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44 ロナンの決意

「さあ、入ってくれ、何ももてなしはできないがな」

 ゲンクさんは、お父さんたちにそう言って店の中に招き入れた。


「いつも安くしてくれてとても感謝してるよ」


「ガハハ……なあに、世話になってるのはこっちも同じだ、気にするな……ところで、お嬢、俺の新しい作品、診てくれるか?」


「わあ、うんっ、みる、みる」


 私の喜ぶ様子に、髭のゲンクの顔が途端にとろける。彼はうきうきと奥の仕事部屋に入っていった。


「うわあ、かっこいい剣だなあ」

 ロナンは目をキラキラさせて、そこに並んだ様々な武器を見て回っていたが、一本の剣の前に立ち止まって感嘆の声を上げた。

 それは、黒い刀身が青白い輝きを放つ珍しい片刃の剣だった。形状は日本刀に似ていたが、それほど反りはなく、直刀に近かった。


「おお、いいね。でも、まだロナンにはちょっと長すぎるかな」

 私もそれが良い剣だと思い、ちょっと鑑定してみた。


*****

 《黒鉄(くろがね)の片刃直刀》


【種別】  剣     【遠距離】 ──

【品質】  A     【近距離】 B

【攻撃】  A     【特殊】  スタンスラッシュ

【防御】  C           属性付与で属性攻撃可

【耐久】  C     【その他】 ──


*****


 おお、文句なしの高スペックソードだ。だが、黒鉄って、初めて見る材質だけど、鉄とは違うのかな。こんなときは、黒鉄に矢印を合わせて、ポチっとな……。


《黒鉄……鉄、マンガン、コバルト、ニッケルが高温高圧のマグマの中で結合した鉱物。本来、融点が異なる複数の金属が融合したものなので、高温で溶かしたまま長時間放置すると、それぞれの金属が分離してしまう。だから、加工する場合は溶解する直前に、短時間で行う必要があり、高度な技術を必要とする》


 なるほどね。下手な鍛冶屋には扱えない材料ってことか。さすがゲンクさんだね。


「かなり高いと思うけど、買って損はないものだよ。どうする、お金を貯めるまでとっといてもらう?」


 私の言葉に、ロナンは真剣な顔でじっと考え込んだ。


「さあ、これだ。お嬢、こっちへ来てくれ」

 ロナンが返事をする前に、ゲンクさんが数種類の武器や防具を抱えて仕事場から出てきた。


「は~い……」

 私は返事をしてから、ロナンを見たが、彼がまだ迷っているようなので、何も言わずゲンクさんの方へ向かった。



「まずはこいつだ。ある貴族に、娘のためにレイピアを打ってくれと頼まれたものだが……どうだ?」

 ゲンクさんは喰い気味にそう言うと、一本の細い剣を差し出した。私はそれを両手で受け取り、じっと見つめる。


「……すごいね…Aランクだよ。この、〈青銀〉って何?」


「そ、そうか、よしっ……青銀ってのはな、銀にチタンを混ぜた金属だ。固く、弾力もあって折れにくい。しかも錆びないって優れもんだ。ただ、欠点は融点が鉄より低いってことだ。つまり、炎攻撃を受けると曲がってしまうんだ」


