27 小さな勇者、ランハイム王国の王立学園に留学する
《第三者視点》
夏の暑さが少し和らぎ、小麦の穂がほんのり色づき始めた九月の初め、王都にある王立学園は、新しい学年の始まりを迎え、盛大な入学式が執り行われた。
この日、人々の注目を集めたのは、新入生代表の挨拶をした、この国の第一王子の次男リーバルトだったが、もう一人注目を集めた人物がいた。
「……さて、今回は十二年ぶりに外国からの留学生を迎えることができた……」
学園長を務めるエルフの大魔導士ノーラン・エル・プルファは、賓客への儀礼として生徒たちに紹介した。
「紹介しよう。隣国プロリア公国のリオン・セドル君だ。まだ、慣れないことも多いだろうから、どうか皆で手助けをしてやってほしい……」
儀礼的な拍手が職員から始まり、やがて全体へと広がっていった。
当の本人は、いかにも居心地が悪そうな表情ながら、静かに立ち上がって、周囲に軽く頭を下げた。
リオンは、留学する前、十歳の誕生日の日に父の伯爵から重要な話を聞かされていた。それは、次のようなことだった。
・ おそらく、リオンが成人を迎える十五歳までに、彼が《勇者》であるという
神託が神から下されるだろう。それが、どこに下されるか、どんな方法で下
されるかは分からないが、心の準備をしておくこと。
・ できるだけ早く、辺境出身の信頼できる友人を見つけること。見つからない
場合は、自分で辺境に赴いて探すこと。この友人が、勇者としての役割を果
たすための重要なカギであること。
わずか十歳の少年にとっては、とてつもなく重い十字架だった。彼は、誰にも相談できず、一人で長い間悩み続けた。しかし、彼はそれを克服した。さすがに、かつて勇者だった男の魂を受け継いだ者である。。
《リオン視点》
やっと入学式が終わった。僕は、緊張から解放されて、他の新入生たちとともに編入されたクラスへ向かった。周囲の者たちの視線がこちらに集中しているのが感じられる。まあ、これは予想通りだ。いちいち気にすることはない。何日かすれば、なくなるだろう。
それより、僕には大事な使命がある。父上が、神託で受け取った僕のやるべきことだ。
『辺境出身の信頼できる友人を見つけること。見つからなければ、自分で辺境に赴いて探すこと』
当面、僕がやらなければならないことはこれだ。いつ、《勇者の神託》が下されるか分からない。その前に見つけ出さなければならない。
「なあ、お前、伯爵の息子なんだってな? 僕はベルスタン侯爵家のゲールだ。何か困ったことがあったら、僕に言いたまえ。悪いようにはしないよ」
僕が、階段状になった教室の一番後ろの席に座っていると、前の方から三人の男子生徒が近づいてきて、その中の黒髪の生徒が上から見下ろすようにそう言った。
ああ、父上が気をつけろと言っていたのは、こういう生徒のことだったんだな。とにかく、貴族社会は家同士の力関係、上下関係の争いに明け暮れている社会だとか。そんなことに心血を注ぐ暇があったら、もっと有意義なことに目を向ければいいのに……。
「ああ、失礼、自分の問題は自分で解決するから大丈夫だよ」
僕は極めて丁重に言ったつもりだったが、相手には気に入らなかったらしい。というか、取り巻きの二人がうるさかった。
「ゲール様のせっかくのご厚意を断るとは、何様のつもりだ」
「そうだ、そうだ。ゲール様、こういう奴には少し痛い思いをさせないと分かりませんよ」
「まあまあ、落ち着け、お前たち。ふっ……いずれ彼にも分かるさ、誰に逆らうといけないのかってことがね。じゃあ、またな、せいぜい頑張りたまえ」
ああ、本当に面倒くさい。これから、こういう奴らと付き合っていかなければならないのかと思うと、うんざりするよ……。
♢♢♢
