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34 貴族との初めての対面 2

「失礼いたします」

 数分後、執事さんのそんな声がして、ドアが開かれた。


 入ってきたのは、濃い紫の詰襟のスーツに、白いフード付きのローブを羽織った、小柄な男性だった。年はお父さんと同じか、少し年上くらいだろうか。


 お父さんがすっと立ち上がったので、私も慌てて立ち上がった。

「よく来てくれた、ポーデット殿。おお、これは驚いた、まさか、こんなに幼い魔女とは」


「お招きにあずかり、光栄です。紹介いたします。この子が、マジックバッグの創作者で、私の娘、リーリエです」


「うむ、どうか頭を上げてくれ。やはり、そうであったか。君の情報漏れへの警戒ぶりから、親しい者ではないかと推測していたが……よもや、実の娘だったとはな。

 リーリエ殿、お初にお目にかかる、エルバート・シーベルだ。よろしくたのむ」

 男爵はそう言って、私に手を差し伸べた。


 私は緊張しながら、その手を下からそっと握り、見様見真似のカーテシーをやってみた。

「お目にかかれて光栄です、男爵様。リーリエ・ポーデットです。どうぞ、よしなに」


「さあ、座ってくれ。おい、お茶を」

 シーベル男爵は、ニコニコしながらソファに座り、メイドに用意していたお茶とお菓子を出すように命じた。


「さて、もう待ちきれぬので、さっそく本題に入りたいのだか……リーリエ殿、私はいまだにこれが使えないのだが、どうすればよいかな?」

 男爵はそう言うと、以前お父さんがプレゼントしたマジックポーチを取り出して、そう尋ねた。


「はい、これを使うには、一つの条件があります……」


「ほお、条件か、それはどんな?」


「はい、使う者が〈無属性〉の魔法属性を持っていなければなりません」


 私の言葉に、男爵は口を開けたまま、しばらく硬直したように私を見つめていた。

「む、無属性……あの、何の役にも立たない、何のためにあるのかさえ分からない属性が必要だと言うのか?」


「そうです。無属性は役に立たないどころか、すべての属性魔法を補助し、〈空間〉〈魔力感知〉〈結界〉を創り出すことができる、とても重要な属性なのです」


「ま、待て待て、え、く、空間、魔直感知、結界、な、そんな……信じられん……」

 男爵は思わず自分の頭を抱えて、俯いてしまった。


 まあ、宮廷魔導士をしていたほどの人だ、魔法についての知識には自信を持っていただろう。それが、全く未知の魔法理論を聞いてしまったのだ、ショックを受けるのも無理はない。


「はっ、で、では、私は一生、このマジックバッグは使えないということか?」

 男爵は顔を上げて、今にも泣きだしそうな様子でそう尋ねた。


 私は思わず吹き出しそうになるのを必死にこらえながら、にこやかな笑みを浮かべて答えた。

「いいえ、ご安心を。〈無属性〉は、鍛錬をすれば誰でも獲得できます。現に、父も、それに母や弟、メイドのプラムも、しばらく鍛錬して習得できました。


 それを聞いた男爵は、私もお父さんも思わず引いてしまったほど身を乗り出して、私の手を両手で握りしめた。

「頼むっ! どうか、私にも習得法を教えてくれ、いや、教えてください、リーリエ先生っ!」


 はあっ、リ、リーリエ先生っ? い、いや、あなた貴族でしょう? 私は一般平民の娘だよ、それは、まずいんじゃない?


「は、はい、お教えいたします。ただ、せ、先生はやめてください」


 私の言葉に、男爵はきっぱりと首を振ると、私の横に来て、片膝をついた。

「いや、学問に年齢の差や身分の差など関係ない。私はこれからあなたに教えを乞う立場だ。師に対する礼儀をとらせてもらう」


 おお、これは全く予想していなかった展開だ。この世界の貴族って、こんなに品格が高いの? それとも、シーベル男爵が特別なの?

 私の中にあった、前世のアニメやラノベの中での貴族のイメージがすっかり変わってしまった。


「それでは、先生、先ずお聞きしたい。マジックバッグを使うのに、なぜ無属性が必要なのですか?」

 男爵はソファに座り直すと、キラキラした目で私に質問した。


「あ、はい、実は、それは偶然に気づいたことでした……」

 私はそう言って、例の「掘った土はどこに消えたのか問題」が起こったときの経緯と、その謎を解明するための推理と実験を重ねたこと、その結果、無属性魔法の働きにたどり着いたことを語った。


 男爵は、私の話を聞きながら、何度も頷き、興奮したような声を上げ続けた。

「すごい……これまで三十年近く、魔法に携わり、魔法の研究をしてきた中で、これほど興奮したことは無かった……この発見は、世紀の、いやこの世界が生まれて以来の大発見です。これから、魔法の研究は大きく進化するでしょう」


 男爵の最大限の賞賛に、私はにこやかに応じながらも、釘を刺すようにこう言った。

「過分なお褒めの言葉、ありがとうございます。ただ、私としては、この発見を自分の功績として世間に発表する気はありません。できれば、男爵様が発見されたこととしていただければ、ありがたいです。それがダメなら、どうか、このことは世間に出さないでいただけないでしょうか?」


 男爵は、私の言葉に、あっと声を上げ、それから険しい表情で下を向いた。

「ううむ…そうか……確かに、個人が抱えていくには重すぎる成果ですね……分かりました。辺境伯様とも相談して、これから私が作る《魔法師団》の研究成果ということにしましょう」


 私とお父さんは顔を見合わせて、ほっとした笑みを浮かべた。


「ただ、もしよかったら、特別講師として、ときどき我々に魔法の講義をしていただけないでしょうか?」


 男爵の言葉に、もちろんそれ以上異議を唱える理由はなかった。

「はい、私でよければ喜んで」


 男爵は、少年のように目を輝かせて喜び、ソファから立ち上がって深く頭を下げた。

「感謝いたします。……では、先生、さっそく無属性を習得する方法のご教授をお願いします」

 もう、いてもたってもいられない様子で、男爵がそう言った。


「あ、はい。では、どこか魔法が使えるような……」


 男爵はニコリと微笑むと、手で私たちを促した。

「この館の地下に、訓練場があります。そこで」


 そんなわけで、私たちは男爵とともに地下訓練場に向かった。



 テニスコート一枚分よりやや広いくらいの、立派な石造りの訓練場には、壁に取り付けられたいくつもの大きな魔石ランプが煌々と輝き、数人のたくましい体の男たちが、汗を流して鍛錬に励んでいた。


 男爵がそこへ現れると、一斉に鍛錬をやめて、その場で頭を下げた。


「警備隊の者たちです。休みの日もこうして自主的に鍛錬しています。紹介は、後日改めて全員の前で行うことにしましょう……皆、ご苦労。少し、私の訓練をするので、場所を開けてくれ」


 男爵の声に、六人の男たちは汗を拭きながら片側に寄って場所を開けた。


「では、先生、お願いします」


 先生なんて、やったことがないけど、ロナンやリア、マーナたちに教えた経験を思い出しながら、私は緊張しつつ前に出ていった。

「では、まず、魔力操作の訓練から始めます……」


 こうして、私はその日から週に一度の割合で、男爵邸を訪れることになったのだった。


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