33 貴族との初めての対面 1
それは、わずか一分にも満たない捕獲劇だった。
叔父さんを始め、討伐隊の全員が口をあんぐりと開けて、結界に寄りかかって口を開けたまま動きを止めたキングベアを呆然と眺めていた。
「よし、うまくいったわ。叔父さん、熊は眠っているから、とどめを刺して。できるだけ一発でやってね、そうしないと目を覚ますかもしれないから」
「あ、う、いや、ああ、わ、分かった。フェスタ、頼む」
叔父さんはまだ事態が呑み込めないようだったが、汗を拭きながらフェスタさんにそう命じた。
「は、はい…しかし、大丈夫ですか? いきなり襲い掛かったり……」
「下手な真似をしなければ大丈夫です」
プラムが冷ややかな声でそう言った。
「リーガン、お前も一緒に来い」
フェスタさんは腹をくくって、大剣持ちの隊員と一緒にキングベアに近づいていった。
「じゃあ、準備ができたら囲いを解くわよ、いい?」
私の声に、フェスタさんとリーガンさんはごくりとつばを飲み込んでから、同時に頷いた。
ドスンッ! 地響きを立てて、キングベアの巨体が地面に倒れた。
フェスタさんとリーガンさんが同時に剣を振り上げ、最初にリーガンさんの大剣がキングベアの首に振り下ろされた。
ザクッ! ガアアアアッ!!
吹き出す血しぶきと同時に、目を覚ましたキングベアの叫び声が森の木々を震わせた。さすがはBランクの魔物だ。致命傷を受けても、立ち上がって相手を攻撃しようと腕を振り上げた。
「うわあああっ」「ひいいっ」
リーガンさんとフェスタさんは恐怖のあまり、その場に腰を抜かしてしまった。これは、危ない。あの鋭い爪の一撃を受ければ命がない。
「ウィンド・カッターっ!」
私は、とっさに強めの風魔法を放って、熊の首を狙った。
ザンッ! 草刈り機が、小さな木の枝に当たったときような音が響いて、ゆっくりと熊の首が胴体を離れ、地面にドスンと落ちた。そして、その後に熊の巨体が地面に倒れる大きな音が続いた。
いやあ、さすがに強い魔物との戦いは、緊張するね。いい経験になった。
こうして、村を騒がせた〝熊騒動〟は、無事に幕を閉じたのだった。
あ、ちなみに、私は討伐の一番手柄だとさんざん褒められて、というか半分恐れられて、ご褒美にキングベアの大きな魔石をもらった。え、脅し取ったのだろうって? ま、まさか、そんなことしないわよ。欲しいなあ、って言ったら、どうぞ、どうぞってくれたんだもん。
♢♢♢
それから三日後のこと。バナクスの街に滞在していたお父さんが帰って来た。
「リーリエ、明後日、シーベル男爵と会うことになった」
お父さんは、家族にそれぞれお土産を渡した後、改まった顔でそう言った。
いよいよかあ、やっぱり緊張するね。
「リーリエちゃん、大丈夫?」
キングベア討伐の一件以来、すっかり過保護になったお母さんが、私を膝に抱いて放さないといった感じで髪を撫で回しながら尋ねた。
「うん、心配しないで、お母さん。立場的には、私たちの方がきっと上だと思うの、ね、お父さん?」
「ああ、その通りだ。向こうが喉から手が出るほど欲しいものを、こちらは持っている。安売りさえしなければ、こっちが有利なことは間違いない」
お父さんも元商人らしく、駆け引きのノウハウを知っている。
そして、翌日、私たちは一家全員でイルクスの街に向かった。バルナ村を通ってイルクスに行く道は、すっかり安全な道として、商人の往来も活発になり、バルナ村の小麦や果実も出荷量が増えて、カスリーナ村長も喜んでいた。
バナクスの街は、イルクスから半日ほどの距離だ。朝早く出て、到着するのは夕方になる。
そこで、私たちはイルクスの街に一泊してから、次の日にバナクスの街へ向かうことになったのだ。
イルクスの街で、私たちはゆっくり買い物をしたり、食事をしたりして楽しんだ。そして、次の日の早朝、バナクスに向けて再び馬車を走らせた。
「レーニエ、宿に着いたら、私とリーリエはそのままシーベル男爵邸へ向かう。プラムに付き添ってもらって、買い物でもしていてくれ」
バナクスの街の門の列に並びながら、お父さんがお母さんにそう言った。
「う~ん、そうねえ……さしあたって欲しいものはないから、皆で教会に行ってお祈りしてから、カフェにでも行きましょうか」
教会と聞いて、ロナンがちょっと嫌な顔をした。彼も、私と同じように〈神命職受の儀〉で〈木工〉というジョブを与えられ不満たらたらだったのだ。
木工のスキルは、大工や家具職人などには必須のスキルだが、ロナンの希望していたジョブとは違った。彼も、私の影響を受けたのか、「魔法を使う仕事がしたい」と願い、神様にも祈っていたのだ。
まあ、魔法を使う職業って、魔道具作りか宮廷魔導士くらいしかないからね。大工や家具職人の方が需要は多いだろうね。
♢♢♢
「じゃあ、行ってくるよ」
「気をつけてね。リーリエちゃん、短気出したらダメですよ」
「はあい、気をつけます。じゃあ、行ってきます」
私とお父さんは、宿屋の前でお母さんたちに別れを告げ、そのままシーベル男爵の館がある街の中心部へ向かった。
賑やかな商業区から中心部に行くにしたがって、人通りは少なくなり、庭が広くて立派な家が多くなった。
「さあ、着いたぞ。あれが、男爵の館だ」
お父さんの声に、私は荷台から顔を出して前方を見た。鉄製の立派な門と白い塀の向こうに、飾り気の少ないどっしりとした石造りの館が見えた。なにか、質実剛健という言葉が思い浮かんだ。
お父さんは、もう顔なじみになったようで、門番の兵士さんと和やかに言葉を交わしたあと、馬車は門の中に入って、広いプロムナードを通り、館の前のロータリーで止まった。
すぐに、馬番の使用人らしき人が現れて、私たちが馬車から降りると、そのまま馬車に乗ってどこかへ去っていった。
「ポーデット様、お待ちいたしておりました。どうぞ、中へ」
執事っていうの? 中年の落ち着いた態度の男性が私たちを出迎え、館の中へ案内してくれた。
カツ、カツ、という足音だけが響く、大理石の通路を通って、私たちは大きな扉の前で立ち止まった。
「こちらでしばらくお待ちください。すぐに主人が参ります」
「ありがとうございます」
私たちは頭を下げてから、執事さんが開いてくれた扉を通って、部屋の中に入っていった。
そこは、応接室だろうか、とても広く、シックな木造りで落ち着いた雰囲気のへやだった。私たちは、少し緊張しながら中央に配置されたソファに並んで腰を下ろした。




