39 小さな勇者の冬休み 1
リオン・セドルが王都の王立学園に入学してから、三か月が過ぎようとしていた。
「ねえ、ケビン、冬休みは実家に帰るの?」
王立学園は、期末テストが終わると冬休みに入る。そのせいか、生徒たちは最近何かそわそわしているように見えた。
リオンは、すっかり心を許し合う仲になったケビン・シーベルに、昼食の時に尋ねた。
「うん、そのつもりだけど……ほとんどの人がそうじゃない? もしかして、リオンは実家に帰らないの?」
問われて、リオンはちょっと言いよどんだ。父から言われたのは、なるべく早く辺境にいる生涯の親友を探すことだ。それには、長い休みの期間が一番都合がよい。できれば、三年以内にこの国にある三つの辺境伯領を調べたいと思う。
そして、都合のいいことに、今、そのうちの一つ、ランデール辺境伯領の友人が目の前にいるのだ。
「う、うん…父上から、休みになったらできるだけこの国を見て回りなさい、と言われてるんだ。ね、ねえ、ケビン、もし迷惑でなかったら、この冬を君の家で過ごさせてもらえないだろうか?」
ケビン・シーベルは驚いた。まさか、自分のような目立たない、田舎の貴族の息子の家に、隣国の宰相の子息が来たいというのだ。
「えっ、ほ、本当に? うちは、田舎だよ、いいの?」
「うん、僕は田舎が大好きだよ。それに、魔物と最前線で戦っている辺境伯様の領地だろう? すごく興味があるよ」
ケビンは嬉しくなって、思わず笑顔になりながら頷いた。
「歓迎するよ。僕の父上も、辺境伯様の魔導士兵団を率いる隊長なんだ。きっと、面白い話を聞けると思うよ」
彼がそう言ったのには理由があった。月に一度の手紙をやり取りする中で、父男爵が、最近、新しい師匠に魔法を習い始めたと書いていたのだ。詳しくは書いてなかったが、ケビンが帰省したら、一緒に魔法を習うようにと書かれていた。
魔法も剣術もずば抜けているリオンも、きっと興味を持ってくれるだろうという期待があったのだ。
♢♢♢
王立学園の一学期の終業式の午後、正門の内側にある広い停車場とロータリーには、たくさんの馬車が並んでひしめき合っていた。
寮の荷物をまとめ終えた子どもたちが、次々に馬車に乗り込んで、それぞれの実家へ帰っていく。
こうした馬車の並びにも、やはり順位があって、王族や大貴族の馬車は先に、一般貴族や商人の馬車は後ろに並んでいた。
たとえ留学生でも、その国の暗黙の決まりごとには逆らえない。リオンとケビンは、ロータリー脇のベンチに並んで座りながら、次々に出発していく馬車を眺めていた。
「あ、来た」
リオンは自分の馬車がロータリーを回ってくるのを見て立ち上がった。
「じゃあ、先に行って、城門の外で待っていて。西門だからね?」
「うん、分かった、西門だね。じゃあ、お先に」
御者が荷物を後部の荷台に運び、執事がドアを開いて控えている。リオンは、ケビンに軽く手を振って馬車に乗り込んだ。
セドル家の馬車が去ってから、およそ十分後、ようやくシーベル家の紋章をつけた馬車が、乗降所に止まった。ケビンは自分で荷物を抱えて馬車に乗り込んだ。
「オーロン、西門を出た所で、友達の馬車が待っているんだ。うちまで一緒に行くから、よろしく頼むよ」
ケビンは、御者席の警備兵にそう言った。
「へい、承知しやした。ところでケビン坊ちゃん、初めての学園生活はどうでしたか?」
ケビンが生まれた時からの顔なじみの兵士は、気安い態度で尋ねた。
「ああ、授業はまあまあだったよ。でも、友達ができて楽しかったかな。しかも、その子は留学生でさ、剣の腕も魔法もすごくて……」
ケビンも、その兵士とは気安く話をする仲だったので、城門に着くまで楽しくおしゃべりをした。
西門を出た所の道の脇に、セドル家の馬車が止まっていた。
「リオン、お待たせ」
ケビンは馬車から降りて、路肩の切り株に座っている友人のもとへ歩み寄った。
「ううん、何でもないよ。こうして、門から出ていく人たちや馬車を眺めていると、なかなか楽しくてね。それぞれどんな家族がいて、どんな生活をしているんだろうって……」
リオンは立ち上がりながら、にこやかな顔でそう言った。
「……やっぱり、君は変わってるね」
「あはは……そうかな? 僕はね、想像することが好きなんだ。例えば、この切り株だけど、切られる前はきっと大きな木で、いろんな人たちがこの木の下で一休みしてたはずなんだ。商人、農家の人、冒険者、もしかすると盗賊たちもここで悪だくみしていたかもしれない。そんな場面を想像して、勝手に物語を作るんだ……」
二人の少年が、仲良くおしゃべりをしている傍らで、オーロンとセドル家の御者、執事が、ランデール辺境伯領バナクスの街までの旅程を話し合っていた。一泊二日の旅なので、どこに泊まるかの相談だった。
「リオン様、そろそろ出発いたします」
執事の声に、おしゃべりをしていた二人はそれぞれの馬車に戻っていった。
♢♢♢
二台の馬車は、宿泊予定地のイルクスの街を目指してスピードをあげていた。日暮れが早いのと、途中が魔物の多い森の街道だったからだ。
「あ、雪だ……どおりで少し寒くなってきたと思った」
リオンは、馬車の窓から外を見ながら小さな声を上げた。
「毛布をお掛けしましょうか?」
隣の老執事の言葉に、リオンは首を振って言った。
「いや、大丈夫だ。寒さの鍛錬は慣れているからね」
その直後、馬車が急に速度を落として止まった。
「む? 何が起こったのか、ちょっと見てまいります」
老執事はそう言って馬車を下りて前の馬車の方へ向かった。
ケビンが乗った馬車では、ちょっとしたパニックになっていた。
「くそっ、こいつは数が多すぎますね。坊ちゃん、後ろの馬車に移動して下せえ。俺が、あいつらを足止めしている間に、全力で突っ走るように、伝えて下せえ」
「そんな、だめだよ、オーロン。二台で一か八か、突っ切ろうよ」
ケビンは荷台から、前方の道を塞いだランドウルフの群れを見ながら答えた。
「魔物ですか……二、四…八匹から十匹という所ですな。引き返しますか?」
後ろの馬車からやって来た老執事が、オーロンの横からそう言った。
「いや、奴らは逃げるものを追いかける習性があるんでさ。逃げても、いずれ追いつかれて囲まれてしまう。馬車は大丈夫でも、馬をやられたら、そこで終わりなんでね」
老執事がううむと唸って考え込んだ時、背後から声が聞こえてきた。
「僕も手伝います。魔物を倒しましょう」
「リオン様…しかし、あなたは……」
「リオン、僕も魔法で一緒に戦うよ」
ケビンがそう言って、馬車から降りてきた。
「よっしゃ、じゃあ、坊ちゃんたち、まず、どでかいのを一発お願いしやすぜ。あっしがその後切り込んでいきますので、頃合いを見て、馬車を出発させておくんなせえ」
オーロンがロングソードを引き抜きながらそう言った。




