35 ここが私の〝終の棲家〟!? 1
リアとマーナが、二週間の修行を終え、卒業の日を迎えた。
「リア、マーナ、二人とも、よく頑張りました。はい、これは私からの卒業証明です」
私は、そう言って、二人にお手製のワンドを手渡した。
その杖は、私がお父さんやプラムとバルナ村の近くの森の中を探索していた時、木の魔物トレントを倒して手に入れた素材を、削り出して作った三本のうちの二本だ。もう一本は、ロナンにプレゼントした。
リアとマーナのワンドの先端には、先日討伐したキングベアの魔石を、二等分して磨き上げたものをはめ込んである。魔導性も良いし、自分でもかなり良い出来だと思う。
「こ、こんな素晴らしい杖を…いいんですか?」
「私には、もったいない……」
「あなたたちは、十分に受け取る資格があるわ。だって、あんなに真面目に努力したじゃない。そして、無属性と結界作成のスキルを獲得できた。すごいじゃない」
「リーリエ先生……」
「師匠……」
二人は涙ぐみながら、杖をしっかりと胸に抱きしめた。
二人は、これからそれぞれの村へ帰って、〈結界師〉として、また〈最高戦力〉の一人として活躍してくれるだろう。それだけの実力は十分にあるのだから。
♢♢♢
その日の昼過ぎ、イルクスの街に行っていたお父さんが帰ってきた。緊急に家族が招集され、おばあちゃんの部屋に集められた。
お父さんは、少し興奮した様子で、集まった家族を見回しながら口を開いた。
「みんなに集まってもらったのは、大事な話が二つあるからだ。まず、重要な方から話をする……」
お父さんは、そこでごくりと唾液を飲み込んで、何か自分を落ち着かせようとしていた。聞いている私たちも、思わずごくりと固唾を飲んで見守っている。
「……マジックバッグが、正式に辺境伯軍の装備として採用された……」
「ふわっ!」「すげえっ!」「やったあ!」「すばらしい!」「ほお、ほほほ……」
家族が、それぞれの声を上げて、その報告に喜んだ。
「……それで、リーリエとプラムは、来週の十三日に、辺境伯様と面会して正式な契約を交わすことになった」
「うん、分かった」
「はい、承知しました」
「うむ。じゃあ、次の報告だ……イルクス近辺をくまなく回って、リーリエが言っていた条件に当てはまる場所が、やっと見つかった……」
おお、これは私にとって一番うれしい知らせだ。
「……一応、ランザという村に属している土地らしいが、牛や羊の放牧地に使われているくらいで、丘を所有しても問題ないらしい。村長に許可をとる必要もないと言われたが、私の方で一応村長に話は通しておこうと思う。で、だな、これから皆で見に行かないか?リーリエが気に入ったら、そこで決定しようと思うんだ」
お父さんの提案に、家族(おばあちゃんを含めて)全員が一も二もなく賛成したので、私たちは、ピクニックがてら、馬車でその場所を見に行くことになった。
秋も深まり、異世界は広葉樹の紅葉に染まり始めている。毎年、この時期に思うことだけど、本当に、この景色だけは異世界に転生して良かったと、しみじみ感じるのだ。
前世の地球も、科学技術が発達する前、人口が少なかった時代には、こんな自然豊かな美しい風景が広がっていたんだろうな。
馬車は、そんな紅葉が始まった森や林を抜け、のどかな草原の中を走っていく。
「あの木陰で少し休もう」
お父さんはそう言って、二本の大木が涼し気な木陰を作っている場所まで行き、馬車を止めた。
私たちは、思い思いに体を伸ばしながら馬車から降りて、草の上に腰を下ろした。プラムとお母さんが、冷たいお茶とクッキーを皆に配っていく。
「う~ん……なんか、気持ちいい天気だね、姉さま?」
「うん。木の枝持って走り回りたくなっちゃうね」
「あはは…それそれ、裏の林でよくやったよね」
私とロナンが笑いながら話していると、お父さんが側に座って私たちに言った。
「もうすぐ目的の村だ。ほら、ここからでも見えるだろう、遠くの小高い丘が……」
お父さんがそう言って指さす方向に目を凝らすと、確かに上の方がこんもりと林になった丘が見えていた。
「うん、良さそうな場所だね。早く近くに行って見てみたいな」
私の言葉にお父さんは嬉しそうに微笑んだ。
しばらく休憩した私たちは、再び馬車に乗って、あの遠くに見えていた丘の方へ向かった。およそ二十分ほど経過したところで、馬車がゆっくりと速度を落とした。
「ランザ村に着いたぞ。村長さんに挨拶に行こう」
お父さんの声に、私は荷台から御者席に顔を出して前の方を見た。
「あれ? ここって、ロマーナ村に行く途中で、一晩泊まった村じゃない?」
「ああ、覚えていたかい? そうだよ。何か縁があったのかもしれないな」
お父さんはそう言いながら、村の入り口に向かってゆっくり馬車を進めていった。
「おや、あんたたちは、あの時の……」
門番のおじさんも、私たちのことを覚えていたようだ。
「こんにちは。ああ、あの時一夜の宿をお願いした家族だよ」
「おお、やっぱりそうだったかね。今日もここに泊まるのかい?」
「いや、今日は、私たちの家になるかもしれない場所を見に来たんだが、その前に村長さんにちょっと挨拶をしたいと思ってね」
門番のおじさんは驚いたような顔でお父さんを、そして荷台の私たちの方を見てから、あわてて横に移動して道を開けた。
「こいつはたまげたねえ。こんな何にもない村に、移住しようって人間は、ここ三十年見たことがなかったよ」
「あはは……うちは皆、ちょっと変わっていてね、何もない田舎が好きなんだよ。じゃあ、通らせてもらうよ」
お父さんは笑いながらそう言うと、馬車をゆっくり進め始めた。
「こんにちは、おじさん」
私は荷台から顔を出して、まだ信じられないと言った顔のおじさんに挨拶した。
「お、おお、こんにちは、お嬢ちゃん。村長の家は真っすぐ行った突き当りだからな」
「ありがとうございます」
お母さんんも、荷台からにこやかにおじさんにお礼を言った。
おじさんは、途端に真っ赤になって、頭に手をやりながら照れくさそうに笑った。
馬車は村の中を通って、やがて突き当りの石塀と門がある立派な家の前に止まった。




