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42 小さな勇者の大きな希望

「では、お願いします」


「お願いします」


 鍛錬場の中央で向かい合った二人が互いに頭を下げる。それを楽し気に見守る男爵、少女魔導士、ケビン、そして魔法の講義を受けるために訪れた魔導士たちも、興味深げにその場に立ち止まって見ていた。


 リオンは剣を構えたまま、静かに動かない。あくまでも、ロナンの技量を見るために受けに徹するつもりだ。

 それならば、とロナンは動き出した。


「は、早っ!」

 ケビンが思わず声を漏らす。


 ロナンは心の中で、いつも師匠のプラムに言われていることを反芻(はんすう)していた。

〝ロナン様、勝負を決めるのは、身体能力とスピード、そして相手の動きを先読みする力です〟

 彼は忠実に師の教えを守り、まず、スピードでリオンに迫り、すれ違いざまに胴へ短剣を振りぬいた。しかし、リオンは難なくそれを(かわ)すと、ロナンの背中に剣を突き出した。だが、ロナンはその返し技を予想していたかのように、地面を転がって避け、少し先ですっくと立ち上がった。


 リオンはさも嬉し気に微笑むと、今度は自分から風のような速さでロナンに向かっていった。

 もう、彼の中で「受けてみる」という考えはなくなっていた。自分の全力が出せる相手だと、すぐに理解したのだ。


「わっ、くっ……」

 ロナンは、リオンのスピードに驚き、目に見えないほどの早い斬撃に慌てて後方にジャンプした。

 しかし、それで逃すようなリオンではない。軽く地面をひと蹴りすると、一気に前方にジャンプして追撃の態勢に入った。


 ロナンはまだ態勢を整えていなかった。〝あ、やられる〟と覚悟した瞬間、無意識のうちに左手で、ウィンドボムを放っていた。


「うわあっ」

 リオンは、まだ無詠唱魔法に慣れていなかった。それが、彼の虚を突いた。まともに風の弾丸を食らって、あごを撃ち抜かれ、そのまま仰向けに地面に激突した。


「あ、す、すみません、すみません、大丈夫ですか?」

 ロナンは、魔法という反則技を使ったことを激しく後悔しながら、倒れたリオンのもとへ駆け寄った。


 リオンは仰向けになったまま、しばらく呆然と鍛錬場の天井を見つめていた。心配して駆け寄ってきたロナンや男爵、ケビンたちの声にも答えなかった。

 が、不意に彼は口元に笑みを浮かべると、さも楽し気に笑い出したのだった。


「あははは……すごい、すごいよ、ロナン……」

 リオンはそう叫んで飛び起きると、今にも泣きそうな顔だったロナンの肩をがっしりと掴んだ。

「ロナン、僕と友達になってくれないか?」


「え、えええっ? と、友達って、僕は一般民で、君は貴族だよ、身分が違うよ」


「友情に身分なんか関係ないよ。僕は自分が貴族だから偉いなんて、考えたことはない」


 リオンの言葉に、ロナンは少し悲し気に首を振った。

「僕たちがいくらそう思っても、周りはそうは見てくれないよ。僕たちだけの問題じゃないんだ……」


 そう言われて、リオンは二の句が継げず、悔し気に下を向いた。確かに、王立学園で経験した貴族社会の醜さを見る限り、ロナンの言葉に反論はできない。しかし、リオンは、今、大きな希望の光を見ていた。その光をむざむざ手放すわけにはいかない。その光のもとに手が届くまで、自分が歩み寄っていくしかないのだ。


「……分かった。じゃあ、今は、〝心の友〟ということにしよう。僕たちはもっと成長する。もっと強くなる。そうしたら、周りの目や言葉なんて気にしなくてもよくなるはずだ。それで、いいだろう?」


 ロナンは、少し困ったような顔で姉の方を見た。しかし、姉はただ優しく微笑むだけで何も言わなかった。無言のうちに、『あなたが自分で決めなさい』と言っているように感じた。

 彼はしばらくじっと考えていたが、やがて顔を上げて、リオンを見つめた。


「分かりました。今日から、あなたを心の友とします。まだ、世間知らずの未熟者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 その言葉に、リオンだけでなく、ケビンも男爵も、そして遠くから見守っていた魔導士たちも、思わず小さな歓声を上げて、手を叩き始めた。


「うん、こちらこそよろしく、ロナン」


「僕も、僕もどうか仲間に入れてくれない?」

 ケビンが二人のもとに行って、手を差し出した。


「あはは……もちろんだとも、ね、ロナン?」


「はい、よろしくお願いします、ケビン君」



♢♢♢


《セドル伯爵視点》


 暖炉の火がゆらゆらと揺れながら、一通の手紙を読んでいる若い宰相の顔を赤い光で照らしていた。その宰相の口元には微かな笑みが浮かび、文字を追う目は優しく潤んでいるように見えた。


『父上様、ご健勝にお過ごしでしょうか。

 僕はいたって元気です。今、僕は、先日手紙でお知らせした通り、ランドール辺境伯領バナクスの街の代官、シーベル男爵のお屋敷にお世話になっています……(中略)……その時の感動は、とても言葉には表せません。男爵様から、その魔導士様のことは決して外部に漏らさないようにと言われていますので、詳しいことが書けなくて残念です。でも、この休みの間に、僕はきっと今までにないくらいに魔法が上達すると思います。楽しみにしていてください。

 それから、最後になりましたが、父上、僕は父上がおっしゃっていた〝親友であり従者〟の子を見つけたかもしれません。その子は、魔導士様の弟君で、八歳になります。この子についても詳しくは書けないので、帰省した時に詳しくお話します。今夜は、とても眠れるような気がしません。それほど興奮してこの手紙を急ぎ書いています。

 では、またお便りします。母上、姉上にもよろしくお伝えください。  リオン』


「……そうか、早くも見つけたのか……もしかすると、魔王の誕生は十五になる前になるかもしれぬな」

 セドル伯爵は、息子からの手紙を丁寧にたたんで封筒の中にしまうと、立ち上がって自分の机の鍵付きの引き出しに大切に保管した。


 神からの神託の一つが成就したことは喜ばしいことだが、同時に、もう一つの神託の成就が近づいたように感じた。


「私の方も、そろそろ少し動かねばならぬな……」

 伯爵はそうつぶやいて、窓の外の冬の星空を見上げるのだった。


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