 勉強になるなあ。これで鑑定料をもらえるんだから、私にとっては贅沢すぎる仕事だ。


「次はこいつだ。これもある貴族から買い取ってくれと、少々強引に押し付けられたものだが、それを打ち直してみたんだ」

 そう言って彼が取り出したのは、私には持ちきれないほど重く大きな大剣だった。私の代わりにお父さんが持ってくれて、私はその剣を鑑定した。


*****


《ダウリーズのバスタードソード》


【種別】  大剣    【遠距離】 B

【品質】  S     【近距離】 B

【攻撃】  A     【特殊】  アースクラッシュ

【防御】  A           薙ぎ払い

【耐久】  A           ソードバッシュ

【その他】 ──


*****


 私は思わず、口を半ば開いたまま顔を上げて、ゲンクさんを見た。


「ど、どうだ?」


 私は胸を抑えながら、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。

「ねえ、これを売りに来た貴族って、有名な人?」


「い、いや、知らねえ……相当金に困っていたらしく、これは家宝の剣だからって、三十万グルを要求してきたんだ。まあ、良さそうな品だったから、払ったんだけどよ……」

 ゲンクさんは、自分が損な買い物をしたのかと不安になったようだった。


「あのね、驚かないでよ。これは〝名前持ち〟のバスタードソードなの……」


「えええっ! ネ、ネームド、本当か?」


「ええ、ダウリーズって名前、しかもSランク、特殊能力を三つ持っているわ」


「すげえ……」「すごいな……」「まあ、さぞかしお高いんでしょうねえ」

 私の家族が口々に驚きの声(一人だけ方向が違うが)を上げた。


 ゲンクさんは放心したように、しばらく剣を見つめていたが、やがてにんまりと笑みを浮かべて髭を撫で回した。

「へへ……そうか、ネームドか。それなら、安い買い物だったかもな」


「安いなんてものじゃないわよ。へたしたら国宝級の剣じゃないの?」


「う、うむ、まあ、そうだな……よし、この剣は、いつの日か勇者が現れた時に手渡すまで、代々大切に受け継いでいこう。ありがとうよ、お嬢」

 ゲンクさんは剣を銀色の鞘にしまうと、しみじみとそう言った。


 その後、私はもう一つ彼が持ってきた、きれいな青い皮のローブを鑑定した。それは、リザードメイジの皮で作られた魔法防御力Aランクの素晴らしいローブだった。


「これもAランクだよ……特に炎耐性に優れているんだって……」


「そうか……お嬢は青が好きだったよな?」


「え、う、うん、好きだけど……」


「そいつが今回の謝礼だ。受け取ってくれるか?」


「ええっ、いや、そんな、こんな高価なものはもらえないよ」


 驚き、戸惑う私に、ゲンクさんは優しく首を振って言った。

「いや、ぜひもらってくれ。そいつはお前さんのために作ったものなんだ。それに、報酬ならこちらの方がもっと多くもらっている。お前さんのおかげで、辺境伯様から直々に軍の装備の注文をいただいたり、王都の商人からの注文も増えて、実は忙しすぎて注文を断っているほどなんだ…へへ……ゲンクの名もいよいよ全国区になっちまったよ」


 それは、ある意味当然のこととも言えた。こんな優秀な鍛冶職人が片田舎にくすぶっている方がおかしいのだ。


「分かった。じゃあ、ありがたくもらっておくね。これからも、私に手伝えることがあったら言って。できる限りお手伝いするから」

 私の言葉に、ゲンクさんは涙を隠すように鼻をすすりながら何度も小さく頷くのだった。


「よし、僕、決めたよ」

 突然、ロナンが宣言した。


 私たちが驚いて一斉に彼の方を見ると、何やら真剣な顔でゲンクさんの方を見つめている。

「ゲンクおじさん、あの剣、あと一年だけ売らずにとっておいてください。僕、一生懸命修行して、あの剣に見合うような男になります。お金も貯めます。どうか、お願いします」


 ゲンクさんは、ロナンが指さす黒鉄の剣をちらりと見て、それからロナンに目を戻した。

「よく言った、ロナン、それでこそ男だ。よし、今からきっちり一年待ってやる。あいつなら、腕のいい剣士はワイバーンの首を一刀両断できるはずだ。それくらいの腕になって、あいつを迎えに来いっ!」


「はいっ!……え、ええっと、お金はいくら貯めるといいですか?」


 ゲンクさんの笑いが爆発した。私たちもつられて笑い出した。

 ロナンは困ったような顔で私たちを見回しながら照れ笑いを浮かべた。


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