刈り込んで、いかつい体にスーツをきっちり着込んでいる。
「今日は、レブロンはいないのか?」
「ああ、お父さんなら市場に行っているよ。もうすぐ来るんじゃないかな」
「そうか、まあいい……実はな、お前たちパーティに依頼したい仕事があるんだ」
なるほど、指名依頼というやつか。一体どんな依頼なんだろう。
「討伐ですか?」
私の問いに、ギルマスは肯定も否定もせず、胸の内ポケットから一枚の地図を取り出してテーブルの上に広げた。
「最近、魔物が増えていることは知っているな?」
私たちは黙って頷いた。もう、その現象は数年前から続いている。最近はさらに状況が悪化して、普段は出ない街のすぐ近くや街道に出没して人々に被害も出ているのだ。
「特に被害が大きいのが、ここ、隣国のガーランド王国だ。この国は、建国以来デッドエンドから溢れ出てくる魔物たちと戦ってきた。近年は国境の砦の補強も進み、やっと安心できるといわれていたんだ。だが、ここ数週間、やたら飛行型の魔物が襲来してきているらしい。砦の防御力でも、空からの攻撃にはほとんど対応できん……」
ギルマスは、そこでふうっと息を吐くと、私たちの目を向けて続けた。
「……そこで、我が国をはじめ、周辺諸国は兵士とSランク、Aランクの冒険者たちに招集をかけ、ガーランド王国への応援を決めたんだ……」
「つまり、私たちにもそこへ行けと? でも、私たちはBランクだよ?」
「いや、戦ってくれと言っているんじゃない……」
ギルマスは首を振ると、私とプラムを交互に見ながら続けた。
「お前たちのどちらかは分からんが……〈結界〉の魔法が使えるのだろう?」
ええっ! どこからバレたの? 答え次第では、大変ゆゆしき事態だ。