だが、そんな僕の心配も、二か月が過ぎる頃にはほとんどなくなっていた。というのも、僕は自分のクラスはおろか、他のクラスや上級生たちにまで、怖がられる、というか、敬遠される存在になりつつあったからだ。
最初の頃、僕にとって学園の授業は、あまりにもレベルが低すぎて退屈なものだった。特に、選択科目でとった剣術と必須科目の魔法実技は、退屈以外の何物でもなかった。
かといって、僕は目立つのは嫌いなので、レベルに合わせて適当に授業を受けていたのだが、入学して二週間ほど経ったある日の剣術の授業中、例のベルスタン侯爵の息子が、しつこく挑発してきて、僕の腕や胴を木剣で叩くので、思わずちょっと剣の技を使ってしまったのだ。
奴とその取り巻きは驚いていたが、すぐに、今度は卑怯にも三人で一斉に襲ってきたのだ。普通なら授業中なので、当然教官が止めに入るはずなのだが、どうやら、その剣術の教官もベルスタン侯爵の息がかかった者なのか、逆らうとまずい事でもあるのか、見ないふりを決め込んでいた。
もちろん、三人で掛かってこようが、僕の相手ではない。教官が見ぬふりを決め込むなら、むしろ都合がいい。僕は、三人がけがをしない程度に木剣で、彼らを叩きのめした。
ところが、ここからの展開がまた滑稽だった。なんと、僕に叩きのめされた三人はいきなりうそ泣きを始め、教官に、僕がいきなり木剣で襲い掛かってきたと訴えたのだ。
教官は、彼らの訴えを即座に受け入れ、僕に彼らへの謝罪と授業後の道具の後片づけという罰を課そうとした。ところが、このとき思いがけないことが起こった。
それまで、傍観していただけだったクラスメイトの中から、二人の男の子が前に出てきて、ベルスタインたちと僕のいざこざの一部始終を見ていたこと、彼らの訴えは虚言で、真実は一方的に襲い掛かり、一方的にやられたことを証言したのだ。すると、二人以外にも、続々と他の生徒たちも、自分も見ていた、あるいは、日頃から彼らが僕にちょっかいを出していたことなどを口にし始めたのである。
急に分が悪くなったベルスタインたちと教官は、何やら訳の分からない恫喝のような言葉を叫んで、その場をうやむやにしたまま去っていき、結局授業はそこで終わりになったのだった。
この事件以降も、ベルスタインたちに反省の様子はなかったが、それまでのようにあからさまな嫌がらせはなくなった。
さらに、魔法実技の授業でも彼らと一緒だったが、僕が少しレベルの高い魔力操作で〈ウォーターウォール〉を操って見せると、いっそう僕から距離をとるようになったのだ。
それに比例するように、他のクラスメイト達が僕に声をかける回数が増えてきた。人間とは現金なものだ。
そんなクラスメイトの中で、入学当初から僕とまともに話をしてくれる男の子が一人いる。ケビン・シーベルという男爵家の息子だ。
彼は、痩せて背も低く、いかにも気弱そうな見た目をしていた。最初、僕が話しかけた時もおどおどした様子で、逃げ腰だった。
そんな彼は、剣術の授業は取らず、基礎魔法と魔法実技の授業を取っていた。
「ねえ、君、魔法が得意なの? 良かったら、僕とペアを組んでくれない?」
魔法実技の最初の授業の時、僕はケビンに声を掛けた。
「う、うん、いいけど…僕はそんなに魔法が得意ってわけじゃないよ。剣とか槍じゃ皆にはかなわないから、出来れば魔法で人並みになれたらって思っているんだ」
「うん、それは正しい考え方だと思う。誰にも得意不得意はあるから、得意なことを伸ばせばいいよ」
ケビンは、初めて表情を緩めて微笑みながら頷いた。
「うん、じゃあ、よろしく」
それから、僕たちは気軽に話をする仲になった。しかも、後に、ケビンは予想以上に魔法についての見識が高いことが分かったのだった。




